第二章 『花の乙女』の役目は心臓に悪すぎる①
扉が開く音に、トリンティアは手にしていた針と布を
テーブルから一歩
「痛みが消える
ウォルフレッドが低い声で
「陛下。そろそろよろしいですか?」
謁見の間からセレウスの声が問うてくる。
「ああ、
答えたウォルフレッドがあっさりと腕をほどく。
ぱたり、と隠し部屋の扉が閉まり、トリンティアはへなへなと
ばくばく鳴る心臓を、両手で服の上からぎゅっと押さえる。そうしなければ、暴れ回る心臓が
心臓に悪い。悪すぎる。
異性に抱きしめられるだけでも緊張するというのに、きらびやかな衣服を身に纏った皇帝が相手だなんて。なんだか、昨日からずっと、
ゆるゆると息を
こんな部屋が謁見の間の裏側にあるなんて、まったく知らなかった。奥の
セレウスの説明によると、この隠し部屋は皇帝の謁見の際に
ひとたび皇帝の身に何かあれば飛び出せるように壁が薄く造られているのか、隠し部屋にいても玉座に座るウォルフレッドの声がはっきりと聞こえる。
今回入ってきた属領からの拝謁者は、税の軽減を願っているらしい。切々と領の
いつの間にか自分まで震えているのに気がついて、トリンティアは慌ててかぶりを振った。意識を切り
これは、午前中ここで待機を命じられた際に、「働きもせず、ただ座っているわけにはいきません!」と言ったトリンティアに、「ならば
てっきり、そばに
「役立たずでみすぼらしい私なんかが、『花の乙女』であるはずがないのに……」
手元の花の刺繍に視線を落とし、トリンティアはぽつりと呟く。
昔、まだトリンティアがサディウム
銀糸で刺繍がほどこされた純白のドレスを纏ったその人は、天上の
あの時、『花の乙女』と何か言葉を
緊張に固まっていたせいか、どんな会話を交わしたのかまったく覚えていない。ただ、
トリンティアなどが、そんな彼女と同じ、『花の乙女』だなんて、やっぱり何かの間違いだとしか思えない。
それに、トリンティアが『花の乙女』だとしたら……。
「っ!」
飛び出しそうになった声を、かろうじて
トリンティアの前に立ったウォルフレッドが
「お、お待ちくださいっ! その、うっかり針で指を刺してしまったのです。もし、血が出ていたら……っ」
トリンティアは
「にじんでいるだけだ。汚れるほどの血は出ておらん」
指先に視線を落としたウォルフレッドが、そっけなく呟く。かと思うと。
「ひゃあっ!?」
指先をぱくりと
一瞬で、蒸発するのではないかと思うほど
「ひゃっ!」
あたたかくなめらかな舌にぺろりと
「これで問題なかろう」
指を引き
「陛下」
扉の向こうから聞こえるセレウスの声が、トリンティアには天の助けのように聞こえた。
「
だが、トリンティアは見送る
昨夜は、皇帝を押し
夕べ、ほんの少しだけ腕を
(一度、セレウス様か陛下に嘆願してみよう……)
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