第三章 冷酷皇帝は『花の乙女』に誓う③
「
「は、はい! ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした」
夕刻、ウォルフレッドの私室に入ってくるなり、開口一番に
「いいっていいって。俺に
わしわしとゲルヴィスが大きな手でトリンティアの頭を撫でてくれる。乱雑な手つきにもかかわらず、感じるのはいたわりと気遣いだ。
「あの……。何か、私に
思えば、ゲルヴィスと二人きりになったのは初めてだ。ウォルフレッドは今は
「いちおう、念のためつーか……。嬢ちゃんの具合が気がかりだったしな。明日からも、
「今日だけではなかったんですか!?」
てっきり、今日限りのことだと思っていたトリンティアは、思わずすっとんきょうな声を上げた。気絶するなどという失態を
「なんつーか、念のためってゆーか……」
ゲルヴィスが歯切れ悪く、もう一度「念のため」と
「陛下が『花の
苦笑いをこぼしたゲルヴィスを見上げ、トリンティアは思い切って、胸の中にずっと巣くっていた疑問を口にした。
「あの、ゲルヴィス様。ひとつ、おうかがいしたいんですけれど……」
「おう、何だ?」
「あの……。『花の乙女』とは、そんなに重要なものなのですか?」
「へ?」
ゲルヴィスが目を丸くして気の
「は、『花の乙女』のことはもちろん知っています! で、でも、私なんかが、『花の乙女』とは、どうしても思えなくて……」
うなだれたトリンティアに、ゲルヴィスが困ったように
「正直、俺にゃあ、嬢ちゃんが『花の乙女』かどうか、見分けはつかねぇ。見分けられるのは
と、不意に
「っていうか、俺みたいなのが乙女だったら不気味だろ?」
おどけたように笑うゲルヴィスにつられて、トリンティアも思わず口元が
「けど、他の
静かな声で発せられた問いにこくりと
「じゃあ、嬢ちゃんは誰が何と言おうと、『花の乙女』で
「そうなのですか?」
トリンティアは
「ああ、王城の近くに『花の乙女』達が暮らす
「なぜ『花の乙女』には銀狼の血を引く者を
「そ、それは陛下からもうかがいました。ですが……」
トリンティアは、ウォルフレッドのことを思う。
常に凜々しくて気高くて、一点の非の打ちどころもない貴公子。
「本当に、陛下は痛みに
「苦しんでらっしゃるよ」
トリンティアの言葉にかぶせるように、ゲルヴィスが
「今もずっと、何でもない風を
「まあ、陛下は
「反
昨日、ウォルフレッドから聞いた言葉がこぼれ出る。ゲルヴィスが険しい顔で頷いた。
「ああ。即位したものの、陛下の政治的
「それほど、陛下と他の貴族の方々の
「前皇帝の時に、さんざん甘い
ゲルヴィスが苦い声で続ける。
「『
「貴族どもの反発を
おほん、とゲルヴィスが
「『花の乙女』は、陛下の治世を盤石にするために、不可欠の存在なんだ。つまり嬢ちゃん、あんたがな」
真っ
「『花の乙女』がいない皇帝は、
ゲルヴィスが、力強い声を
「陛下は、嬢ちゃんと
言うなり、大きな
「ゲ、ゲルヴィス様! お願いですからおやめください! わ、私なんかに頭を下げられるなんて……っ!」
トリンティアは椅子から立ち上がると、
「俺は嬢ちゃんには期待してるんだ。嬢ちゃんと会ってからの陛下は少し変わられた。皇帝になってからというもの、
「は、はあ……」
何と答えればいいかわからず、
「まあ、これは俺の感傷みたいなもんだから気にすんな。嬢ちゃんは、気負わずそのままで陛下にお仕えしてくれりゃあいい」
「き、気負わず、ですか……」
無意識に声が情けなく弱まる。ウォルフレッドを前にして、
「な、慣れる日が来るかはわかりませんが、が、
「おう。もし困ったことがありゃあ、何でも相談してくれりゃあいいからよ。あんまり陛下が
「おい。何を
