出会い
その後、庄内は食堂を出、長良をつれずに上司の研究室へ向かっていた。腕時計を片目で確認して少しまずいかなと心の中で舌を出す。あの上司のことだ、きっと少しぐらい遅れても何も咎めないだろう。気軽にドアを3回ノックすると「はぁい」と間延びした声がかえってきた。「失礼します。」と大きめの声で告げると扉を開ける。
扉の先には殺風景な部屋が広がり、奥には安っぽい灰色の金属の机に収まった大柄の男の姿があった。午後に変わりつつある窓に切り取られた日光の中に日向ぼっこする形だ。張摩 孝宏。今にも欠伸し出しそうな垂れた目に不安になる程だが、その瞳に灯された光は人一倍といったところだろう。何しろ、ここ、崎臨研究所の第一研究長なのだから。
「久しぶりだね、今日の機嫌は治ったのか?」
「毎朝の不機嫌は朝食さえ食べれば大丈夫です。お心遣いありがとうございます。」
少しうざったい冗談を軽く流しつつ、上司の細めた目を見返す。崎臨研究所に来たのは4年前くらいだが、それ以前にこの人にはなにかと世話になっている。感謝は一応はしているつもりだが、それと庄内を適当に扱って良いという理由にはなり得ない。早く用件を終わらせてくれと待っていると、
「今日から庄内に頼みたいことがあってね。ちょっと見せたいものがあ…る。」
ここで張摩の声が途切れたのは奥から何かが歩いてきたからだ。それは庄内と同時に向けられた視線に微動だにしない。
背まで伸びた漆黒の髪。白い肌に淡い桃色がほほにのる。目は大きく、まつ毛も庄内とは比べ物にならないほど長い。女子としては高身長の庄内より少し背が高く、すらりとした体型だ。しばし、二人の間に沈黙が落ちた。
「…私は研究長の趣味を見物にきたんですかね。」
研究長が庄内の知らないところで鼻の下を伸ばしている分はまったく構わない。ただ、庄内を巻き込まないでほしい。それだけだ。
『あの、失礼ですけど帰っていいですか?』と言いかけ、その言葉を慌てて喉に引っ掛けた。崎臨研究所以前の関係だとしても流石にそれはクビが飛びそうだ。
「いや、君にこれの面倒を見ていてもらいたいんだよ。」
「はあ…。」
「君、日頃から『ロボットになりたい』と散々言っているだろう、ちょうどいいと思ってね。」
表情一つ動かさない女性型ロボットを眺めながら、庄内は返す。
「具体的に何をすればいいんですか?どのくらい知能習得してるのです?」
「ある程度は取得済みだ。日常生活に問題はない。最終段階として心情の移入の経過を観察してほしいんだ。」
心情の移入の経過の観察。
全身に鳥肌がたつ。
それはつまり庄内がすることは観察だけで、つまり、それは…!
「もう、そこまで行ってたんですか…」
思わず漏れた掠れ声に、研究長がいや、と首を横に振った。
「感情移入の基礎は成り立っているだけで、実際に生じるのかがまだはっきりしていない。研究結果次第だ。」
ゲジゲジ眉を片方ゆっくり上げて庄内をみる。その芸当を見ながら、長良が配属された時とは全く違う責任感がのしかかってきた。と同時に心の底から湧き上がってくるようなくすぐったいような研究へ熱情。
「…がんばります。」
落ち着こうとしてつぶやいた言葉は微かに震えていた。
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