星を見つける
その一言に、皆、静まり返った。
水を打ったような静けさが食堂を支配する。
「ずっと憧れていた。女性のドレスを着て、優雅に振る舞ってみたい。一度でいいから……」
青い瞳を夢見るように宙に寄せ、至上の微笑みとともにそう言うサイラス様。
その顔は美しく、天上の人のようだ。まるで、地上の人間の世界に憧れる神様みたい。
「いいねっ!!!」
テーブルを叩いて、私は勢いよく立ち上がる。
静まり返った騎士たちが一斉に私を見た。
「良すぎですそのアイディア!! 最高ですもう最高!!! サイラス様、最高ですっっっ!!!!」
私はぐっと親指を立てながら熱く叫ぶ。
サイラス様と女装………こんなグッとくる組み合わせ、他にない!!!!
私はマンガやゲームで男性キャラの女装イベントがあるたびにわくわくするタイプのオタクだったのだ!!
ちなみに主人公がやむをえず女装する展開のあるゲームはそこだけセーブデータを保存してたぐらい好き!!!!!
「やりましょう、女装!! 今が一生に一度のチャンスです!!!」
胸の高鳴るままサイラス様の両手を取り、私は言う。
青い目は何度か小さく困惑したように瞬きしていた。
「いい、のだろうか……私がそんなことをしても……」
戸惑い、怯える瞳。
私はそんなサイラス様の顔をまっすぐ見つめながら、力強くうなずく。
「いいんです――サイラス様は自由だから!! 生まれたときから本当は自由なんですよ!!! やっちゃいけないことなんか何もないんです!!!」
私は食堂じゅうに響く大声を張り上げ、そう言った。
私を見つめる青い瞳が潤み、そこに星がきらりとかがやく。
星。それは、私が見つけた、大事な星。
絶対にかがかなきゃいけない、一等星だ。
私の演説の後、乾いた拍手がひとつあがった。
レオンハルトだ。大真面目な顔で私たちを見つめて、大きく拍手を打つ。
感化されたように、拍手は広がって、万雷の拍手が私たちを包んだ。
「いいじゃねぇか、女装。やろうぜ」
「自分はサイラス団長の女装姿が気になるのでありますー!!」
「右に同じぃぃい!!」
うおおおお、と怒号めいた共感の声が連鎖する。
私たちは拍手と声援に包まれた。
揃いも揃って全員が全員、酔っぱらってんのは明白だけど――でも、こんなに胸が高鳴るってことってない!
「でも、女装といっても、どうすれば……」
「あっ、私の屋敷!! 衣装がたくさんありますよ! 聖女がどんなサイズ感かわからなかったから一通り揃えておいたって言ってました!!」
「んじゃ、決定だな。女装の監修は聖女様ってことで」
ワオ! わくわくするじゃない!!
私に女装の全責任がのしかかってくるなんて、プレッシャーはあるけれど、それ以上にサイラス様を好きにいじくれる喜びが勝る!!!
私たちは王宮から近い屋敷に移動すると、さっそく衣裳部屋からドレスを見繕うことから始めた。
サイズ大きめでサイラス様でも着られそうなドレスというと限られてくる。その中でも比較的、雰囲気がサイラス様に合いそうでなおかつ着方が複雑でないものをチョイス。
ドレスを渡して、衣裳部屋で着替えてもらう。
ややあって、「着替えたぞ」と声がして、私とレオンハルトはベールのようにかかったカーテンをオープン。
夢かな、と思った。
シンプルなサテンのなめらかな生地が、澄んだ肌と出会い、純白の美しさを引き立てている。
パフスリーブ以外になんの飾りけもないシンプルなデザインのドレスだけれど、その身体は間違いなく、かがやいていた。
肩にかかった黄金色の髪がふわりと揺れる。
ただシンプルなドレスを着ただけなのに、私は涙が出そうになっていた。
だって、きれい。
……きれい、なんだもん。
「サイラス様ぁぁあすご、すごすぎですぅう……!!」
「一枚着ただけで、えらく様になってんな………」
えぐえぐ泣く私と、感嘆の吐息をつくレオンハルト。
サイラス様はうっすら頬を染めて、自分のドレスの着こなしを気にしていた。
「そ、そうか……ドレスを着るとは、不思議なものだな。軍服とは違った意味で身が引き締まる」
その場でひらり回転し、ドレスのなびきを楽しむサイラス様。
そんな少女じみた仕草にも私の涙腺は爆裂。成人男性の無邪気な心に、私のライフはもう0よ……!!
