お客様です、聖女様

 牢屋で半日ほど過ごした後、私は屋敷へと戻された。

 時間の経過で巨大化したピエール男爵は元に戻り、いたずらに満足した妖精たちもどこかへと消えていったらしい。


 一連の騒動の原因は、私だ。

 そそのかされるまま力を暴走させ、華やかなパーティーを大惨事に変えた。

 牢から出てきた後も、王宮じゅうの人の視線が冷たかった。

 ヒソヒソと耳打ちし合い、私のことを『暴走聖女』だなんて噂しているのが聞こえたときは、その場で消えてなくなりたかった。


 パーティー会場ではあれだけちやほやとされたのに!

 一度の大失敗で私の評判は地に落ちて、私には『暴走聖女』という看板だけが新たに追加されてしまった。


 屋敷に戻ってから数日、意気消沈して過ごしていると、ある日セバスチャンが来客を告げてきた。

 私を訪ねてくれる人なんて心当たりがない。不思議に思っているうちに、通された人の顔を見て私は仰天した。


 客人は、あの金髪美人の騎士団長だった。


「突然押しかけてしまい申し訳ありません。ただ、あの騒ぎの後どうされているかと思いまして」


 客間にて彼と対面する私は、熱くなる頬をどう誤魔化そうかと必死になっていた。

 心配そうに寄せられる青い瞳は今日も麗しく、見つめられるとどうしようもなく落ち着かない。


「申し遅れました。私はサイラス=ラインドール。翡翠騎士団の団長を務めております」


「翡翠……?」


「ああ、王宮には四つの騎士団があり、翡翠、紅玉、琥珀、金剛とそれぞれ名前がついているのです。

 ちなみに、先日あなたの警護にあたっていたルーファウスは金剛騎士団の団長です」


 サイラス様の説明を聞いて、ルーファウスの顔がなんとなく頭に浮かんだが、自動的に牢にぶち込まれたときのことを思い出してダメージを負った。

 それにしても、あの日のことを心配してやってきてくれるなんて、奇特な人だ。

 私はすっかり王宮の要注意人物と化している。今は気にかけてくれる人なんていない。

 優しい人、なんだな……。


「こないだの騒ぎを見たら、誰だってドン引きものなのに……私なんか気にしていただいてありがとうございます」


 へへ、と思わず卑屈な笑みを伴ってそう言うと、サイラス様は少し考え込むような素振りを見せた。


「実は……不謹慎かもしれないと黙っていたことですが」


「はい?」


「巨大化したピエール男爵は、もふもふが増していて、大変によかった。平時であれば、あの毛並みに埋もれてもふもふしたかったものです。それぐらい最高でした」


 私は予想外の答えに、啜った紅茶でむせそうになった。

 サイラス様には心配されちゃったけど、こんなに美形の人が「もふもふ」なんて大真面目に言うものだから、ツボっちゃって大変だった。

 くっくっと肩を震わせ、笑いを堪えていると、セバスチャンがお茶のおかわりを注いでくれる。


「ピエール男爵はサイラス団長になついておりますからな。男爵は気高いゆえ、あまり人に馴れませんが、団長だけは特別のようです」


「へええ……仲良しなんですね」


 感心してうなずくと、サイラス様は小さく微笑んで返事した。

 ――うっわ!! そこだけ光りかがやくかのようなイケメンの笑み!!

 これは悶える……。

 

「先日のことを気に病まれてないか心配していました。怪我人もおらず、パニックだけで終わったのですから、もう少し小さく収まっていてもいいはずなのですが……何分、聖女様ともなると、周りの目も厳しいようで、私としても無念です」


「はは……気にかけてくださってありがとうございます。私なんかにかまって、サイラス様の評判に支障が出ないかが心配ですけど……」


 つい自嘲的に言ってしまうと、サイラス様の顔色が微妙に曇った。

 私が失言だったと気付くのは、その後のことだった。


「………私の噂を、聖女様もすでに御存知のことと思います。これ以上失われる評判もないでしょう」


 ――そうだった。

 彼は“呪われている”。

 だからパーティー会場も独りでぽつんと立っていたのだ。

 彼にそこまで言わせてしまったことを後悔しながら、私は自分の軽率さを恥じた。


「ごっ、ごめんなさい! そんなつもりは……」

「いえ……もともとは私のような事情の者が、聖女様のもとをお訪ねするのは不適切だったかもしれません」

 

 すっかり罪悪感を秘めた顔つきでサイラス様はそう言う。

 私も申し訳ない気持ちでいっぱいで、なんと言葉を返すべきか迷った。

 互いにうつむいて、言葉を失う。


「――ええい、じれったーい!!」


 そこにセバスチャンの大声が響いて、彼の手が持ったクッキーが私の口の中に叩き込まれる。

 もごご……、となんとかクッキーを頬張ると、ハチミツの風味がふわりと漂って、サクサク生地に詰まったナッツの歯触りが心地いい。

 同様の仕打ちを受けたサイラス様も困惑しながらもぐもぐと口元を動かしていた。


「もぐ……セバスチャン、急に何を……」


 必死に咀嚼しながら訊ねると、セバスチャンは尊大に腕を組み、胸を反らしてこう言った。

 

「お互いに黙っていては物事は何も進みませんぞ! せっかく接点ができたのですから、遠慮せずお互いに胸を開いて交流してみてはいかがです? まずはお友達から作戦!」


「こ、交流って……!」


 話が早いぞと私は赤くなって黙り込む。

 サイラス様もびっくりして目を開いている。


「サイラス団長、明日の休日は聖女様を街にご案内してみては?」


「ちょっと、勝手に話を……!」


「聖女様も先日の一件以来屋敷にこもりがちで、外の世界を未だに知らないのです! 外出するにはよき機会かと」


 セバスチャンは止めようとする私の口を手で塞ぎにかかりながら、サイラス様に了承を得ようとする。

 サイラス様は何かを考えていたようだけど、セバスチャンの目を見て、


「……そういうことですね」


 と、つぶやいた。

 私にはその一言の意味がわからなかったけれど、セバスチャンはニコリと笑ってうなずく。


「ええ! 明日は晴れと聞きますし、よきデート日和でしょう! 一世一代のおめかしをして参りましょうぞ、アイカ様!!」


「いやー!! もーなんでそんな全部きっぱりと言うの!!? もうサイッテー!!」


「フフ、推しの晴れ舞台を見るためにはなんでもするのが人の常……」


 なんでも明け透けに言うデリカシーのなさに、真っ赤になった私はぽかぽかとセバスチャンの胸を叩く。

 しかし執事の見事な体幹は私ごときの拳では小揺るぎもせず、セバスチャンは胸を反らしながら高笑い。

 そのやりとりをサイラス様はぽかんとした顔つきで眺めていた。


 明日のデート……じゃない、お出かけ、どうなっちゃうの!?


 

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