第5話 激突


―『あいつを探すのを手伝ってくれませんか。』そう言ってからすぐ

何かの強烈な叫び声が聞こえ、俺は


「いった…。」


そこまで深く沈んだわけでは無い。数メートルほど沈んだ先で尻餅をつく。

そして、状況を確認する暇はなかった。


「!」


突如迫ってきた黒い塊から身をかわそうと体をひねるが、避けきれず脇腹が裂かれ、えぐられる。


「ぎ!がああああ!」


激痛の中、それが来た方を見ると、先程とはまた違う、今度は黒く鎧のような外骨格を纏った怪物が片腕を伸ばしていた。

再び全身に緊張感が走る。怪物は攻撃を続けようともう片方の腕を持ち上げる。その時にはもう走り出していた。手で脇腹を押さえながら駆け抜ける。脳内でアドレナリンが急激に分泌され、腹部の痛みは麻痺して気にならなくなった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ、はっ…。」


どれくらい走っただろう、ここが何処なのかはわからないが、逃げるうちにここは施設内で、今は使われていない廃墟のようになっているのは見て取れた。幸い怪物は追っては来ておらず、息を落ち着かせながら山積みになったゴミの裏に隠れるようにしゃがみ込む。


「(なんだあいつ!?どうする、どうすれば…。いっ!)」


ズキン


という音が聞こえるほどはっきり痛みを感じた。しゃがむときに急に体をひねったせいで腹部に傷を負わされたことを思い出した。押さえている右手の周りの布に血が沁みている。八帯の教えで傷口は無意識に手で圧迫していたようだが。


「(やばいな、これ、結構深くいってるかも…。さすがに押さえてるだけじゃ血ぃ止まんないよな…?)」


傷口の確認のため、恐る恐る押さえていた手を離してみる。


「うっ!?」


声が抑えられなかった。血は止まっていた。だが、傷口には共に破けたパーカーが癒着している。布の繊維が解け、傷口を覆うように張り付いていたのだ。また、よく見ると繊維は微かに脈動しており、怖気が走った。


しかし。


「(…痛く、ない)」


体をよじったり、無理に動かそうとすれば痛みは生じるが、傷の表面に触れても痛くなかった。

さらに、まるでそれが正常であるというかのように、拒絶反応による炎症などが起きておらず、きれいに傷口を保護していた。


「(カサブタみたいだ…。いやなんで俺こんな冷静なんだ。)」


感覚が麻痺してきたのか、現状自分に害がないことが分かると少しほっとしてしまった。どちらにしろ、傷が開かないよう今は無理に引きはがせない。

それより今はあの化け物をどうするかだ。

「って言ってもどうすれば…八帯…。」

思わずまた名前を呼んでしまった。思い返せば困った時はいつもあいつに頼りっぱなしだった。あいつならこんな状況嬉々として乗り越えるんだろう。あいつならどうする。


「(考えろ、考えろ。)」


「(八帯…あいつが…やっていたこと。)」


何かトラブルになった時、あいつが言ってたこと…そうだ。「「やばい時ほど一旦深呼吸。」」


「(、、、ふぅー、、、ふぅー、、、)」


おなかを膨らませないよう気を付けながらゆっくりと深呼吸を数回、周りを見渡す。


頭に酸素が流れるのを感じた。


よし、次、


あいつがいつもしてたこと 


「「周りをよく視る」」


「(今怪物に追われていることは忘れろ、焦るだけだ。ここはどこで、何がある。)」


少し落ち着いたことで気づいたがここは"学校"だ。特徴的な一本道、それに連なる複数の部屋とその中に並ぶ数十対の机と椅子。教室と廊下だ。そして、この机や椅子の小ささ。おそらく小学校だろう。

また、照明はついていないが窓からの光で光源は確保されている。そう、窓があるのだ。

自分は地下へ沈んだはずなのに窓がある場所にいるのはおかしい。あいにく窓の外はぼやけており、周りの状況は分からないが、単純に直下に移動したのではなかったのだろう。そうなるとすぐに彼女等が助けに来てくれる保証はない。そもそも助けなんて来ないかもしれない。二人が来てくれることを祈るのはやめよう。



あいつがいつもしてたこと 


「「自分ができる方法で対処する」」


とは言ってもあいつのことだ、やろうと思えばここにあるものだけで、爆弾とか、もしかしたら銃すら作り出すかもしれない。

でも俺はあいつほど器用じゃない、この学校のありものだけで状況は打開できないだろう。


「(だから、俺の得意分野で行く。)」


この状況で一番可能性があるのは。


「(このパーカー。)」


このただのパーカーではないナニカ。謎の止血効果といい、何か利用できるかもしれない。


「(…これ、もしかして。)」


ぶっ飛んだ発想だが、先の止血効果の特徴からこのパーカーを≪生きている≫と仮定する。そう考えると生物に備わる「生きるための能力」を持っている可能性が見えてきた。例えば爪や牙などの戦うための器官や捕食器官、被食者であっても棘や毒などの防御機構があるかもしれない。


「(生き物は小さいころから好きだったからな。)」


オカルト、というかモンスターホラー系に目覚めたのも、そこに出てくる怪物や細菌が人間の新たに考える生き物の生態としてとても興味深かったからだ。

一縷の望みに賭け、何かないか探してみよう。



「…あ。」


あった。ほんとにあった…!それにこれなら、これならなんとかなるかもしれない…!


