帰宅

「あー疲れた。」

研究室から少々持ち帰ってきた物品が入っているバックを床に下ろす。軽く肩を回しながら、靴を脱いだ。君影も靴を脱いで上がってくる。足元はやはりなんの変哲のない人間そのものだった。

(流石に崎臨研究所のホームページに載せるだけあるな…)

より汎用的なAIの開発、デカデカと表示されたキャッチコピーを思い起こす。

「この書類はどこにおきましょうか?」

「ん、ああ、もらうよ。」

帰り際に張摩から受かったものを受け取る。わずかに触れた柔らかな肌の感触に思わずたじろぐ。そうか、これも人工的な皮膚なのか。

「うーん、どこまで普通に生活できるんだ?」

「禁止されていることは食事ほどです。」

「入浴OK?」

「はい。防水機能が備わっておりますし、実際に経験したことがあります。」

「そっか。じゃあ、一応入っとく?私まだちょっと目を通しときたいから。あと、バスタオルと服とか用意しとくから。風呂場あっち。」

「わかりました。」

黒髪を翻し、風呂場に向かう君影を見送った後で手探りで電気をつける。薄暗い光の中で、シワのついた書類を持ち直す。今日中に必要になるだろう情報をざっと目を通し、階段下にある棚を開けた。君影は庄内より少し背が高いくらいだから、おそらく少し大きめな服で十分ちょうどいいくらいだろう。服を引っ張り出しながら、他にも買い出しに行かないとかな、とつぶやいた。


       ⚙️

庄内も風呂から上がると、君影はソファにも座らず壁に向かって顔を向け突っ立っていた。まさに何か思い悩んでいる図にしか見えない。しかし、彼女はロボットである。何かきちんとした理由が…いや、そういう設定がされているのか?

「どうしたんだ?」

「写真を見ています。」

「?…ああ、写真か。」

君影の横に立つと、タンスの上に立てかけられていた小さな額縁に入った写真が目に入った。

「ご家族ですか?」

「そう。花瓶どかしたか?」

「はい。動かしてはいけないものでしたか?」

「まぁな。さ、夕食にしよう。」

青く透き通った花瓶を家族写真の前に戻し、庄内は踵を返した。ビニール袋に入れておいたカップ麺を取り出す。小さな台所でこれまた小さな鍋に水を注ぎ、火にかける。そうしてカップ麺の容器に粉末を入れて熱湯を注ぐ。それをちゃぶ台に持っていくと、ソファに座っておとなしくしている君影の前に座った。

「3分、数えててくんない?」

「はい。」

掛け時計をさしていったが、案外この程度、容易な事かもしれない。花瓶にいけられた一本の花を見やる。それは張摩が毎週持ってきてくれるものだった。家族写真が蛇行を描く花瓶を通して歪んで見える。君影に言われなかったら、今日家族写真を見ることはなかっただろう。

「なあ、君影、ちょっといいか。」

庄内は身を乗り出して手を伸ばした。そして、君影の両頬を摘み伸ばした。

「にゃにをしていりゅのですか?」

「ふふ、可愛い。」

「いたいでしゅ」

「ごめん、ふ、ごめん。」

庄内は何事もなかったかのようにパッと手を離すと座り直した。

「発音の仕方も触覚も同じなんだ。」

「はい。そうですね。できるだけ人間に近づくようにと作られましたから。三分、経ちました。」

「ありがと。」

箸を持って麺を啜りだす庄内をじっと君影が見つめる。その視線を感じつつ、尚も食事を続けていると喉が震え出し、ついに肩も震えてきた。

「何?」

「冷凍食品は体に良くないと聞きました。」

「いいの。たまにはこういうのも食べたくなるのよ、疲れてると手っ取り早いのが手に取りたくなっちゃうの。ふ、」

突然体を揺らして笑い出した庄内の軽やかな笑い声が部屋の中で放たれる。どこかキョトンとした様子に見える君影を見て、さらに笑いが誘われる。

「うん、もう眠い!寝よっか!」

まだ笑いの残る顔で勢いよく庄内は立ち上がった。立ち上がったままカップ麺を口にかき込んだ。早々と片付けを終え、寝る準備を始める。

「君影は寝る…っていうか、充電でもしとくか?」

「はい。」

「でも、寒いでしょ。布団用意しといたから一緒に寝よう。」

「わかりました。」

君影も一緒に立ち上がり、寝室へと向かう。コンセントを手に取って君影の後を追って部屋に入って、ドアを閉めた。

君影が布団に入ったのを確認し、庄内も布団の中に潜り込み、身を乗り出して照明を消した。目を閉じる。瞼の下で安らかな暗闇が落ちた。

ああ、誰かと寝たのはいつぶりだろうか。…ねえ、行友もそう思うでしょう。





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