研究所に来た理由
決意を固める長良をよそに、庄内は予告なしに配属された新人に頭を悩ませていた。長良がある程度優秀であるということは薄々わかったが、だからといって庄内に配属される理由が全くわからない。新人が優秀なら、たしかに心配事は少ないだろうが、庄内なら新人にしてやれることはない。それは上司とて十々承知のはずだ。理由は流石にあって欲しいものだが、その説明を昼食後にされるのだろうか。昼食後といえば、庄内が最も集中できる時間帯だ。できれば避けてもらいたいものだが、文句をいうのも面倒だ。と、先程と同じような思考を繰り返しつつ、長良を前にして大きなため息をころす。時計をチラリと見やると、
「長良君、よかったら一緒に昼食を取ろうか。」
できるのはこのくらいである。すると、声をかけられた長良は顔いっぱいに満面の笑みを浮かべて、「はい」と元気よく返事した。このくらいで喜ぶなんて随分と幸せ者だ。立ち上がると、器用に部屋中に散らばる資料を避けながらドアの前へと向かう。張り切った長良が開けたドアを「ありがと」とうわずった声を上げながら通り抜ける。今度もまたはい、こたえ、鴨のひなの如く庄内の後ろを追ってきた。庄内にとってはひなというより少々元気の良い小犬を連れて歩いている気分だ。通り過ぎざまに面白そうな目で眺めてくる同僚が投げ飛ばしたい。それまでは行かないまでも一つ引っ叩いてやろう、と思うが、空振りすれば大恥であることは明快だ。増幅する欲求不満を抱え、ようやく食堂につくことができた。
朝と同じく配膳台を手に取り、これまた重ねられている皿を手に取って適当に具材を乗せていく。このバイキング方式を楽しみがあっていい、と喜ぶ者もいるが、それはまだ体力と時間に余裕がある証拠だ。庄内としては食事内容はどうでもいいからさっさと食べて研究室に篭りたいものだ。などと考えながら勝手に空いている机に運んで行き、椅子を引いた。長良も数秒遅れてながらも机に近づいてくる。何気なく向けられた視線が庄内の椀に釘付けになった。
「…庄内さんって、結構食べるんですね。」
「よく言われる。ちゃんと食べないとやる気でないし。そう考えるとバイキング形式私にはありがたいかもね。」
考えていたことと真逆なことを声に出すと、そこ座ってと箸で真正面の椅子を指ししめした。
「失礼します。」
小さい机をくるっと回り込んで下ろした長良の配膳大の上には庄内よりたしかに載っている量が違った。若者より食べていたら健康的に危険だろうか。研究室でずっと篭るとはいえ、運動不足なのは間違いなさそうだ。…というようなことを考えていられたのはその間二人の間に沈黙が落ち続けていたからだ。ようやく現実に戻ってきた庄内は数回瞬きをする。
「そういや、なんで長良君はここに来ようと思ったんだ?」
「!えはい。」
口を半開きにしてまさに口の中へ食べ物を運ぼうとしてフリーズしている。タイミングを間違えたか。
「あ、俺はそもそもこっちの道に興味持ってましたし、それに…し、あ。ろ、んぶ、んを拝見させていただいて、尊敬している人がいたんです。はい。」
「それはよかったな。次の配属交換は二ヶ月後あたりか。希望も配慮に入れるが基本はくじも同然だから、配属されればいいけど。」
「…、そうですね!あ、なんで庄内さんはここに?」
「私?」
今度は庄内が箸を止め、長良がホッとしたように、昼食を続行ささ始める。
「私はね。正直ここの役に立つとかどうでもいい。ここが目指している、AIに“感情”を覚えさせる研究もどうでもいい。勝手にやってれば?って感じ。」
あまりの庄内の急変した態度に長良が唖然とし、そのあまりにまた箸が止まっていることも気がつかないでいる。
「だけどね。」
長良がはっとして口元を動かし始めるのをみながら、語気を強める。
「わたしはロボットになりたい。だからここにきたんだ。」
卵焼きを箸で半分に割る。それを箸で摘んで付け加えた。
「そのためにここにきて利用してやってるってわけさ。」
日頃から散々言ってきたフレーズ「ロボットになりたい」が口からさらりと放たれていた。だから、わたしは揖斐とやらという新人にも伝わるほど「変人」と言われるのかもしれないな。口の中で卵のしょっぱさが広がる。顔を上げると頭上の方の窓から光が差し込んでいるのが見えた。机の左端に強い日差しが照らしている。庄内と長良を遮るように横たわったそれを眩しそうにみて、目を背けると、僅かに眉をつりあげて食事をする長良の顔が見えた。どうやら怒らせてしまったようだ。
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