デート日和①
来たる翌日。
これはデートではなく単なるおでかけ、単なるおでかけ……と念じながら私は屋敷の前でサイラス様を待っていた。
もっと気楽でいい、カジュアルでいい、と私が言うのも気にかけず、侍女軍団に徹底的におめかしさせられてしまったけど、気合い入りすぎてて引かれないかしら……?
紫陽花みたいな淡いブルーに、白いリボンとレースが幾重にも連なって胸の前を彩るドレス。
髪も結い上げてもらって、ドレスと同じ色のリボンで飾りつけされた。
そこに白いレースの日傘を差して、おめかし完了。
完成形を見たセバスチャンが侍女のトップとがっしり力強く握手を交わしていたけれど、はて、実際の出来栄えは……。
って、デートじゃないんだから、気にする必要ないし!!?
ぶんぶんと頭を振って現実に返る。
サイラス様だって、これがデートなんて思っていないかもだし、余計な気負いは必要なし。
自分に平静を呼びかけ、努めていると、屋敷の前に一台の馬車が停まった。
小ぶりながら、豪華なデザインのされたそれに見惚れていると、中からサイラス様の声が届いた。
「お待たせして申し訳ありません。お迎えに上がりました」
私はドキッとして日傘を手落としそうになった。
「あ、いえ、全然待ってなんかないです……!」
「そうですか。……扉も開けずに中から失礼いたします。実は、聖女様のご意思を確かめさせていただきたく、こうして中から声をかけております」
いつになくシリアスな声がして、私も不安に眉をひそめる。
いったい、なんの意思を確かめるっていうの?
「本当に、聖女様が私ごときと外出なさってもいいのか……そんな考えが私の中にあります。もし、今からご不興を買って今日の外出を取り止めることになっても、私は構いません。むしろ、嫌な思いをさせてしまったことを心からお詫びいたします」
待って、いったい、どういうこと?
姿を見せないうちからサイラス様は罪悪感を滲ませた声でそう言うし、私はだんだんつられて不安になってきた。
でも、これだけ遠慮しているってことは……、
「もしかして、それは“呪い”のせいなんですか?」
私が言うと、サイラス様は黙った。
当たり、らしい。
サイラス様の“呪い”がどういうものか、私は今まで知らずにいたけど、それは本当に深刻なものらしい。
だって、これだけ人と会うのに予防線を張るんだもん。よっぽど恐れているってことでしょう。
呪いという言葉の響きの恐ろしさに、私が何も感じないと言ったら嘘になるけど……。
「あの、サイラス様、これは私が無知なだけかもしれませんが、私はサイラス様自身を恐ろしいと思ったことはありません。
もちろん、“呪い”自体は怖いなと思います。ただ、それはサイラス様自身のお人柄は無関係だなっていうか……あっ、こんなに呪いのことで私を気にかけてくれて優しいなとは当然思いますけどね! だから、私は呪いがどんなに恐ろしいものだとしても、私はそれとサイラス様のことは別物だと考えたいな、っていうか………だって、それはサイラス様が望んだものじゃありませんよね?」
訊ねると、躊躇う間が流れて、「……はい」と静かな声が届いた。
だったら、綺麗ごとかもしれないけど、私は相手の良いところだけを見ていたい。
望まないものを背負わされたのなら、私といるあいだだけはそのことを忘れて過ごしてもらいたい。
なんて、勝手かもしれないけど思うのだ。
「……私にはもったいなきお言葉の数々、本当にありがとうございます」
サイラス様は深く静かな声でそう言った。
「あなたを試すような真似をして申し訳ありません。この期に及んで、許しを得ようと思うのが間違いでした。すべてを判断なさるのはあなた自身なのですから……」
おもむろに馬車の扉が開かれ、そこからサイラス様の明瞭な声が響く。
私は日傘を畳んで、馬車の中へと入っていく。
そこにいたのは、茶色い獣だった。
「………はい?」
私は思わず間抜けな声を晒す。
丸いお耳にぽてぽての手とお腹、まさしくクマさんといったビジュアルの……被り物がそこにいた。
「お見苦しい格好で申し訳ありません」
「なななななんですかその格好!!」
「私服です。」
サイラス様は淡々と言って、すぽん、と頭を脱いだ。
着ぐるみの中から美しい顔が現れて唖然となる。
「私服……!!?」
私が聞き返すと、サイラス様は乱れた金髪の頭をゆっくり振って、
「……私はいわゆる“普通の服”に袖を通すことができない体質なのです。無理して着ると体調が悪くなり、床に臥せって動けなくなるのです。そのせいでお仕着せの衣装ばかりだった子どもの頃は病弱と勘違いされていたほどでした」
と、説明を始める。
「そんな私が心安らかに過ごせる“私服”は、こういった感じのものだけなのです。それゆえ、さきほどは休日の姿をお見せすることを恐れてしまいました。聖女様がご不快な思いをなさるのではないかと……」
「もしかして、それが呪い……?」
「はい。生まれたときに魔女からかけられた呪いです」
これが、“呪い”――。
私は、ごくり、と唾を呑み込み、その呪いの全貌を確かめた。
これが、王宮で彼を爪はじきにする呪いの正体。
「…………なんつーか、くだらないッスね、ははは、もうなんでもいいや。先行きましょう」
「ッッッ!!?」
無の境地に至った私が軽くそう言うと、サイラス様は驚いたように青い目を瞠った。
「………私の呪いが、嫌ではないのですか?」
「……そりゃびっくりはしましたけど、一緒に歩くのが嫌ってほどでは」
「………」
サイラス様は何か感じ入ったように押し黙ったきり、なにも言わなくなってしまう。
そして、あまりにも長いこと見つめ合うことになり、私は気まずくなってしまう。
まずいのは、気まずさ以上に、またあの熱が頬に宿ることだ。
せっかくお化粧もされたのに、頬紅のつけすぎだと思われちゃう。
「ありがとう」
しばらくすると、サイラス様の唇からそんな一言が洩れた。
私は呆気にとられていたが、サイラス様はゆっくりと首を傾け、微笑んだ。
――極上の笑みを目の当たりにして、ボンッと湯気が立つ私の頭。
「すみません、何か失礼をしましたか?」
「いっ、いやいやいや!! サイラス様はなんも悪いことしてないですよ!!」
私は頭をぶんぶんと振って、なんとか熱を冷まそうとする。
すると馬車の御者側の小窓から、見慣れた赤いヒゲの男が顔を出してきた。
「そろそろ出発してもよろしいですかな? おふたりさん」
「って御者あんただったんかい!!」
「はっはっは、家令として家のことならなんでもできるのは当たり前ですぞ。さあ、デートへ出発、出発ゥ!」
もはや本人たちよりもノリノリの執事。
……呪いがどうとか言うから、すっかり身構えちゃってたけど。
案外くだらないことなので私は安心してしまった。
その安心が伝わったのか、サイラス様は満たされたように私を見つめて、また小さく微笑んだ。
「そのドレス、……綺麗ですね」
「あっ、こ、これ、私はもっと地味でいいって言ったんですけど……!」
「とてもよくお似合いだ、エスコートさせていただけて光栄です。聖女様」
称賛の言葉とともにあの笑みを送られて、私はかーっと頬に昇ってくる熱にたじたじになる。
クマの着ぐるみを着ていても、美しい顔はまったく損なわれない。
これがイケメンの底力? もう、勘弁して!!
慌てる私をよそに、やがて馬車は街を目指して進みだした。
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