それにしても、シンプルな白は純粋な色だからこそ、その人の素材のよさを教えてくれる。
乙女なパフスリーブに包まれた肩からデコルテのラインなんて、本当にきれい。
でも……サイラス様って着やせするのかな?
軍服を着ているときより、なんか華奢なような……。
でも、疑問は、は目の前のサイラス様の美しさを前にしてはあまりに小さなものだった。
「そ、だ……そうだ、お化粧もしましょうっ! どうせやるなら完璧に!!」
私が涙声でそう言い、化粧品を探してこようと振り返った。
そのとき、どすん、と何かが私の頭にぶつかる。
意味不明な衝撃に、私は思いっきり尻餅をついた。
「大丈夫か、アイカ……!!」
「いててて……何よ、急に……!」
心配してくれたサイラス様に手を取られ、なんとか立ち上がる私。
ふと床に目をやると、そこにあったものは、段ボール箱だった。
はい……????
「なんだこりゃ、見たことねぇ箱」
レオンハルトはそう言って、うろんそうに段ボールを見下ろした。
そりゃ、私にとっては見慣れた段ボールだけど、異世界で見かけるとなるとそうはいかない。
しかも、側面には愛用の通販会社のロゴ。
いったいどういうことだ。
「実は私は、それが急に空間から出てきた瞬間を見ている」
怪しげに目を細めながらサイラス様は段ボールを指さした。
空間から急に出てきた!!?
ますます事態がわからなくなってきたところに、「これ、どーやって開けるんだ」とレオンハルトが興味津々箱に手をかけた。
やわらかい紙の素材が新鮮らしく、適当に殴ってべこべこにしてしまう。
私は慌てて箱を取り上げた。
「ちょっと! 中身が壊れる!!」
「中身……? お前、これが何か知ってるのか?」
「ええ……まあ、一応……」
私は気まずくうなずくと、取り上げた箱を下ろし、ガムテープを剥がして中を開いてみせた。
中に入ってたのは……お茶とお菓子と、掃除用スプレーの詰め替えがいくつか、それと、豪華な化粧箱だった。
私が化粧箱を手に取り、開くと、そこには絵画のような天使が彫られたコンパクトがある。
これは……。
「あ、限定のフェイスパウダーだ」
私の後ろで男性ふたりがハテナを飛ばす。
そして、思い出した。
私は異世界に来る前、会社を辞めた日にとりあえず一億を使おうと通販ショッピングサイトを開いていた。
とりあえずいつも頼んでる食べ物と日用品のほかに、何か豪華なものを買おうと選んだのがこの限定品の高級フェイスパウダーだった。
確か、会計まで済ませてたかな……?
寝ぼけまなこで処理してたから記憶は曖昧だったけれど、今これを見て思い出すことができた。
でも、なんで
私の頭は疑問でいっぱいだった。
そのとき、ポロロンと軽快な音が鳴る。
私の服のポケットに突っ込んでいた、スマホからだ。
異世界から来てスマホが通知音を鳴らしたのは初めてのことだった。
急いで画面を開くと、『配達完了』の文章が通販アプリから通知されている。
「どういうこと……?」
電話がうんともすんとも言わないせいで、スマホは異世界だと使えないものだと認識していた。
でも、この『配達完了』の通知はさっきの荷物とどう考えても連動している。
「聖女のギフト、か……?」
恐る恐る口にしたサイラス様の一言に、私はぱっと顔を上げた。
「聖女のギフト?」
「ああ、詳しい人から聞いたことがある。異世界からやってきた聖女は膨大な魔力を持つと同時に、ギフトと呼ばれる特殊な能力にひとつ目覚めるらしい」
――そういえば、聖女様ともなると、神に授けられたギフトがあるのでしょう?