「よし、よし!あとは…!」


あいつがいつもしてたこと


「「先手必勝」」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


生物らしさを全く感じない、細長い三角錐を組み合わせただけのような体構造。濃い半透明な黒一色で光沢のある表面には目や口なども確認できず、動かなければ芸術作品のようだ。

準備は整った。息を殺しながら対象の特徴を再度観察する。

大きさは小柄な像ほどあるだろう。見たところ質感は鉱石そのものであり、推定体重は計り知れない。その質量で地面を歪ませながら巨軀は進む。


「黒曜石で出来たカマキリ…いや、サソリって感じだな。」


形で言うとそれが一番近い。補脚を合わせて4対の脚、尻尾はないが、節がある体と鋭利な脚先の形から鋏角類を思わせる。しかし、異様に長い一対の前足によってカマキリのようにも見えた。


「よし…。」


音が鳴らないよう、消火器を足元に置く。どうやら化け物は俺から滴った血を追いかけていたようで、早い段階で止血できていた俺は移動した場所にさえ近づかなければ容易に道具を準備できた。


まずはじめに考えたのは、モンスター映画で化け物を倒す時におそらく最も有効な「火」をつかうことだ。

理由は単純、どんな生き物であれ、有機物で体ができていれば燃えるし、燃えれば死ぬからだ。

「(遊星からの物体x、プレデター、ザ・グリード、ストレンジャーシングス…」)

と、あげればキリがないほど火が化け物に対しての有効打になる作品はとても多い。



今回の相手は"生きていると言う確証がない"。

正確には、地球の物理法則に則った生体でない可能性がある。

先の推測通りにヤツの体が無機物やそれに似た性質で出来ていた場合、体組織が支燃物にならず燃焼反応が起こらないと考えられる。それではだめだ。


「…だから……っ今回は!!」


覚悟を決め、勢いをつけて隠れていたドアの後ろから飛び出す。化け物に対しては不意をついた形になる。

出会った時の反応速度から見るに、至近距離から直接攻撃できるのはこの瞬間だけだろう。手に持った包丁を後ろ脚にある節の隙間に力の限り突き立てる。


ギッ! 


という音とともに包丁は節の隙間に入るが、突き刺した感触はなく、挟まったような感覚だった。


「クソ!やっぱり…!」


即座に手を離し、化け物から距離を取る。

先ほどの見立て道理、コイツは体組織を外骨格で覆っているわけではなく、本体そのものが結晶のようなもので構成されているようだ。そうじゃなきゃこんな節の奥まで手応えがないはずがない。


「でもこれで…!」


化け物は攻撃に反応しこちらに向こうと足を動かすが、挟まった包丁のせいで時間がかかっている。

歯車に小石が挟むと動かなくなるように、ヤツも節に異物が入ると噛み合わせが悪くなることは歩いている時の軋むような音から想像できた。


「ひとまず機動力を削ぐことはできた、あとはこれがうまくいけば!」


急いで伸ばしたままにしておいたを掴む。

そう、このパーカーの生態機能は「触手を伸ばせること」であったのだ。

伸び切った状態の触手を引き戻し、一気にヤツとの距離を開く。


間近で見て確信したことがある。化け物の装甲の表面には無数の小さな傷がついていた。おそらくそれは今まで捕らえた獲物が抵抗したものなのだろう。しかし全て装甲を貫通するには至っていない。そのため、生半可なものじゃ足りない。が必要だ。


さて、生物が同じ大きさ、もしくはそれ以上の大きさの生物のからを無力化する方法には何があるだろうか。初めに、マイマイカブリは消化液によって殻を溶かすが、あいにくここは小学校だ。危険な薬品の類は置いていない。次にトラフカラッパは万力の要領で殻を挟み潰すが、それには獲物の動きを長時間抑えておく筋力と自身の大きさ必要だ。

そのため残された最後の選択肢、それは


「衝撃を与えて壊す!」


配置につき、後退りしながら力の限り触手を引き絞っていく。


───モンハナシャコという生き物を知っているだろうか、軟甲綱トゲエビ亜綱シャコ目に分類される甲殻類の一種だが、その小さな体躯からは想像もできない、拳銃の衝撃にも匹敵するほどの強烈な打撃を放つ生物である。しかし何故、シャコはそこまで小さな体でそれほどの衝撃を生むことができるのだろうか。

それは「捕脚」と呼ばれるパンチに特化した足の構造に起因している。この捕脚の外骨格がバネのようにしなり、捕脚の前節を後節の内骨格でひっかけることで弾性エネルギーを蓄積させ、留め具となっている内骨格を外すことで捕脚の前節がおよそ2ミリ秒で前にはじき飛ばされるという仕組みだ。

