第23話 奴隷商の息子と派手な礼服

 次の日。


 シアリア男爵家の定期パーティーが開催される日だ。


「お母さん? どうして礼服を?」


 今日は朝から礼服が準備されていて、それを着るように言われている。


 今日って何かあったっけ?


「なにを言っているの。今日はシアリア男爵様のパーティーに出席するのでしょう?」


「えっ? そうなんですか!?」


「聞いていないの!?」


「まったく聞いていませんよ?」


「旦那さんから何も聞いていない?」


「はい」


「…………」


 母さんの目がちょっと怖い目になった。


 どうやら父さんから僕に伝えると言って、昨日帰りが遅かったから伝えそびれたのかも知れない。


 そういや、昨晩の帰り際、男爵から「明日は楽しみにしているよ」と言われたけど、それってうちの奴隷達の事だと思ってたけど、違うみたいだね。


「お母さん。予定がそうならそうでいいですよ。昨日うちの奴隷達の試査もとても順調でしたし、今日はギスルが行ってくれるんでしょう? 僕が指揮を執らなくてもよさそうですから」


「そう? それにしてもギスルさんがうちで働きたいと、訪れて来てくれて助かったわ~」


 母さんの言う通り、初期メンバーが旅立った次の日。


 真っ先にうちを訪れてきたのがギスルで、シュルト奴隷商会に正式に雇って欲しいときてくれた。


 もちろん奴隷だった頃よりもはるかに高い賃金で雇う事にした。


 ギスルは見た目以上に能力が高く、本当に『無能』かと疑うくらいにできる事が多い。


 諜報に長けていて、指揮もできて、経営も任せられる。


 ギスルの加入によって、うちの仕事も大幅に楽になっているのだ。


「そうですね。ギスルにはいつも助けられてばかりです」


「うふふ。きっとギスルさんも恩義を感じて来てくれてるんだと思うわ。これもアベルを信用しての事よね」


「そうだと嬉しいんですけどね。僕としてはうちで働いてくれるなら大歓迎ですから」


 ただうちに就職してもやれる事が限られているから、ギスルのように管理能力に長けてないと中々雇ってあげることはできないけどね。


「それにしても、お母さん」


「うん?」


「いくらなんでも、この礼服は派手過ぎませんか?」


 礼服と言っても、色んな形や色があるのだが、俺が来た礼服は見た事もないくらい派手で真っ白い礼服だ。


 こんなの着ていたら、めちゃくちゃ目立つ気がする。


「むしろアベルが目立たないと誰が目立つの?」


「えっ? どうして僕が目立つ必要があるんですか?」


 僕の問いに母さんからとんでもない答えが返って来た。

















「あら? 何を言っているの! 今日の主役は――――アベル。貴方でしょう!」


















 ん?


 今日の主役は――――――僕?


「まさか! アベル!? あの話を聞いてないなんて事はないでしょうね!?」


「あの話……?」


「シャロレッタ令嬢との事よ?」


「シャロレッタ令嬢? どうしてここでシャロレッタさんの名前が出てくるんですか?」


 それを聞いた母さんは口を大きく開いて、両手で目元を抑えた。


「ま、まさか……それもまだ伝えていなかったの…………」


 一体、何がどうなってるの?


 その時、リビングに父さんが入って来た。


「おお~アベルよ~似合ってるじゃないか~」


「貴方!」


「ひいっ!? ど、どうしたのだ? レオナ」


「貴方、アベルにあの事をちゃんと伝えましたの!?」


「えっ?」


「えっ、じゃないですわ! アベルがいまシャロレッタ令嬢の事も理解できてないみたいですのよ!?」


「ええええ!? ああああああああ! 伝えるの忘れていたああああああ」


 父さんが頭を抱えて、その場に崩れる。


「お父さん? 一体僕とシャロレッタ令嬢に何があるんですか?」


「あ、アベル? 驚かないで聞いてくれ」


「はい?」


















「うちとシアリア男爵家と婚約の話が出ているのだ」

















 婚約?


 それは凄いおめでたい事だね!


 あれ?


 でもうちって僕一人っ子のはずなんだけど、一体誰と誰が婚約したの?


「あれ? うちって僕一人なんだけど、誰と誰が婚約したんですか?」


「あ、アベル! お、落ち着け! うちはアベルしかいない!」


「へ? そうですよね」


「そ、そうだぞ? アベルと――――――シャロレッタ令嬢の婚約だよ?」


「……………………」


「アベル? お~い。もしもし? アベル!! れ、レオナ! アベルが固まってしまったぞ!」


「はぁ……そうなるんじゃないかと心配してたんです…………アベルったら女性免疫がまったくないから…………」


「ど、どうしよう! 正式な婚約は――――今日なのに!」


 それから僕の記憶はない。

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