園遊会で出会った女性にそんなことを言われたのを思い出す。
私は驚いてスマホと届いた荷物を見た。
もしかして、私の能力……異世界で通販ってことですか????
なんだか神々しさに欠ける能力……。
「アイカ絡みの事象なら、そういう理由でもおかしくないと思ったんだが」
「確かに……ていうか、心当たりありまくりなのでもうそれしか考えられません……」
スマホで通販サイトを開きながら寝落ちした記憶がよみがえる。
残業で遅くなる日ばかりだから、荷物は基本的に宅配ボックスか玄関に置いてもらうようにしていたけれど、
まさかそこからどういうわけか異世界を渡ってやってくるなんて、配達人もびっくりに違いない。
でも、お化粧道具を探してたところに、フェイスパウダーを見てピンとくる。
「これ、サイラス様のお肌の仕上げに使おうっと……!」
「おいおい、いいのかよ、そんな怪しいモン」
「怪しくないもん! アマ〇ンだもん!!」
「アイカがそう言うならいいが……」
男性ふたりは困惑していた。
けれど、天啓を得た私は他の化粧道具を部屋から持ってくる。そして、サイラス様のお顔にメーキャップを施した。
慣れない異世界の化粧品にはちょっと苦戦したけど、基本は一緒だからなんとかなったと思う。
光を反射するツヤ肌に、最後、大きなブラシで取ったフェイスパウダーを滑らせる。
これで絹のようにさらさらなめらかなお肌の出来上がり。
うん、やっぱり値段の通り、クオリティ高い!
潤んだ紅い唇に、うっすら色づいたばら色の頬。
絹の質感をしたセミマット肌を櫛で梳いた金色の髪が縁取って、これはもう間違いなく――。
「美女!! どっからどう見ても美女ですサイラス様!!!」
「ほー、化粧だけでねぇ……」
私は再び出来上がったものを前にして、高鳴る鼓動を抑えきれなかった。
ベースの肌を整え、最低限の化粧を施しただけで、この有り様。
簪によく似たアクセサリーがあったので、それで金髪は簡単にアップにさせていただいた。
サイラス様も手鏡で自分の顔を見て、戸惑いまじりに感嘆している。
「私は、女装している、のか……」
実感が伴わないのか、不安げにつぶやいた一言に、私は力強くうなずく。
「はい! 完璧です!! サイラス様、完璧にお美しいっ!!!」
「……すごい………」
サイラス様は、ほう、とため息をついて、私を見た。
「すごい、アイカは魔法使いだ。言葉が出ない……それぐらい、私は嬉しい」
サイラス様は微笑んでいた。
薄く色づいた頬にさらにあたたかな色がのる。
私は息をするのも忘れて、その顔に見入っていた。
美しい。きれい。
もともとのサイラス様だって十分美しいけれど……今のサイラス様は、宝石だ。生ける宝石。
本物の星を閉じ込めた、世界でひとつだけの宝石。
「ありがとう、アイカ」
小首を傾げて微笑むサイラス様の両手を、私は静かに取る。
「私――サイラス様を推します」
「は?」とレオンハルトが言い、サイラス様が目を丸くする。
私の中には確固とした意思があった。
だって――こんな、こんな大きな宝石、私の中だけに閉じ込めておけないよ。
「私、サイラス様とその女装を推します!! 皆にも見せてあげましょう、こんなにもきれいなサイラス様を!!
呪いのことなんか皆、忘れちゃうぐらい――それぐらい、今のあなたは素敵なんです!!」
私は両手に取ったサイラス様の手をぎゅっと握り、言う。
「全力で私はあなたを推します、サイラス様!!」
青い瞳がまたたいて、星のようなきらめきを残す。
その瞳は一度、恥じらうように伏せられたが、やがて意を決したように私を見る。
「――よろしく頼む………」
その後、騎士の兵舎に戻って、食堂で待ってた皆にサイラス様をお披露目した。
――何人か鼻血を出して倒れた。
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