仕事終わり

第一研究長の部屋から退出し、少しの間沈黙が続いた。庄内は元々コミュニケーション能力が高い方ではないが、それが理由というわけではない。

正直、この女性型ロボットを相手するのは怖い。感情移入の段階まできている、ということは庄内の創造の及ばぬ年月をかけてきたということであり、ようやく掴んだ希望を託されているのだから、庄内がここで下手に動いてはいけない。まして、この側から見れば完全に人間の姿のロボットへの感情移入はもってのほかだ。「観察記録」の基本、客観的に見ること、からかなり逸脱する。

…それでもこれから共に生活するのだからある程度の関係は持っていかないとかな。

一息大きく息を吐き出すと、庄内はこちらを見た“彼女”を見上げた。

「一応聞いとく、なんて名前だ?」

「前は君影、呼ばれておりました。」

「へえ、名前つけたやつに聞きたいな。発音的にあまりにも下心が感じさせる。」

「そうですか。」

もちろん、名をつけたのは第一研究長である張摩だろう。さて、さて、彼女のこの美しい容姿を考えついたのは誰なんだろうか。

 そういや、長良はこの研究所に憧れの人がいる、と言っていたな。もしや、張摩の事だとしたらあまりいじるのも良くないか。などと考えていると、とぼとぼと前方を歩く長良の背が見えた。

「長良くん、君も帰りか?」

「あ、はい。ちょうど昼食食べ終わったんで。…その方は?」

「こいつか?新入りだ。君影、というらしい。仲良くしてやってくれ。」

「はあ…新入りですか。」

「なんだその顔は?」

少しこわばった長良に怪訝そうに庄内は問う。長良は美女が苦手なのだろうか。そういうことを配慮した上で取り決めを行なって欲しいものだが。その間に長良がこんな早くにまた新入りなんて、やっぱ俺、嫌われてるかも…と軽く落ち込んでいたのは庄内の知るよしもない。

「安心しろ、こいつは人型ロボットだ。これからこいつの面倒を見ることになっただけだから、いつも通りで全く構わない。」

「そうですか…」

「長良さん、よろしくお願いします。」

「あ、よろしくお願いします。」

長良と君影が神妙にお辞儀し合うのを滑稽なものを見る面持ちで眺める。

「さ、そろそろ研究室に帰るか。」

庄内がひとりごちると、長良が慌ててついてきた。


         ⚙️

そうして何も長良に指導することができずに、仕事を終了した。今日はひたすら長良も庄内も女性型ロボットに気が気ではなくて、結局できたことといったら、自己紹介とある程度論文を読ませたことくらいだ。といっても、庄内自身の論文では不安材料にしかなり得ないので、なんとか研究室にあった他の論文を探し当てたのだ。ということで、心身ともに今日は疲れた。さっさと帰って何事もなかったように寝たい。

「君影…お前もついてくるんだな。」

「はい、張摩様に指示が出ております。」

「張摩様ねえ。」

深々とため息をつく庄内に君影は表情を崩すことなく、「お疲れですか?」と尋ねる。

「見ての通りさ。」

張摩に頼まれた当時は随分と興奮したものだが、思い返せば庄内は誰かの指導役に回ることなんて100年早い無器用だった。それなのに後ろについてくるものが急に二人(一人と一体というのは面倒だから二人にしておこう)が増えたのだから、困ったというのもいい方だ。

 普段仕事などをする本館から渡り廊下を通り、西棟に渡る。渡り廊下は腰より少し上くらいまでのコンクリートの壁より上は窓はなく、もうしわけ程度にとたん屋根が頭上に繋がっているもので、両脇に空いた外と接する暗闇はどこか不気味だ。2月の冷たい空気を吸い込み、早足に駆け抜けた。

白い息を後ろに吐きだしながら、寒さで強張った手でポケットから鍵を取り出す。

「えっと、まず帰ったらお前はどうするんだっけ。」

こんなにちみつな機械と暮らすなんで当然ながら初めてだ。何が人間に近いのか、何が異なるのか、定かではない。おそらくエネルギー源は電力だから、充電的なことをしておけばいいのか?

「庄内さん、なんでこんなところに…。」

不意に背後から聞こえた声に振り返ると同じく渡り廊下を渡ってきたらしきな柄が首を縮ませた状態で立っていた。

「なんでって、これから帰るところだ。というか長良君も西棟に部屋、かりてるんだ。そっちこそどうして今頃出歩いてるんだ?早めに終わらせたと思うんだが。」

「揖斐にちょっとあってたんです。」

「仲良い同僚がいて羨ましい。」

「?庄内さんは同僚いませんでしたっけ?」

「いや、いるにはいる。」

それについては触れるな、というように肩をすくめるとじゃあ、といい君影を促して歩き出す。早く暖かい家に帰りたい。ドアの鍵を開ける。

「…あの、どうして西棟借りてるか、聞かないんですか?」

「別に。その人が話してないのに聞く必要ないでしょ。人の話を聞くのは得意じゃない。」

「いや、ただ、珍しいって言われてよく聞かれるんで。すみません、なんでもないです。お疲れ様です。」

その場でペコリと頭を下げる長良に庄内もお疲れ、と返すと扉を開けた。

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