デート日和②


「わぁ……!」


 見えてきた街は赤レンガが洒脱なヨーロッパの街並みそのものだった。

 川面に面したおしゃれなお店やカフェが軒を連ね、活気に溢れている。

 セバスチャンは馬車を停留所に停めると、小窓から顔を覗かせ、「このあたりは新しいスイーツのお店が多いそうですよ」と見逃せない情報をくれる。


「それじゃあ……行きましょうか、サイラス様!」


「ええ、参りましょう」

 

 そう言って、下車する私たち。

 そこに集まる視線、視線、視線……。


 そりゃそうだ。私の横にいるのはでかいクマの着ぐるみ。目立ちたくないと言った方が嘘になるぐらい目を引く存在だ。


「わ~、こりゃすごい注目ですね……」


 私があたりを見回していると、サイラス様は沈んだ声で言った。

 

「私が街中にでるといつもこうなのです。それで、子どもの頃からあまり街には寄りつかなかったのですが……」


 うんうん。

 子どもの頃から苦労してたんだね……。

 普通の服が着られないだけでなく、着ぐるみ装備でないと人前に出られないなんて、厄介な呪いもあったものだ。


「でも、気にすることありませんよ! 悪いことじゃないんですから、堂々としてればいいんです。堂々とさえしてれば、何もおかしなことなんて……」


「うわー! なんだこいつ、なんかくれんのかな!」


「きゃははー! おもしれー!」


 私が意思を固くしている横で、元気なキッズの声がしたかと思うと、サイラス様は幾人もの子どもたちに囲まれてちょっかいを出されていた。

 足元を蹴ったり後ろから体当たりしたり、やりたい放題だ。

 私は拳を振り上げて怒る。

 

「こ、こらー! やめなさーい!!」


 私が怒声を発して追いかけると、子どもたちはどこかへ散っていってしまう。

 油断も隙もあったものじゃない。私はぜーぜーと息を切らしながら子どもたちの消えた方角を睨んだ。


「サイラス様、大丈夫ですか……!」


「ええ、大丈夫です。子どものすることですから、気にしてはおりません。それよりも……」


 サイラス様は着ぐるみの中から悲しげな声を出す。


「やはり、私のようなものが一緒ではくつろげないでしょう。今から戻っても遅くはありません、お考え直しください」


「そんなっ」


 ここまで来て帰るだなんて……。

 ちょっと注目を引くぐらい、私には大したことではないのに。


「ここで帰ったら、まるでサイラス様のせいみたいです! そんなの嫌ですっ」


「聖女様……」


 なんとか自信を持ってもらえないのか。

 私がそう考えていたとき、後ろから「ちょっと、アンタがた」と低い男の声がした。

 驚いて振り返ると、よく日焼けした強面の老人がそこにいた。


「アンタがた、ウチの店の前で何を騒いでるんだね? そんな目立つ格好してからに」


 老人はうろんそうな目で私とサイラス様を見る。

 あ、そっか……サイラス様ほどじゃなくても、私も貴族のお嬢様っぽくおめかししてるんだから、そりゃ目立つか……。

 ちょっと恥ずかしい思いをしていると、老人は店を振り返って、こうも言った。


「ウチは今日が開店なんだ。なのに人がうまく寄りつかん。どうせ派手な格好しとるんだったら、ウチの宣伝でもやってくれんかね? バイト代は出すよ」


 顔を見合わせる私とサイラス様。

 乙女チックな外装のお店からは甘いものが焼けるいい匂いがしていて、思わずつられていってしまいそうだ。


「ウチはクレープ屋だよ」


「クレープ!?」


 異世界でまさか私の好物の名前を聞くとは思わなかった。

 だが、乙女チックな店構えと売り物とは裏腹、真っ黒に日焼けした店の老人はスイーツを売るというより、漁師でもやっていそうな強面だ。

 うまく宣伝にならない事情もうなずける。


「どうだね? 頼まれちゃくれんか」


 訊ねる老人に、私はいっぱいの笑顔を伴って言った。


「やります!! やらせていただきますっ!」


「聖女様……よろしいのですか?」

 

