組織
───なるこさん、そっちどうですか?
───いいよ〜順調順調 でね、あいつやっぱ飛んだわ
───え、やばいじゃないですか
───うん、だからあとは任せたよ「衣織クン」
───え、ちょ、ちょっと
切られた…
…ん?
「あれか…」
ため息が漏れそうなところを堪え、大きく吸った息とともに不満を吐き出す。
「ふは」
空気が冷たい。それらは白いモヤとなって空中で霧散した。
手袋をしたままの手で片手を丸めて目に当て、望遠鏡のように目標を覗き込む。
「ドラゴン…?にしてはずんぐりしすぎだなカエルみたい…。」
目標は、牙こそ生えているがカエルのような丸みを帯びた身体と、それに見合わない小さな羽で一生懸命に空を飛んでいた。よくそんな体型で飛べるなと感心してしまう。
「思ったより近いな。140、いや130mってとこ?んん、全然わかんないや…なるこさんも教えるならもう少し早く…」
ブツブツと、また湧き出てきてしまった鬱憤を頭を振って振り払う。
文句を言っていてもしょうがない、やるしかないんだ。
想定よりは近くだった、とはいっても簡単に手が届く範囲からは大きく逸脱している。なので、目標に対して自分の手を指で囲むようにかざす。こうすると、遠近法の要領で目標は自分の指に取り囲まれているように見える。
これが狙いだ。
「
瞬間、ヤツの真下に位置する建物の"スキマ"から数十本の触手が伸び、互いに絡み合いながら上昇していった。すぐにそれらは今自分が目標と重ね合わせた指と一致するように周囲を取り囲む。
「上手く頭だけ出るようにして…」
「ここ!」素早く握る
自分の動きに連動して、触手たちは一斉に目標に絡みついた。
目標はぐえと嗚咽を漏らしながら触手に拘束された。
「よしっ」
「ナイスだ!衣織クン!」
いつの間に追いついたのか、触手の出ている一番近くのビルの窓をブチ破り、ほぼ垂直に伸びた触手を意図も容易く駆け上るなるこ
そしてすぐさま目標の頭上に飛び出し、手に持った鉄パイプを振り上げる。
「くらえ!」
しかし、それに反応し、目標は口(に見える部分)から鋭利な棒状の部位を射出する。
「わっ!」
すんでのところでなるこは振り下ろしたパイプでその軌道を逸らし、頬を掠める程度に抑える。しかしそれはいわばカマキリの鎌足のようになっており、関節を曲げてなるこの背部を狙う。
「なるこさん!」
握りしめた手の薬指を逆の手で無理やり折り曲げ、人差し指と中指に絡め直す。それにより触手の配置をずらし目標の鎌足に触手を引っかけることができた。
触手はギチギチに張っているので、鎌足はこれ以上なるこさんに向かって動かせない。
でも、めちゃくちゃ指が痛い。指の可動域を超えて無理やり曲げたせいだ。
「そんなこともできるの!? いいな〜!」
「いいから!早く決めてください!!」
「はいはーい じゃ、これでおわり!」
今一度鉄パイプが思い切り振り上げられる。
ゴシャア!
今度こそ振り下ろされた鉄パイプによって鈍く轟いた銅鑼の音は、状況終了の合図となって一帯に響き渡った。
~~~~
───2人ともよくやった。隠蔽完了だ
どこからともなく男性の声が聞こえる
「ありがとうございます、レプスさん。」
上着のファスナーを開き、いつのまにかびっしょりとかいていた汗を拭き取りながら答える。
「いや〜ガマゴン飛んだね〜」
「なんですかガマゴンて。」
あ、カエルとドラゴンでガマゴンか…っていやいや
「よし、ここの深度の対処にも慣れてきたね こんくらいブレた波長になってくるとなかなか付いて来れない子も出てきちゃうからね〜!すごいすごい!」
毎度のことながら、返り血で服をずぶ濡れにしている女性、なるこさんはそういって快活に笑った。
…あの後、僕が謎の地下空間で怪物を倒した後、すぐに気を失ってしまったようで、そこに2人が救助に来てくれたらしい。それから…色々あって、今はその化け物、もとい
「
「なるこさんもお疲れ様でした。でもあの飛翔した起源体、飛行できるってわかってからわざと逃しましたよね?」
「ぎくっ」
「ぎくって…それほんとに口に出す人いないんですよ。」
「だって衣織くんの賦能で捕まえちゃった方がラクじゃ〜ん? 練習にもなるしさー」
「それに、最後の攻撃、俺がカバーできなかったらどうするつもりだったんですか、串刺しになってたかもしれないんですよ。」
「ん〜💦ごめんって〜助かったからさ〜」
───後15秒でチャンネルが閉じる。無駄口叩いてると舌を噛むぞ
「すいません、了解です、レプスさん。」
レプスさんの機械的な通達に従い、口を閉じて姿勢を正す。
「ねぇ〜悪かったよぅ、ごめんってば───ん?───あっチャンネ───ゔぁっ───
チャンネルが閉じた。
目の前がテレビの砂嵐のようにザラザラと不明瞭になっていき、大小のさまざまな振動が起こる。
地面も見えなくなり世界は灰色にも、真っ暗に見える空間に変わってしまう。
だんだんと意識も曖昧になっていく。自分が今、起きているのか寝ているのか、意識無意識の境さえもわからなくなる
手の動かし方も、わから、なく…あれ、おれ は な に
ぐるぐる ゆらゆら
…
次に目を開けると、俺は病院のような施設のベッドの上で目が覚めた。
「うぅ、これもまだ慣れない…キモチワルイ…。」
「いっかーい!ひははんは!」
「だから普通ほんとに舌噛む人いないんですよ…。」
右隣の耳を突くような叫声に、"渡航"による吐き気を抑えるために額の端をぐりぐりと押しながら答える。僕と同時になるこさんも目が覚めたようだ。
「お疲れ様、
「星野さん。」
