第4話 渡る者

勝負は一瞬だった。と言うか勝負にすらなっていない。一方的に「処理」されたカエルもどきは、いくらか悶えた後、バールについた体液さえ残さず跡形もなく消えてしまった。


「ふぅ、おわったおわったー」


さっきまで返り血まみれで、さながら猟奇殺人鬼のようだった彼女だが、今はそれも無くなり、スラッとした藍色のスキニーと真っ白なTシャツに、長い黒髪をしていることがわかった。

血みどろの状態では髪が長いことくらいしかわからなかったので男女の区別すらはっきりできていなかったが、とても綺麗というか、整った顔立ちをしていた。誰かに似ているような気もするが…おそらくテレビで似ている芸能人でも見たのだろう。


「ねぇ、何であなたはに来れてるの?渡手ストレンジャー?」


こちらに歩み寄ってきた彼女は、さっきのことなど無かっかのように、ケロリとした顔で意味不明なことを尋ねてきた。


───こんなに脅えているんだ。それは考えづらい。おそらく何かの拍子にこちらの扉が開いたか。それこそ渡手が絡んでいるんだろう。彼奴やつらの事だ、暇つぶしをしてただけとも考えられる。


「えー、それだったら誰よ、『黒持ち』とか?『時洗い』?」


女性は空に向かって何やらよく分からないことを話し、それに対する返答が空から聞こえてくる。完全に2人(?)の会話になってしまっているので、自分から話しかけるタイミングを失ってしまった。


「あの…」


「あ、ごめんね、あたし『なるこ』!んで、この声だけのが『レプス』ね!」


「いや、そういうことではなくて」


「2人とも苗字は秘密ねー、と言うかレプスに関しては無いようなもんだけど」


「えと...」


───なるこ この少年が話したいようだ。


「おっと、めんごめんご、いやーいっつも人の話し聞けって怒られるんだよねー」


「(よかった。このまま喋り出せないかと思った...)」


また、やっと人に会えたという安堵からか、化け物がいなくなった安心感からか、少し心が落ち着きを取り戻し、代わりに頭の中から山のような疑問が湧いてきた。


「あ、あの、あなたは何者なんですか?今の状況になっている状況を知っているんですか?何でみんないなくなってるんですか?あの化け物は?あと俺の来てる服なんか変で────


「だーもう!多い!多いよー質問がさー、そんないっぺんに喋られたら頭パンクしちゃうよォ」


ぐに、と人差し指で口を塞がれる。


「よし、じゃあ情報交換といこう、君はここに来るまでの経緯を教えて?こっちはここについて説明したげる」


彼女はわざとらしく神妙そうな顔を作り、親指と人差し指で顎をさすって、腕を組みながらこちらを見つめてくる。


「はい…えっと───


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「なぁるほど、これは───」


───渡手の被害者 と言うことで間違いないようだな。


「あー!もう、私が言おうとしてたのにー!」


得意げな面持ちで話を聞いていた彼女は、答えを先に言われると一気に不満そうな顔になり、小学生のような怒り方で空に向かって叫んだ。


「もー、レプスはいっつもいいとこと持ってくんだから、ま、君の言ってくれた『みんながいないこと』も『なんだか変な格好になっていること』もこれで説明つくからね」


「どういうことですか?」


「うん、じゃあこっちの番、まずは今私たちがいる場所について説明しよう、ここはね…現実の世界じゃないのさ」


彼女は得意げな顔のままニヤリと笑い、俺の反応を伺う。


「…そう、ですか…。」


───ふむ。


「およ?あんまおどろかないんだね?」


「いえ、驚いては…いるんですけど…。」


ただ、考えては居たのだ。心のどこかで。(まさか本当にそうだなんて思いもしなかったが)そして、ここまでのことが矢継ぎ早に起こったということもあって、驚愕するまでには至らなかった。


「そっか、じゃあ話が早い、これで『みんながいないこと』は予想がついたんじゃない?」


「ええ、みんながいなくなったのではなく、自分が移動していた。ってことですよね。」


「そーゆーこと、次にこの世界に来てしまった理由についてだけど」


「あの出品者が鍵…ですかね?」


「おお、頭いいんだねぇキミ、そう、そいつが文字どうりわけだ」


得意げに鼻を鳴らす彼女。

そうだ、やっといつもの感覚が戻ってきた。落ち着いて考えればいい。焦る必要はないんだ。


「あいつが2人の言っていた…スト…なんでしたっけ」


───渡り手わた てと書いてストレンジャーだな。「としゅ」とも呼ぶ。


「それです。あいつが渡手で、そのせいで自分はこの世界に連れてこられてしまったと。」


「そうなるね」


「…なるほど。」


情報を頭の中で整理していく。幸い奇天烈な出来事は八帯との生活で慣れている。この出来事を信じるか頭の中で議論するより、事実を事実として受け止め、今は説明されたことを処理整頓することに努める。


「じゃあ最後に、『キミが変な格好をしていること』だけど───


「そのまえに、一つだけいいですか。」


「はいはい、なーに?」


「あいつは…八帯はどうなってしまったんでしょうか?」


「あー、それなんだけど…実はよくわかんないってのが本音かなぁ」


「えっ」


───聞いたことから察するに こちら側に2人を招いたのは「渦呼び」だろう。奴は自分の悦楽によって動くため一般人に手を出すことをいとわない。そのうえ自ら姿を見せることがないため渡手の中で最も正体がつかめていない存在だ。 


「てかそもそも一般人に鍵渡すやつなんてあいつくらいしかいないでしょ、権限なく『渡れる』のアレだけだし」


「...。」


───奴の手口の突飛さから彼がどこにいるのか予測がつかない。申し訳ないが最悪の事態も覚悟してもらう必要がある。


「…八帯が生きてる確率ってどれくらいですか。」


───…正直多く見積もっても10%もないだろう。


10パーセント…


「…そうですか。」


90パーセントの確率で死ぬ?


───…すまない。


「なんか、ごめんね、」


「いえ、それだけあれば大丈夫です。」


「え?」


───?


そんな確率


「あいつは、俺たちはそんな確率、何度も乗り越えてきましたから。」


少なくともの「トンネル列車事件」よりはいくらかマシだ。


「あいつを探すのを手伝ってくれませんか。」

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