第25話 奴隷商の息子の婚約

「い、いまシャロレッタ令嬢がこちらを見なかった!?」


「間違いない! 俺をみて笑顔を見せてくださったんだ!」


 目の前の貴族の倅達が興奮し始めた。


「もしかして、今日選ばれるのって俺か!?」


「ふざけんな。俺に決まってるだろ!」


 ん? 選ばれる? どういう事なんだろう。


 シャロレッタさんが階段の中段でホールを見渡したまま、シアリア男爵が階段の中段に上がり、ホールに向けて声をあげた。


「皆様! 本日は我々シアリア男爵家のパーティーにお越しくださりありがとうございます! 多くの支援者様のおかげで我が家の勢いは止まる事なく、ここまで来れました。心より感謝申し上げます!」


 男爵とシャロレッタさんが共に深く頭を下げる。


 それに合わせてみんなも拍手を送る。


「さて、本日はメインイベントとなる、我が娘であるシャロレッタの婚約者を本日発表させて頂こうと思っております!」


 ホールに集まった多くの同年齢の男性から歓声が上がる。


 シャロレッタさんの美貌を見て、好きにならない男性はいないだろうからね。


 でもシャロレッタさんの一番は美貌ではなく、植物や音楽など、深い知識を持ち、それを人に伝えるのも上手い。


 さらに会話中は極力人の目を見て話してくれるし、彼女の思慮深さはずっと感じてきた。


 たった2回でそれを感じられるくらい、彼女は美貌を抜いても魅力が多い女性なのだ。


「では、我が娘から『永遠の愛を誓う薔薇ばら』を受け取った方を婚約者とさせていただきます」


 拍手と共に、身だしなみをチェックする男児も多い。


 何というか……裏で既に決まってますよと言いにくい部分がある。


 シャロレッタさんが一段ずつ階段を下りると、男児達から歓声が上がる。


 ホールに降り立った天使は、赤い薔薇一輪を大事そうに抱えてまっすぐ僕に向かって歩いてきた。


「お、おい! やっぱりこっちに来るぞ!?」


「間違いない! お、俺だ! 俺を選ぶはずだ!」


「ふざけんな! 俺に決まっているだろう!」


 目の前の二人の男児が喧嘩を始める。


 さっきまであんなに仲良かったのに…………そこはお互いを祝福するべきなんじゃないのか?


 シャロレッタさんが真っすぐ彼らの前に歩いて来て立った。


 後ろからでも男児達の緊張感が伝わる。


「えっと…………ごめんなさい。道を開けて頂けませんか?」


「「えっ!?」」


「あの……後ろの方に用事が…………ごめんなさい」


 シャロレッタさんの言葉を聞いて、後ろを振り向いた二人と目が合う。


 ちょっと申し訳なさそうに会釈すると、二人は肩を下して道を開けてくれた。


 開いた道をここまでゆっくり歩いてきたシャロレッタさんが速足で僕の前にやってきた。


「あ、アベル様……」


 顔が真っ赤になって恥ずかしそうに僕の名前を呼ぶシャロレッタさんに、僕も胸の中から熱くなるのを感じる。


「シャロレッタさん……」


「えっと…………この花を受け取ってください!」


 周囲から驚く声が鳴り響く。


 そもそもホールでは貴族位で立ち位置が決まっている。


 僕達みたいな平民はホールの周辺に立ち、貴族や有数の商会の人達から声がかかるまで待つしかないのだ。


 そんな場所にシャロレッタさんがやってきたという事実。


 それはいま最も勢いがあるシアリア男爵家だからこそ、驚きだと思う。


 僕はゆっくりと彼女が前に出した薔薇を受け取った。


 でも、僕の答えは違う。




「シャロレッタさん。ごめんなさい。この花は受け取る事ができません」


「えっ!?」


 僕は受け取った花を持って、彼女の前で跪いた。


「僕は勇者でもなければ、英雄でもありません。ただの奴隷商人です。シャロレッタさんと出会った数もそう多くありません。いえ、正直に言って少ないです。もっと正直に言えば、一目ぼれしていました。ですが、僕はシャロレッタさんと過ごした少ない時間の中で、シャロレッタさんが普段からどんな事にも真剣に取り組み、頑張っている姿を垣間見れました。だからこそ、僕はシャロレッタさんに二度惚れました。この花は…………受け取れません。何故なら――――」


 僕は跪いたまま、受け取った花を彼女の前に出す。




「これからもっとお互いを知りたいです! 僕と婚約してください!」




 僕が悩んで出した結論は、彼女の婚約を受けるのではなく、僕から婚約を申し込むこと。


 僕を選んでくれたシャロレッタさんに、僕からできる唯一の答え。


 彼女を好きである気持ちの表現だ。


「嬉しい…………アベル様。不束者ですがよろしくお願いします」


 少し涙を浮かべたシャロレッタさんが、薔薇を受け取ってくれた。


 その日。


 僕に婚約者ができた。


 絶世の美女と思える彼女は、凄い努力家で、自分の夢のため努力を繰り返し、令嬢でありながら手には豆ができていたり、植物のとんでもない知識量を誇る。

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