園遊会、大パニック②
なんとなく落ち込んだ気分で過ごしていると、「なぁごぅ」と何かの鳴き声が足元で響いた。
見下ろした先には黒と白の長い体毛をした、気品ある猫ちゃんがいた。
「わああ、猫……!」
「王宮のねずみ捕り男爵です。名はピエール」
「ねずみ捕り男爵?」
「三代前の王の酔狂で、王宮で暮らす猫に男爵位を与える習わしなんですよ」
ピエールはすんすんと鼻を鳴らして、何かを探すように視線を巡らした後、どこかへふらりと消えてしまう。
撫でさせてもらいたかったけど、仕方ない。王宮に住んでいるんだったらまた会えるかもしれないし。
最初に国王親子に話しかけられて以来、私はぽつんとしていたが、徐々に招待客が声をかけるようになってきた。
貴族と優雅な会話なんてできる気がしなかったけど、皆して聖女様である私を褒め称えてきて、かなり会話は一方的だった。
中には「ありがたや、ありがたや」なんて拝んでいく人もいたし。
でも、あまりにも人が多すぎて、私が気疲れしてきた頃、ルーファウスは騎士団の人に呼ばれて、「失礼」と言って私の前から立ち去っていった。
そこへ話しかけてきたのは、赤い巻き毛をしたそばかすの淑女だった。
大胆に胸元の空いたドレスを堂々と着こなしていて、少しドキッとしてしまう。
「聖女様、お疲れでしょう? 異世界からお越しになって間もないというのに、こんなに人に囲まれては無理もありませんわね」
彼女は、私が人疲れしているところを察して、冷たい飲み物を取ってくれた。
一休みしたいところだったのでありがたくそれを受け取る。
彼女は話上手な人で、この国のことや自分の故郷の話などを冗談を織り交ぜながら楽しく話してくれた。
途中、本当におかしくてお腹を抱えて笑いを嚙み殺すのが苦しかったぐらい。
なんだか楽しい人と出会っちゃった。
「そういえば、聖女様ともなると、神に授けられたギフトがあるのでしょう?」
ギフト?
突如聞きなれない言葉が飛び出て、私は目を瞬かせた。
彼女は魅惑的な笑みを浮かべて私の方を見る。
「ええ、聖女様には異世界を渡ってくる際に聖なる力に目覚められると言いますわ。……それでわたくし、良いことを思いついたのですけれど、そのお力をこの会場で皆にお見せするというのはどうでしょう?」
「ええっ」
急に力とか言われても、向こうからやってきたときに神様的なものに会ったりなんかしなかったし……。
そもそも私は現代日本ではただのOLだった。超能力的なものには一切縁がない。
「きっと皆も見たがりますわ、聖女様のお力を。きっとすばらしい才能に恵まれていらっしゃるのでしょう。そんな才能を出し惜しみするなんてもったいない、ぜひ、皆の前で披露するべきです」
私が戸惑っている一方、彼女――そういえばまだ名前も聞いていない――は、如才ない笑みで豪奢な扇を仰ぐ。まるでそれで皆がハッピーになると信じてやまないといったような顔だ。
「ち、力なんて言っても、私、なんにも自覚なくて」
「でしたらわたくしにお任せなさいませ。わたくしこれでちょっと魔法の心得があるものですから」
彼女はそう言って私の肩をそっと優しく抱くと、耳元で静かに囁く。
「目を閉じて。ゆっくりと、そうゆっくりと息を吐いて、力をお抜きなさいませ。そして、頭の中でイメージを描くのです。光が溢れて、押し寄せるところを。温かく、美しく、聡明な神の光が、溢れ、こぼれ、うねって、放出されゆくところを……」
その声は不思議な響きを持って、頭の中に入ってくる。
目を閉じ、瞑想すると、だんだん自分の穏やかな呼吸音が聞こえてくるようになって、そのひとつ向こうでとくんとくんと脈打つ心臓の音がした。
心臓。そういえば、あの美人さんを見ると、いつも心臓が音を立てる。
彼はまるで黄金色の光。太陽がそのまま人になったような……。
ばくん。
ばくん。ばくん。
ばくん。
「ッッッ!!?」
周りから異様に騒ぐ声がして、私はパチンと目を開いた。
光が、私の身体を中心にして溢れ出している。皆それを見て驚いているのだ。烈風を伴って放出されるそれは、私の長い髪をなびかせ、頭上高くに伸びていくと、そのまま宙ではじけた。
パーティー会場じゅうが白い光に包まれる。
目を開けていられないと思うほどの光の洪水。
思わず両手で目の前を覆って暴走する光に耐えていたけれど、それもだんだん収まってくる。
ゆっくり目を開けると、同じように戸惑いながら両手から顔を離す人々が見えた。
よかった……何も、ない?