弾性エネルギーから運動エネルギーへの変換を行なっているのである。

つまり、とある武器の構造にも応用ができる。古代から中世にかけて使われた、据え置き式の大型弩砲。そう。


バリスタだ。

 

「くっ…!もうちょい!」


触手はいくら引っ張っても千切れず、驚くほど良く為、弓の弦としての役割は最適だった。あとは矢として技術室にあったドライバー。レールにそろばんをつなぎ合わせ、バリスタというには名ばかりの発射装置を組み上げた。


「けど、今はこれでいい!!」


レールの最奥まで弦が延びる。

当然、正確に狙った場所にになんて飛ばないだろう、しかし、相手はこの狭い廊下いっぱいの大きさを誇る巨体だ。ただ、前に飛べばいい。


「飛べ!!」


力を込めすぎてうっ血しかけていた指を離す。

矢となったドライバーは、想像よりもはるかに速く、目標に到達した。


「ギィィィィィィィィ!!!!!!」


最初に聞いた時と同じ、耳が割れそうになる叫び声が聞こえる。痛烈な衝撃音と共に、矢は怪物の胴体に深く突き刺さっているのが見えた。全身には亀裂が走っている。


「まだっ!」


置いていた消火器に手をかける。今刺したのは、これに衝撃を与えて完全に打ち砕く。消火器はハンマー代わりだ。


「これで!」


消火器の持ち手を握り、持ち上げるために全身に力を込める。


しかし。


「ぎあっ!」


無理をしすぎた。繋がり切っていなかった腹部の傷が開く。


「ぐぅぅ…。」


力が入らない。腹部を抑えたままその場で崩れ落ちる。


「(今やらないと、いけないのに…!)」


断続的な激痛が襲う。痛みで考えがまとまらない。


怪物が動き出す。最初こそ損傷に怯んでいたが、今はそれが怒りに変わったのか、ヒビからボロボロと破片をこぼしながらこちらへにじり寄ってくる。


「フー、フー、フッ、フッ、フッ!」


深呼吸、出来るだけ呼吸に意識を向け、鎮痛を図るが、それを超える痛みと焦りでどうしても息が浅くなる。


「(…でも、もう体に力が入れられない。策も、もうない。)」


回らない頭で必死に打開策を考える。


「(無理に今動いても傷がさらに開くだけ、コイツ思ったよりしぶといし、動けたところで攻撃を警戒してる今の状態じゃ返り討ちに会う…)」


「(これだけ時間が経っても二人は来ない、やはり場所がわからないか、すぐに来られない状況なのは確定。助けは、こない。)」


つまり


「…あっ」


自分を奮い立たせていた何かが切れてしまったのを感じた。


「……詰んだ。」


消化器から自然と手が離れる。


怪物はさらに接近している。でももう、何もできない。


下を向いて、俯く。


「もう、むりだ…。」


怪物の前足が近づく。頬に触れそうなほど、近い。


「(でも正直、十分良くやったよな。こんな化け物相手に、俺だけで一矢報いたんだ。きっとこれが俺が打てた最善手だったんだ。)」


怪物の前足が振り上げられる。


もう限界だ


もう疲れた


八帯だって、さすがにこの状況なら…


…いや


いいや!


「あいつならこういう時が、いっちばんニヤついてる…!。」


ほんと、怖いと思うことさえある。なんであいついっつも死にそうな時に笑っていられるのか。


でも今は、少し気持ちがわかる。


信じろ


これは俺の力だ


意識して右手に力を込めると、触手が消火器に巻き

つく。


やっぱり、うごかせる。


それは軽々と消火器を持ち上げてみせ、その勢いのまま眼前まで来ていた怪物の前足を振り払う。


途端、腕の神経系すべてに針を突き刺されたような激痛が右腕を襲う。 


「ッ!!!!」


ゾリゾリと削られるように皮膚が引っ張られるような感覚と、それに伴って断続的に痛みが続く。

これは…


「(そうか、のか。)」


「いやいいさ、今はいくらでも食え!」


痛みで腕が千切れ飛びそうだ。しかし止めない、絶対に止めてやるもんか。


「千切れたとしても!!!」


腕と腹部の激痛の中、目標に目掛けてを力の限り振り下ろす。


「うおぉぉああああああ!!!!!!!」


大きくブレながらも、火花と轟音をほとばしらせて5kgの鉄塊はくさびのド真ん中に叩きつけられた。


ギィィィィイィイィィ!!!!!!!!!!!


三度、耳をつんざく悲鳴と共に、その打撃による衝撃でヒビは全身を完全に覆い、怪物は大小様々な大きさに割れ、爆散。

頭には舞い散った結晶の粒が雪のように降り積もった。


「…。」


もう指の一本も動かせない。しかし、心の中にはかつてないほどの達成感が溢れ、口角が上がっていく。


降り積もった結晶の雪の中で、一人、俺にはいつものあいつと同じ、不敵な笑みが浮かんでいた。


意識が


また


途切れる












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