第16話 奴隷商の息子の母親と元英雄

 アテナ様を連れて、奴隷商会から離れた僕の家を目指した。


 お母さんが大好きなアテナ様を見たらどういう表情を見せるのかが楽しみで仕方がない。


 いつも厳格なお母さんだけど、実はものすごく表情豊かというか、絵本を読み聞かせてくれる時も、場面によって凄く熱がこもる。


 時折場面によっては涙ぐむ事もしばしばあるのだ。



「お母さん~」


 家に戻ってお母さんを呼ぶ。


 どうやらお料理の途中のようで、厨房の奥から「は~い」という声が聞こえる。


「こんなに早く帰るなんて珍しいわね~アベル」


「はい! 今日はお友達になった方をぜひ紹介したくて!」


「あら、お友達? アベルが? 珍しいわね」


 ううっ……お母さんの言葉が何気に僕の心にクリティカルヒットする。


 お友達がいないんじゃない! 作らないだけだ!


 …………嘘だけど。


「それはそうと、せっかく来てくださったんだから、お母さんの美味しいお昼ご飯をご馳走したいんです!」


「あら、いいわよ? 食料は十分にあるし」


「はいっ! では紹介しますね!」


 扉から外に出て、いたずらっぽく微笑んでいるアテナ様の手を引いて、家の中に入っていく。


 その隣にいたエリンちゃんが相も変わらず頬を膨らませているけど、どうしたんだろうか?


「は~い。僕のお友達になってくださった――――アテナ様ですよ~」


「初めまして、アベル様の友人となったアテナと申します」


「!?!?」


 アテナ様を一目見たお母さんがその場で石像のように固まってしまった。


 人って……想像よりもはるかに驚く出来事が起きると、こうして固まってしまうというのは本当だったんだね。


「お母さん~アテナ様ですよ~」


 ダメだこりゃ……全く反応しない。


「うふふ。アベル様から話は伺っております。レオナ様。いつも私の昔話を楽しんでくださってありがとうございます」


「ひっ!? ほ、ほ、ほほほほほ、本物!?」


「お母さん。本物のアテナ様ですよ? ほら、ちゃんと教皇様の証も付いてるでしょう?」


「あ、アテナ様ああああああああ」


 僕の予想としては、お母さんはアテナ様に抱き着くと思っていた。


 なのに。


 その真逆の反応を見せるお母さん。


 まさか、その場で崩れ落ちて泣いてしまった。


「お母さん!?」


「あら?」


 僕とアテナ様が駆け寄ってお母さんの背中をすりすりして宥めてあげる。


 号泣しているお母さんだけど、どこか嬉しそうにしているのが伝わってきて、僕も少しは嬉しくなった。


 僕が成長するまで、いや、今でも相変わらずの愛情を持って、僕を育ててくれるお母さんに一つでも恩返しができたのなら、とても嬉しい。


 まだ子供だからお母さんお父さんに恩返しなんて限られた事しかできないから、こうして一つ一つやっていきたいと思う。




「大変お見苦しい姿を見せてしまって、申し訳ありません」


「うふふ。全く気にしないでください。それに嬉しすぎて泣いてしまった経験は私にもありますから。その気持ち凄く分かりますし、私に向けられたのならなおさら嬉しいのです」


 アテナ様も凄く優しい方なんだね。


 気を利かせてくれたエリンちゃんが、厨房から紅茶カップを持ってきてくれて、その場で美味しそうな紅茶を淹れ始めた。


 僕もエリンちゃんを手伝って、アテナ様とお母さんに紅茶を並べた。


「アベル様」


「うん?」


 エリンちゃんが小さな声で耳打ちしてきた。


「せっかくのお二人ですから、ここは少し二人っきりにしてあげた方がよいかも知れません」


「そうだね。ありがとう。エリンちゃん」


 小さい声で打ち合わせして、紅茶とお菓子を並べ終えたら、僕はエリンちゃんと共にリビングを後にした。




「エリンちゃん」


「はい?」


「――――なんか怒ってる?」


「へ? い、いいえ! 私がアベル様に怒るなんてありえません!」


「そ、そう? それならいいけど。何か不満があったら言ってね?」


「っ!? ――――――――ぁ。は、はい……」


 彼女は何かを言いかけたけど、特にこれと言って何も言ってこなかった。

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