「おや陛下。心配なさらずとも、単に
なあ嬢ちゃん? と振られて、トリンティアは顔を上げてこくこく頷く。
が、ウォルフレッドの表情は、緩むどころか
「なぜ、床にいる? 足に
え? と思う間もなく、身を
「で、ですが、足はもうほとんど痛くありませんから、下ろしてくださいませ!」
「ほとんどということは、まだ少しは痛むということだろう? 完治が
「えぇっ!? あの、本当に
トリンティアの
「ゲ、ゲルヴィス様! 私はもう大丈夫ですから、陛下を説得してくださいませ!」
ウォルフレッドに横抱きにされるたび、心臓が
かぁっと身体中が熱いのは、
「……で、お前はいつまでついてくるつもりだ?」
ウォルフレッドが後をついてくるゲルヴィスに冷ややかに問いかける。
「え? だって、こぉんな楽しい陛下を
ゲルヴィスが笑いを
「陛下! 私でしたら、本当に大丈夫ですので! 陛下のご公務のお
ウォルフレッドと出逢ってまだたった四日だが、ウォルフレッドは夜の
ふ、とウォルフレッドが口元を
「公務というのなら、これも立派な公務のひとつだ。銀狼国をつつがなく統治するために、心身を整えるという意味では」
「お、
トリンティアの反論に、ゲルヴィスが吹き出す声が重なった。
● ● ●
「ゲルヴィスと、どんな話をしていたのだ?」
「え?」
トリンティアを横抱きにして歩きながら発された問いかけに、トリンティアはきょとんとウォルフレッドを見返した。
本当に本当に結構です! と固辞したにもかかわらず、湯浴みが終わり
「ええと、私が気を失ってしまったので、大丈夫かと心配してくださって、それと……。皇族の方々にとって、『花の
答えつつ、ウォルフレッドの
「苦しんでいる」と、ゲルヴィスは確信をもって断言していた。確かに、
けれど、人前にいる時のウォルフレッドは常に
「どうした?」
問われて、まじまじとウォルフレッドを見つめていたことに気づく。瞬間、かあっと
「い、いえっ。失礼をいたしました」
うつむき、身を縮めたところで
「……で?
「そ、の……」
言い淀んだトリンティアに、次いで寝台に乗ったウォルフレッドの目が
「今も、お
「っ」
ウォルフレッドが小さく息を
「も、申し訳ございません! ゲルヴィス様からうかがったものですから、その、心配になってしまいまして……っ。わ、私などが、陛下をご心配申しあげても、何のお役にも立てないのはわかっているのですが……」
視線を下げたトリンティアの
「夕べも同じ事を聞いていたな。お辛くないですか、と……」
耳に
「それほど、わたしは弱々しく見えるのか?」
「えっ!?」
「と、とんでもございません!」
トリンティアはろくに首を動かせない
「陛下はいつも
サディウム家では、泣けば
トリンティアの言葉に、ウォルフレッドが
「ひゃっ!?」
身体に腕を回したウォルフレッドに、
「お前は……。本当に、変わった
どこか
「心配はいらぬ。こうして、お前にふれていれば、痛みも寄りつかぬ」
大切に、宝物のように抱きしめられ、泣き出しそうになる。こんな風に大切に
きゅぅ、と胸が痛いのは、
(私なんかでも、この方のお役に立てることがあるのなら……)
トリンティアを抱きしめたまま、寝息を立て始めたウォルフレッドを見つめる。
もっと、ウォルフレッドの心を知りたい。『冷酷皇帝』の仮面の下に、いったいどんな心を隠しているのか。そのためにも。
(この方に心からお仕えしよう)
きゅっと
◇ ◇ ◇
続きは本編でお楽しみください。
身代わり侍女は冷酷皇帝の『癒し係』を拝命中 『花の乙女』と言われても無自覚溺愛は困ります! 綾束 乙/角川ビーンズ文庫 @beans
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