告白
連れていかれた先は、王宮の貯蔵庫だった。
そこには騎士団服姿の男性たちが何かが入った木箱を移動させていて、彼らは私を連れたレオンハルトとサイラス様を見ると、ビシッと敬礼した。
「おー、順調か」
「はい! これで全部団内に行き渡りそうです」
彼らの抱える荷物を見て、私はそれが酒瓶だと知った。
なんで騎士団が貯蔵庫から酒を移動させているのか、疑問に思う私の横で、レオンハルトが説明する。
「
「え? ……そんなことしていいの?」
私が訊ねると、レオンハルトはにいっと口の端を吊り上げた。
うわ、悪い顔したな……。
「貯蔵庫の担当者とは話がついてる。こっちはちゃんと金も払ってるんだ、問題ねぇさ」
「まあ、騎士団内部と貯蔵庫の癒着には違いないが」
太平楽な口調で言うレオンハルトの横で、サイラス様がぼそりと一言。
そう、これって完全に癒着である。
お金も動いてるみたいだし、ますますなんかきな臭い!
「だってよおー、グズグズしてたらよその騎士団の奴らに取られるだけだぜ!? あいつらの嗅覚、魔物みてぇだもん」
呆れる私に対し、レオンハルトはあくまで悪びれない。
不安になって私はサイラス様に「いいんですか?」と訊ねる。
サイラス様は腕を組み、働く騎士団員たちを見ながらつぶやいた。
「問題ない。火事場泥棒のようで個人としてのプライドはいささか傷つくが、あくまで私の心情だけの問題だ。
それよりも、園遊会で騒げずに落ち込んでいた団員も多い。酒が入った方が団内の士気も上がるというものだ」
「はぁ……そういうものですか……」
園遊会の影響がこんなところにもあるのかと思うと、私としてはいささか複雑です。
「よっし、俺らの分も確保だ! さっそく飲もうぜ」
レオンハルトは木箱を胸に抱えて戻ってくるなり、子どもみたいに屈託のない笑顔でそう言った。
「“俺ら”? ってことは、私も入ってるの!?」
「当たり前だろ。食堂で先にやってる連中と合流しようぜ。全員、聖女なんて見たことないからなー、さぞ盛り上がるだろうなー」
「嫌なら断ってくれ、アイカ。なんせ男所帯のむさ苦しいところだ、もてなしも期待できない」
うーん……。
どうしよう……。
お酒はわりと好きだけど、飲み会はあんまり得意じゃなくて、ずっと気まずい思いしてたんだよね。
でも、これってサイラス様とお酒が飲めるってことよね?
ほろ酔いで頬を上気させた色っぽいサイラス様が見られたりなんかして……♡
「おい、今なんか邪悪な笑みを浮かべなかったか」
「余計なお世話! じゃなかった、私も行きますからっ!」
「おー、いいじゃん、その意気だぜ聖女様」
私の返事に、レオンハルトは素直に嬉しそうにする。
金色の目は狼か猛禽類みたいでちょっとドキッとするけど、にこっと笑った顔は子どもみたいでかわいい。
……なんて、私は騙されませんけどねっ!?
そして、連れていかれた団の食堂。
そこにはすでに杯を掲げ合っている団員たちがいて、レオンハルトはそこに割り込む形で参加しだした。
「注ー目! こちらが異世界からおいでになった聖女様だ、諸君、目に焼きつけておくように」
レオンハルトは注目を集めると、私の背中をどんと押して、前に出るよう促した。
集まる団員たちの視線。
不躾にまじまじと見られる時間が長くて緊張したけれど、すでにほろ酔いの団員たちは杯を掲げ「おー!」と声をあげる。
「本物の聖女様だ……!」
「おお、これが噂の……!」
「……けっこう可愛いな……」
彼らは興奮気味に私を迎えると、ドンと木彫りの杯を私の前に出して、なみなみとワインを注ぎ始めた。
けっこういくわね……!?
「聖女様、飲みまぁーすっっっ!!」
供された酒の杯に私が臆していると、すかさずレオンハルトがかけ声を発した。
万雷の拍手と口笛。
……ええい、いったれー!!
私は杯を両手に抱えて、ごくごくごくり、と一息にワインを呷る。
……うん、意外とマイルド。後口すっきり。
「けぷっ」と飲み干した私を見て、また割れんばかりの拍手と口笛が鳴った。
「聖女様、良い飲みっぷり!」
「聖女様が飲んでるところなんて初めて見たぜ!」
「そもそも聖女を見たことが初めてなんだけどな俺ら」
……なんだか、ちょっと悪い気はしない。
少し誇らしげに口の周りについたワインを舌で舐めていると、横でレオンハルトもぐびぐびと杯を呷り始める。
「聖女様に後れを取るな! お前ら、しこたま飲めっ!!」
レオンハルトにけしかけられ、「おおーっ!!」と大声で応じた彼らは互いに杯をぶつけ合う。そして、一気飲み。
ちょっと野蛮だけど、見ていて気持ちのいい飲みっぷりだ。
サイラス様はマイペースにワインを嗜んでいる。周りの騒ぎに同調はしないけど、盛り上がることを許しているみたい。
これが本当の意味での無礼講ってやつかもしれない。
偉い人の顔色を伺いながら、気持ちよく酔えるわけないもんね。
私は最初の一気飲みの後、ペースを落としてちびちびと飲んでいた。
レオンハルトは盛り上げ上手で、顔の赤い団員を見つけると、すぐ何か悪いことを思いつく。
「おい、そこのお前! お前の剣はだれに捧ぐものだ!」
「はっ! 不肖のこの剣は、マイ・レディ、レリリー=フランツェカ伯爵令嬢に捧げるものですっ!」
「レリリー嬢とは最近どうだっ!」
「はっ! 自作の詩をつけて恋文を送りましたが、詩が好みじゃないと暖炉の焚きつけにされましたっ!!」
大爆笑。
「よろしいっ、続報を期待する!」
「はっ、光栄であります!! 来週末、詩学の勉強会をするので参加志望者はこぞって私、カルロ=オーウェンのもとにっ!」
なんて、ひとりひとり吹っかけていってコミュニケーションを取る。
そのときの団員たちの付き合いの良いことといったら!
