第2話 奇譚の異形

「着いたな…!」


「ん。」


時刻は深夜2時。侵入するには用心しすぎたか、しかし「オカルト」という点で考えれば丑三つ時はちょうどいい時間のような気もする。


「うお〜!なんかドキドキしてきたぁ。」


「んー。」


経路としては西口の窓からはいってそのまま廊下を伝って工芸室に…。


「なぁ〜、いつまでスマホいじってんだよぉ。ここいっちばんテンション上がるとこだぜー?」


抑えようとはしているものの、八帯はいつにも増して声がデカい。まったく。今見つかったらこいつ置いて逃げてやろうか。


「ん、いや今経路の確認を。」


「大丈夫だって!言ったろ?全部調べてあるって。」


そう、この八帯侑と言う男、振り回してくる割にはすこぶる危ない橋を渡る成功率が高い。それも彼が入念すぎる現場調査をしたが故の賜物だろう。

彼が調べたことというと。今の学校は警備センサーなどの影響で昔ほど侵入が簡単でないこと、この学校は警備センサーが設置されているのが校長室や保健室など危険や重要な書類等がある場所だけだと言うこと、そしてその中でも一部の特別教室にはついていないことまで調べ上げていた。

そして今夜侵入するために窓の鍵を一箇所開けておいたという。

この学校はセキュリティが厳しくないから俺たちはラッキーだと嬉々として語っていた(確かにこの近くの廃墟はあらかた行き尽くしたとはいえそこまでするのか…)。


「…それもそうか、じゃ、いこ。」


「え〜、だからこのワクワク感をもっと味わうって言うかさ〜。」


ワクワクしていないわけではない。しょうが無しについてきたものの、実際に来てみると、これから漫画でしか見たことないようなことをするんだ思うとドキドキした。


「してなわけじゃないって、顔に出ないだけ。」


「ほんまにござるかー?」


「いやだから何弁だよって。」


他愛もない話を小声でしながら目的の学校に侵入する。


薄暗い廊下を足音を立てないように歩くが、木製の床は体重が掛かるとギシギシと軋んだ音を鳴らした。


「なんか…」


「うん…」


「学校入っちまうといつもの学校だよな。」


「それな。」


当たり前すぎることを言っている八帯だが、今回はその気持ちがよくわかった。


「なんつーかスリルがないっつーかな。」


夜で暗いとはいえいつも通っている道だ。特に目新しさがあるはずもない。どうせ絶対に成功すると言う八帯への信頼が、逆にそのスリルをかき消していた。


「これだったら『廃ホテル逆さま事件』の方がよっぽど楽しかったぜ。」


「今回は調べたのが仇になったかもな。」


「ん〜でもどうしても成功させたかったからさ〜。あ、そうだ」


お得意の不服顔をした後、八帯は何かを思い出したかのようにポケットをまさぐり始めた。


「どうした?」


「あ、はいこれ、お守り。」


そう言って八帯が取り出したのは霞んだ銀色の鍵だった。


「なにこれ。」


「お守り。」


「いや、それは聞いたけど。」


「ああ、なんか『銀灰の鍵』?とか言うお守りアイテムだって。セット売りしてた。」


「何と?」


「召喚用の魔術書。」


「どこで?」


「メルカリ。」


「…お前そう言うとこだけすげーバカだよな。」


やはりそうか…。

学校の成績も良く、頭も回るのに八帯こいつは好きなものに対してはとことん盲目的だ。


「え、いやマジだって!この出品者評価めちゃ高いんだから!」


焦った様子で見せてきた出品者名には、購入者の星5評価の数と『笠内 拓人※購入前プロフ必読※』という120%偽名のアカウント名が書いてあった。

いや、そんな簡単に召喚できたら苦労しねーよ。


「いやそんな簡単に召喚できたら苦労しねーよ。」


呆れすぎて考えてたことそのまんま口に出た…。


「でもこれとか見ろって『この商品のおかげで悪霊に取り殺されました!』とか。」


「ほんとに殺されたらコメントできねーだろーが。てかその書き方的にも完全にふざけてるだろ。」


「?…(はぁっ!)」


「今めっちゃ息飲んだな?まさか今気付いたとかじゃないよな?」


「いや、でも俺は信じるぞ…星5だし!」


「わかったわかった。まぁ頑張れな。」


今更こんなこと言って辞めるやつでもないし、そもそも俺の学校へ侵入してみると言う目的は達成されているので、これ以上いじめるのは辞めることにした。


「てか何で俺に渡すんだよ、自分で持ってりゃいいだろ?」


「いや、ほんとに召喚できたらお前それに見惚れてるうちに食べられちゃいそうだなって。」


「…。」


否定はしない。


そんなことを話していると、目的の工芸室についた。


「…よし…じゃあやるぞ…。」


「おう、がんばれー」


「だからテンションがさぁ!」


俺の協力的でない態度に文句を垂れながらも、八帯はテキパキと召喚の準備をしていく。


「…ふんぐるい、む#る&_ふ、@#るふ、るる☆○…」


魔術書(?)を開き、八帯が何か呪文を唱え始めたが、聞いたことがない単語すぎてほとんど聞き取れなかった。

いつも通り長くなりそうだと予感した俺は、見張りと銘打って夜の学校を散策していることにした。


───10分後───


いよいよ退屈になったので、八帯に帰る提案をしようと工芸室の廊下に差し掛かった瞬間───


バン!!!


工芸室の横開きのドアが力任せに開かれた。


「衣織!走れ!!!」


そしてそこから出てきた八帯は、俺を睨むほどの剣幕でそう言い放った。


───異形襲来───

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