暗黒大陸に追放されたら前いた大陸が沈没し始めたけどもう知らん

鏡銀鉢

第1話 平民の活躍を妬んで追放処分?

「レイト、貴様は国外追放処分とする」


 陛下の言葉に、俺は「またか」という呆れた感想を浮かんだ。


 これでもう、30以上の国を追放されてしまった。


 ここまでくると、最早通例だ。


 陛下と大臣、それに諸侯の貴族たちは口々に俺を罵ってくる。


 内容はこれまた代わり映えしないもので、この大陸の人間の思考回路は一種類しかないのかと思ってしまう。


「これでも結構お役に立ってきたと思うんですがね。たとえば先週のスタンピード、数千のモンスターが王都に攻め寄せてきたのを食い止めましたし」

「平民出身の分際ででしゃばるな! あれは軍事最高責任者である元帥たる私の仕事だ! そもそもあの程度の雑魚モンスター、貴様でなくとも止められるわ!」


 ――結構な高レベルモンスターも混ざっていたし何万もいましたけど?


「農業改革をして、食料生産率を五割増しにしたのも俺ですよね?」

「農業顧問でもないくせに偉そうに! そうして領民の支持を得て自身が各地の領主に成り代わり領地を乗っ取るつもりなのだろう! 卑しい平民が考えそうなことだ!」


 ――農民に重税を課して暴動寸前だったのを俺が止めてやったんだろ?


「経済政策を成功させて好景気にしたのは?」

「あれは経済大臣である私のアイディアだ! どうせ我が執務室に忍び込んで計画書を盗んだのだろう! 平民のごときにあのような大胆かつ精細な政策が思いつくわけがない! それが盗んだ証拠だ!」


 ――名ばかり大臣で自国通貨安と自国通貨高の意味も知らないくせに。


「これで自身の悪行がわかったか! そうやって貴様は平民の分際で己のが卑しい出世欲と支配欲を満たすために他者を害し秩序を乱した! その罪は万死に値する! だが、だが、私の度量は底無しだ。命だけは助けてやろう。しかし、もはやこの地にはおいておけん!」


 ――はいはい、またお決まりのパターンか。


 聞き飽きた台詞に辟易しながらも、俺は口を返した。


「お言葉ですが、俺はこの大陸の他の国もあらかた追放処分済みでして。追放は構いませんがどこに? 受け入れ先はあるのですか?」


 俺の言葉に、陛下はニヤリと笑った。


「安心しろ、貴様の追放先は決まっている。ここから西の海を越えた遥か先に、暗黒大陸と呼ばれる地があるのは知っていよう?」


「はい。モンスターはこの大陸よりも強く、先住民族は好戦的な戦闘民族ぞろいとか。まさか陛下、俺をそこに?」


「そうだ。ろくに身分制度もない、未開の最果ての地なら平民の貴様でも生きていけるだろう。これは私の最大限の恩情と知れ!」


 ――まさか国外どころか大陸外追放かよ。


 いくらなんでも、それは勘弁してほしい。


 別の大陸となれば、大陸共通マナーや習慣が何も通じない。それに、暗黒大陸の人たちからすれば俺はよそ者中のよそ者だ。


 受け入れてもらえるかどうかも怪しいものだ。

 どこか辺境の地でもいいから、せめてこの大陸にはとどまらせてほしい。


「話は以上だ、さっさと出ていけ!」


 俺が口を開く前、機先を制するように、衛兵が俺の体を左右から担ぎ上げてきた。

 そのまま、謁見の間から外の廊下に放り出された。


「ちょっ」


 目の前で門が閉じると、俺は床に座り込んで深いため息をついた。


 ――やれやれ、神様もとんだジョブをくれたもんだ。


 【ジョブ】とは、全ての人間が神様から授かる特殊能力のことだ。

 たとえば、【剣士ジョブ】なら経験に関係なく一人前の剣士並の剣術が扱えるようになるし、【運び屋ジョブ】なら、大量の物質を異空間に収納できる能力や、乗り物を自由に操縦できる能力、どんな悪路でも平地のように走れる能力が身に着く。


 その中でも、俺のジョブは【ガチャマスター】という規格外のものだった。


 一分に一度、ジョブがランダムに手に入るこの能力で俺は毎日1500のジョブを手に入れることができた。


 まさにあらゆるジョブを一人で手にする万能ジョブ。


 しかも、とある秘密の使い方をすれば、世界を変えることもできる。


 これがあれば、俺は勝ち組になれると信じていた。


 けれどその期待は裏切られた。


 厳密な身分制度が布かれたこの大陸では、実力よりも身分が優先される。


 有能な平民は使い潰されたり飼い殺しにされ、手柄全て無能な貴族のものとなり出世する。


 そんなことが、どこの国でも横行している。

 それを良しとせず、俺は常に声を上げ続けていた。

 結果、邪魔者扱いされ、俺はいつも追放されていた。


 ――黙って言うことを聞いていれば良かったのか? いや、貴族の道具として使い潰されるなんてまっぴらだ。


 厭味ったらしい声が聞こえてきたのは、俺が力無く立ち上がった時だった。


「はんっ、いい気味ね、レイト」


 声の主は、この国の第一王女だった。


 容姿こそ美しいが、性根は例にもれず醜い。むしろ、王侯貴族の模範とも言うべき醜悪さだ。


 昨日、場内で起きた窃盗事件の罪を無実の使用人に被せてその場で死刑にしたらしく、俺がそのことを注意するといたく機嫌を損ねていた。


 そして昨日の今日でこれだ。

俺の追放処分の引き金を引いたのは、王女かもしれない。


「あんた、あの暗黒大陸に追放されるんだってね。まっ、このあたしに逆らったんだから当然よね!」

かもではなく決定だった。

「あんたもバカよねぇ、平民のくせに王族と貴族の機嫌損ねるなんて。黙って従っていれば楽に生きられるのにそんなこともわからないの? あ、そっか、平民はバカだからわからないか、だって平民だもんねぇ!」