 サイラス様が着ぐるみの下で驚いた顔をしているのが目に浮かぶようだった。

 私はうなずいて、自分の考えを披露する。


「どうせ目立つなら、良い方で目立ちましょう! お店のお手伝いにもなるし、それに私、こういうお店屋さんで働くの、ちょっと夢だったんです……!」


 私はわくわくにはずむ胸を抑えきれず、興奮気味に言った。

 サイラス様は少しあっけに取られていたようだけれど、私の意思を受け取って、深くうなずいた。


「わかりました。不慣れですが、協力させていただきましょう。でも具体的に何をすれば……」


「私が声をかけて呼び込みをしますから、サイラス様は手を振ったりとにかく動き回っててください! 目立つから何をしてもいいんです!」


「わかりました、やってみます」


「それじゃ、アルバイト開始ー!」


 私は軽快な呼び声で道行く人に開店を訴え、クレープの焼ける香りの店に立ち止まらせていく。

 サイラス様はといえば、ぱたぱた手を振ったり、うろうろ歩き回ったりして注目を集めていた。

 うう、あの着ぐるみの中にはぎこちない動きで手を振るサイラス様がいるかと思うと、ギャップで萌え……。


 憧れの職業に短い間就けたことと、サイラス様に萌えていたおかげであっという間に時間は過ぎ、夕方。


「いや~、おかげでいい商売になったよ。ほれ、バイト代」


 客足が落ち着いたところで、私たちの仕事は終わり、老人からお小遣い程度の賃金を受け取る。

 すると、「待っとれ」とだけ一言言って、老人は店に戻ると、両手にクレープを持ってやってきた。


「これはサービスだ、食っていくといい」


 差し出されたのは……苺のクレープ!!

 大きめにカットされたつやつやの苺が宝石のようにかがやいていて綺麗だ。

 私たちはお礼のクレープを受け取ると、店前のベンチに座って食事することにした。

 しっとりもちもちの生地に、甘酸っぱい苺のソースとまろやかな生クリームが絶妙の相性!

 声を張って疲れたところに、甘いものはいくらでも入りそう。

 私が幸せいっぱいに頬張ってる横で、被り物を外したサイラス様も黙々とクレープを口にしていた。

 寡黙だけど、美味しそうに頬張っているのは見ただけでわかっちゃう。

 私までつられて嬉しくなった。

    

「おいしいですねっ、サイラス様!」


「ええ、とても。……こんな甘いものを食べたのは久しぶりです」


 サイラス様はそう言って、唇の端についたクリームを指で取る。

 上品なイメージのサイラス様のそんな仕草に、思わずどきりとする。

 

「楽しい経験でした。こんな経験ができたのも、聖女様のおかげです」


 夕日の中、サイラス様は微笑んだ。

 きらきらかがやく金髪と、嬉しそうにほころぶ青い瞳に吸い込まれそうになる。

 まるで、絵みたい。

 素敵……。


「アイカ様」


 不意に名前で呼ばれて、夢中になっていた私ははっとなる。

「な、なんですかっ!?」と返事をすると、サイラス様は言葉に詰まったように、


「……名前でお呼びしてもいいかと思いまして。ご不快でしたらお詫びいたします」


 私は頭を振って否定した。


「いえいえいえ!! サイラス様に名前で呼んでいただけるなんてっ、すごい夢みたいです!!

 あっ、でも……ひとついいですか?」


「なんでしょう?」


「……敬語、やめてほしいかなって。あと様付けも禁止で」


 ついでに、私は願望を伝える。

 なんだかかしこまった感じで接されるのは趣味じゃないんだよね。

 もっと気軽にフランクになってくれればいいなと前から思っていた。

 サイラス様は驚いたように目を瞠る。


「しかし……アイカ様も私には敬語でいらっしゃるし……」


「あ、それはいいんです! 私は使いたくて敬語ですから!! なんたってサイラス様は元は王子様ですし、溢れ出る王子様オーラにこっちも自然と敬語になっちゃうんですっ!」


「そうですか……それならば……」


 そこでサイラス様は咳払いをひとつ。

 青い目で再び私を見る。


「では、よろしく頼む、アイカ」

 

「………はひ……」


 あまりに良い声でそう言われるので、耳がびりびりと痺れそうになる。

 なんだろう……不思議な感じ。

 ぐっと距離が縮まったような、そんな感じがする。


 気持ちが高ぶった私はもしゃもしゃとクレープの残りを食べて気を鎮めようとした。

 すると、黄色い声がどこからともなく響く。


「きゃあああっ! あの人かっこいい~!」

「あの、あなたが食べてらっしゃるのはなんですか……!?」


 いつの間にやら、女性たちがベンチの周りに集まって、着ぐるみから顔を出したサイラス様を囲んでいる。

 ややあっけに取られながらもサイラス様が店のクレープを紹介すると、怒涛の女性客の列が姿を現した。


「おい、何が起きたんだっ! 客が止まらねえぞっ!!」


「ひっ、ひええ、すみませ~ん!!」


 再び客足が絶えなくなってしまった店から老人が顔を出してくる。

 私はとっさに謝ってしまったが、老人の顔はにこやかだ。


「何言ってんだ、第二陣がきたってことよ! まだまだ宣伝に回ってもらうぞ、おふたりさんっ!!」


 と、再び宣伝に回るよう指示された私たち。

 すでに夕暮れだというのに、行列はどこまでも続いてる。

 イケメンの効果……えぐいな!!


 そして、私たちは再び夜になるまで呼び込みのバイトを続け、心配したセバスチャンが様子を見に来るまで働いたのだった。

 

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