顔を上げると、そこにはスーツ姿の男性が佇んでいた。
年齢は60代ほど、優しげな声色と表情とともに、顔には貫禄を感じさせるシワが刻まれている。しかし、落ち着いたながらも糸杉のように真っ直ぐ立ったその長身は、初老の男性とは思えない気力を感じさせた。
しかし、それよりも
「あ、所長〜!やっぱり所長、眼きれーですね!」
「ああ、ありがとうなるこくん。好きでなったわけじゃないけど、いまは結構気に入ってるんだ。」
そう言って目元を触る彼の両目の虹彩は、欧米人でもみられないような深く、濃い青色をしていた。
初めて会ったときから理由を詳しく教えて貰えてはいないけれど、本人曰く「魅入られた」らしい。
「さて、今回私が来たのは他でもない。───黄精くんにも、そろそろ本格的に我々の組織に加わってほしくてね。」
「え」
「お!よかったじゃーん!やっぱちっちゃいチャンネル当てもなく探すだけじゃキリないしね〜」
虚をつかれて固まってしまった僕の代わりに、なるこさんはうんうんと腕を組んで納得の感情を露わにする。
確かに、ここに正式に所属できれば波長の制限なく行動ができるというのは大きな利点だ。
というのも、僕がいま2人を手伝っているのは、それが行方不明になっている八帯の捜索ができる唯一の方法だからだ。
話を聞いたところ、八帯は渡航による衝撃で死んでしまっていなければ、僕と同じように別の異能領に飛ばされているらしい。
さらに、今の自分ならその捜索の協力ができるほどの力が目覚めていると星野さんに教えてもらったため、自分にも何かできるならと思い彼らに協力している。
あいつの捜索を主目的として、今までは起源体の討伐を条件にあくまで「お手伝い」という名目で異能領への行き来を許可されていた。
しかし、その条件付きで行くことができるのはごく小規模なチャンネルまで、尚且つなることレプス両名の同伴が必須という制限があったため、これまでの捜索にはあまり有益な成果が得られていなかった。
「でも、いいんですか?本当は入るために色々な条件をクリアしないといけないって話でしたけど。」
正式に所属できないか一度聞いてみたことがあったのだが、そのときは遠回しに断られてしまった。その時の理由が「入るための条件をクリアしていないから」というものだったのだが。それはまだ試験が始まっていると教えられないため、そう言うしかなかったということか。
「ああ、もちろん正規で入る場合は少し複雑な手続きを踏む必要があるんだけど、あれは実際のところ建前みたいなものでね。衣織くんみたいな境遇でうちに入った人は少なくないんだよ。」
それこそ、そう言って星野はなるこを指差す
「そこにいるなるこくんがそうだしね。」
「え?」
振り返ると、そこにはさっきの腕を組んだ姿勢のまま、今度は鼻高々に顎を突き上げ、得意げな表情をしているなるこさんがいた。
「…え!?いやいや言ってくださいよ!?」
「え!? いやいや言えないってー! 流石に迷い込んだ人全員うちで雇うわけにいかないしさー 今までのが捜索兼テスト?みたいな?かんじだったわけ」
「で、でも、こっちとしては捜索がいつ打ち切られるか内心ひやひやしてたっていうかですね…。これだけ探して痕跡の一つも見つからないとなると、ああ、もういよいよなのかなー…とか、思うじゃないですか。だ、だから、もしそうなったらどうすればいいんだろうとか、1人でも捜索は続けさせてもらえないだろうかとか、考えてたり…。せめて少しくらい言ってくれたって───」
「がう!!!」
「───!?」
吠えた。なるこさんが。さらに言葉は続く。
「もー! 陰気くさいなー! だからもうそのテストには合格だったから大丈夫! それに!捜索しても成果が出ないから〜ってすぐ探すのやめるほど私たち冷酷な集団じゃないよ!」
心外な!と拗ねてしまったなるこさんはそっぽを向いてしまった。
それを「まぁまぁ」と宥めたあと穏やかな口調で星野さんは続ける。
「もちろん無理にとは言わないよ。なるこくんの言う通り、黄精くんが辞退しても引き続きできる限りの捜索は続けるつもりだしね。八帯くんを含めた遭難者は1人じゃない。彼らを探すのもウチの仕事だから。」
「それに、身にしみてもうわかっている事だと思うけど、危険も多い仕事だし、完全な身の安全は保証できない。少しでも辛いなって感じていたなら断っても…」
「いえ!
星野さんの言葉を遮るように言葉が先に出てしまった。でも、もとより断る気なんて全くない。寧ろ、万が一にでも星野さんの気が変わってしまわないように早めに決めてしまわねば。
僕はまだ、あいつに"返せていない"。
「…いいんだね?」
流石に即答されるとは思っていなかったのか、少し目を見開いた後、先ほどの柔和な表情とは打って変わり、覚悟を試すような真剣な目で見つめられる。
ピリッと周囲の空気が固まったような
まだ試されているのだろうか
しかし、今自分にできるのは、目を逸らさず、真っ直ぐと彼の瞳を見つめることだけだ
「はい、お願いします。」
しばらくの沈黙の後、星野さんはにこ、と微笑んで頷き、歓迎してくれたことがわかった。
いつのまにかなるこさんもこちらに向き直り、うんうんと腕を組んで満足げな様子で頷いていた。
「うん、じゃあ改めて。」
咳払い
「歓迎するよ、対起源体対策及び派遣中央施設。通称「center」へようこそ。」
銀灰の鍵、カバンの後ろポケット @nem-take
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