「…………」


 もう相手にするのも嫌だったので、俺は何も言わず、その場をあとにした。


「何も言い返せないなんて無様ね。まっ、あたしは正論しか言っていないし、論破できるわけないわよね! あ、それと引っ越し準備はいらないわよ。あんたの部屋の荷物はあんたが呼び出されている間に処分させておいたから! あんたの荷物を焼いて用意したステーキはおいしく食べてあげるから感謝しなさいよ! 最後にあたしの役に立てて良かったわね! オーホッホッホッ!」


 その喋り方をする人を始めてみた気がしながら、俺は城を出て行った。

 城門をくぐり、外に出ると、大勢の民衆が集まっていた。

 みんな、俺の働きで生活が改善した人たちだ。

 なのに、その顔には侮蔑と嘲笑が入り混じっている。


「全部聞いたぞこの悪党め!」

「自分が貴族になるためにオレらを利用したんだってな!」

「スタンピードはお前が起こしたって聞いたぞ!」

「自作自演で英雄気取りとはいいご身分だな!」

「人のアイディアを盗んだ盗作野郎はこの大陸から出ていけ!」

「最初から胡散臭いと思っていたんだ! くたばれ詐欺師!」

「そもそもお前みたいな若造が成功するはずなんてないんだ!」


 口々に俺を罵りながら、次々石を投げてくる。


 平民は貴族に虐げられている。


 かといって、平民が哀れなる無辜の民、というわけでもない。


 平民は平民で、より弱い者を見つけ虐げているのだ。

 平民同士で容姿や能力、経済力で差別し、弾圧する。

 そして底辺層は成功者を妬み、妬んだ相手が転落することを至上の喜びとする。


 成功者に根も葉もないスキャンダル話が持ち上がると、途端に正義面被害者面をして批判するのだ。


 これがこの大陸の民度。


 大陸中のあらゆる国を巡って俺が体験してきた現実。


 昔、人間なんて古今東西みんな同じだ、という言葉を聞いた。


 それは、人は皆平等に感情を持つ尊い存在という意味の言葉だけれど、俺は思った。


 人の醜さは古今東西、どこも変わらないのだ。


 そう思えば、むしろ大陸を追放されるのは悪くないかもしれない。


 こことは違う歴史、文化を持つ大陸なら、少しはまともかもしれない。


 そんな一縷の望みを託して、俺は空を飛んだ。


 民衆が驚きの声を上げた。


 全身に石をぶつけられてなお無傷の俺は、遠く西の空を望んだ。


 遥か水平線の先に待つであろう自身の未来を案じながら、俺は加速した。


 音速を超え、体にベイパーコーンと言う白い傘のようなものをまといながらなおも俺は加速した。


 地上が一瞬で背後に流れ消えて、頭上は空の、眼下の海の青一色の世界を切り裂くように飛び続け思う。


 ――次こそは、追放されませんように。


 その数時間後、観測史上最大の地殻変動が大陸銃を襲ったのだが、俺がそのことを知るのはずっと先のことだった。



   ◆



「いやぁー、まさか暗黒大陸について早々、襲われるとは思わなかったなぁ」


 眼下に広がる広大な赤を見下ろしながら、俺は乾いた笑いを漏らした。


「しかも、リヴァイアサンに……」


 赤いウロコを持つ、全長1キロメートルの海龍、リヴァイアサン。

 それは海の王とも呼ばれ、生態系の頂点に君臨する一角だ。


 もっとも、その海王様は俺の雷撃魔法で死体になった。


 上空10メートルの位置に浮かびながら、俺はリヴァイアサンの巨体をアイテムボックスの中に収納した。


 リヴァイアサンのウロコは一枚で平民の年収の価値がある。


 前までは、倒したモンスターの素材は全て国に没収されていたけど、今は全部俺のものだ。


 売れば一生遊んで暮らせるけど、もう大陸には戻れない。

 何よりも、一生働きもせずに遊んで暮らすなんて自堕落な生活は好みじゃない。

 人間、駄目になってしまう気がする。


「さてと、暗黒大陸はあそこだな」


 顔を上げると、100キロメートル先に陸地が見える。

 高度を上げても、地平線ばかりで陸地の向こう側に海が見えない。


 間違いなく、大陸だろう。


 狙撃手ジョブの力で視力を強化すると、海岸線に漁村が見える。

 どうやら、運よく人が住んでいる場所に来れたらしい。

 暗黒大陸人が俺を受け入れてくれるかはわからない。


 けれど、人里離れた山奥で暮らすのは辛すぎる。


「俺のことを受け入れてくれたいいけど……」


 生まれ故郷を出て、今まで29の外国を渡り歩いた俺でも、少し緊張した。


 

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