阿吽の呼吸で掛け合いをしていくものだから、私は面白くって堪らなくて、笑いを噛み殺すのに必死だった。
食堂には徐々に団員も増えてきて、宴の規模はどんどん大きくなっていく。
レオンハルトと団員の掛け合いも数をこなすほどに派手になってきて、果ては歌ったり踊りだす団員続出。
私がおかしくってお腹を抱えていると、静かに飲んでいるサイラス様の横顔がちらりと目に入った。
その横顔は満ち足りていて、レオンハルトと団員たちのやりとりを微笑ましそうに見ている。
さりげなく席を移動して、サイラス様のそばに行くと、青い瞳は私を見つけて微笑んだ。
「アイカ、楽しんでいるか」
「ええ、おかげさまで。サイラス様も?」
私も笑って訊ねる。
サイラス様は、再びあの目つきで皆を見た。
……騎士団のこと、とっても大事に思ってるみたい。
サイラス様の大切なものを見せてもらえた気分で、私はほのかに上気した頬にさらに熱がこもる気がした。
「……王家を離れた私のもとに残るものは、そう多くない」
ふと洩れたつぶやき。
私は杯に口をつけたままサイラス様の顔を見た。
「十三のときに病床の父から廃嫡を命じられて、王子でなくなったときから私は騎士団とともにある。……呪いのせいですべてを失ったと思っていたが、本当はそのおかげで得たものもあるのかもしれないな」
その瞳に浮かんでいるのは、憂いか、喜びか。
どちらにせよ、私はその瞳の深さに見入って、息を止めていた。
「すまない、しゃべりすぎたな」
「……いいえ! 話してくださったこと、嬉しいです。でも……あの呪いだけで廃嫡までさせられるなんて、私にはちょっと考えつかないっていうか……」
「普通の服が着られない私には、王太子の公務に就くこともできなかった。日がな一日クマやネコの着ぐるみを着て王宮の奥にひきこもっている息子など、父には到底許せなかったのだろう」
……たしかに、着ぐるみで仕事だなんて、どこかのくま〇ンでもないと無理か。
それに王室の人間である以上、面目もあるだろうし、色んな制約が幼いサイラス様を苦しめていたに違いない。
それに、親子の縁まで切られるなんて。
……つらいよね。
「実は……ウチも父親が厳しくってぇ、もう進学とか就職なんかの機会のたびに大衝突でぇ、ほんと嫌だったなぁ、なんとか実家出てひとり暮らししましたけどぉ。本当は未だに帰省するの憂鬱なぐらいなんですよねぇ……ひっく、顔合わせるたびに人生のこと色々突っ込まれて、私はお前の物かよ! って言いたくなることたくさんでぇ、嫌ーになっちゃいますよねぇ……ひっく」
「………アイカ。大丈夫か?」
気が付けば、口が滑らかに回って、私も何かを口走っていたらしい。
でも、サイラス様のつらい話を聞いていたら私の過去も思い出してしまって、止まらなかった。
「一億も当てたけど、ほんとは使い道わかんなくて困ってるんですよ、自分の人生で自由だったことってあんまりなくて、急になんでも使っていいよって言われてもわかんなくって。でも親に相談したら今までの人生の二の舞だし、もうほんと積んでるんです。まあ、
自分のくるくると回る口がおかしくって、けらけら笑う。
気が付いたら私の手元にはお酒ではなく、水が注がれていた。
構わずにぐびぐびと水を飲む私。
「でも、ま! 今は今、自由にやりたいことしましょうよー、まあ私もまだこの世界でどうしたらいいかわかんないんですけどね!」
「自由に……やりたいことを、か」
サイラス様は何かつぶやいて、杯の中の赤い水面を見つめる。
そこに、レオンハルトの快活な声がかかった。
「聞き捨てならんことを聞いたっ! サイラス、お前の人生で一番やりたいこととはなんだっ!!」
すでに酔いが回ったレオンハルトがびしっと指を差してくる。
拍手と口笛が鳴って、皆の注目はサイラス様に集まった。
「ちなみに俺は王宮のパーティー会場に子犬30匹ぐらい放してみたいっ! お前は!?」
「私か、……そうだな……」
美しい人は青い目を宙に漂わせて、ひとしきり考える仕草をしたのち、つぶやいた。
「女装がしてみたい」
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