安心して胸を撫で下ろすと、どこからか貴婦人の悲鳴が聞こえた。
「きゃっ、きゃああああ―――何これえっっ!?」
悲鳴がした方を振り返る。そこでは庭園の植え込みの薔薇が巨大化し、重さに耐えきれなくなって地面にのたうっていた。まるで口を開く化け物みたいなルックスで転がっているのだから、相当心臓に悪い。
……って、どうして!?
私も戸惑っているうちに、悲鳴が連鎖する。
そこに子どもの笑い声のような「きゃは! きゃはー!」という甲高い声が重なった。
目の前の貴婦人の優雅に編み上げられた髪に、何かがいたずらしている。
「よっ、妖精だ――!!」
近くで紳士が叫ぶのを聞いて、私は目を疑った。
確かに羽根の生えた妖精のような何かが、貴婦人の頭の中に突っ込んでいって暴れてる!
しかも、妖精は一匹だけではなかった。そこかしこに沸いて出た妖精たちは楽団の楽器をめちゃくちゃに奏でたり、画家の絵にめちゃくちゃに絵の具を塗ったくったり、とにかくもう大騒ぎ。
他の招待客にもいたずら妖精がわんさかついていて、振り払おうとする人の怒鳴り声や悲鳴がパーティー会場に満ちみちる。
私はその混沌とした光景に呆然となる。
光が過ぎたと思ったら、薔薇はおばけみたいな大きさになって、妖精軍団がいたずらパーティーを始めた。
これって……私のせい!?
あたりを見回すが、私の力を導いた淑女はどこにもいない。
「なぁごぉぉおーーー!!!」
彼女を探していた私は、突如響いた太い獣の叫び声にはっとなって立ち止まった。
前方で人ごみが割れる。そこから飛び出してきたのは、獅子の何倍も巨大な、猫。
猫ちゃん。
お、大きい、ネコチャン………。
一瞬、恍惚となりかけたが、ねずみ捕り男爵のピエールは錯乱した鳴き声をあげながらパーティー会場を走り回っているらしく、それが目の前にやってくるので私は身を固くした。
猫の足はあまりにも早く、私は逃げるのが追いつかない。
ぎゅっと目を閉じてしまうその寸前、金色の何かがきらめいた。
「ピエール!!」
男の人の叫ぶ声がして、私はとっさに目を開く。
かがやく金髪をなびかせ、私の前に躍り出たその美しい人は、両腕を広げて迫り来る獣の目前に立つ。
――危ない!
「よーしよしよしよし………」
「なぁごぉ………!!」
とっさに身を引き裂かれるのではないかと危惧したが、ピエールは彼の姿を見つけると頭をこすりつけ、仔猫のようにニィニィと心細そうに鳴いた。
なだめながら、両腕でその巨大な頭を掻き抱く美人さん。
私はあまりにも呆気にとられて、その場に立ち尽くす。
「聖女殿! ご無事か!!」
そこにリュディガー王が護衛を引き連れやってくる。その中にはルーファウスの姿もあった。
「ごっ、ごめんなさいっ、私も何がなんだか……っ!!」
「無事ならよい! さあ、こちらに!!」
とっさに謝り倒しそうになったところに、手を伸ばされ、私は思わずそれに応える。
すると横から現れたルーファウスが、私の反対側の手首を握った。
はい? なぜ??
「さあっ、ゆくぞ!」
と言って王は走り出すので、私もつられて走る。
ルーファウスと王に挟まれて珍走する私。
そして………。
目の前に冷たい鉄格子が降りる。
「此度の力の暴走を、我々は重く受け止める。聖女殿には申し訳ないが、騒ぎが収まるまでそこで様子を見させてもらう」
「………………。」
私は牢の中、膝を抱えていた。
「まさか早々に力を暴走させるとは……」
「六百年の歴史の中でこのような珍事は例を見ないぞ……」
「当代の聖女は、『暴走聖女』か……」
言いたいことを言って牢屋から出ていく人々。
私はドレスの膝に顔を埋め、己の不運をただただ悔いる。
一億円が当たって、異世界に召喚されて、そして、牢にぶち込まれた……!!!
なんだこの人生……。
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