第17話 奴隷商の息子と奴隷法

 昨日アテナ様は、お母さんと談笑して、お昼を食べて帰られた。


 お母さんからは何度も「ありがとう」と感謝されて、何だか息子として照れくさかった。


 そして、今日。


 王都の広場には大勢の人が集まっていた。


 中央に大勢の騎士達が王城から列をなしてやってきた。


 すぐ後ろにはラッパを吹いて存在を知らせる音楽隊もいる。


 中央広場の高台に一人の老貴族があがる。


 その手には前世でもよく見たマイクに似てる魔道具が握られていた。


「王国民の皆よ! わしは宰相のアデンハイルである! 本日は新しい法の発表である! とても大切な法なので、決して違反しないようにしてもらいたい!」


 事情を知らない大勢の人々がざわつき始める。


「これからノイリス王国の王国法にある『全ての奴隷に対する法律』を――――撤廃・・する!」


 宰相様の言葉に、広場には驚きの声が鳴り響いた。


 奴隷は道具として扱われているが、最低限の人権を教会が認めていたのだ。


 それを王国が撤廃するという事は教会と対立すると言っても過言ではない。


 王国民の大半が教会の信者でもあるので、この発表は王国民達にとって想像もできなかった発表だろう。


「そして、ここに新しい法を作り上げる! これは女神様を信仰する大勢の人々がより女神様の意向をくみ取る形を取った法である! ――――これより、王国内に新しく『奴隷法』となる法を制定する!」


 そう発表すると同時に広場にはA4サイズの紙が無数に放たれた。


 僕の前にも一枚落ちて、紙を拾って中身を読む。



 『新しい奴隷法』


 ・奴隷は奴隷商会に買収されると同時に奴隷としての期間が始まる。


 ・奴隷商人はそれを理解した上で購入するものとする。


 ・奴隷期間は最長で5年とし、買収額が金貨を超えない者に関しては3年とする。


 ・奴隷の値段設定は全て王国で行う事とする。奴隷魔法を刻む際に値段を制定し、3か月毎に値段更新を受ける事。


 ・奴隷の能力から外れた仕事を強制した場合は罰則を与える。禁固刑3年とする。


 ・奴隷が自らの意志以外で餓死させた場合、極刑とする。


 ・奴隷商会は奴隷を売らず、自分の商会で働かせた場合、奴隷を販売禁止とする。




 新しい奴隷法の大半は僕がガイア神官に伝えた新しい法である。


 まさかそれが全部叶う形でこうやって新しい法が制定されるとは思わなかった。


 出来れば、一番上の『奴隷は奴隷商会に買収されたと同時に奴隷としての期間が始まる』だけでも効かせたかったのだ。


 これがあれば、仮に奴隷を奴隷商会で使いつぶさせずに済むと思ったのだ。


 それ以外も通ったらいいなと思って伝えたのが、まさか全て決まった形だ。


 しかし、その中でも最後の文言は僕の提案で生まれた法ではない。


 奴隷商会で奴隷として売らずに働かせた場合、奴隷はもはや売り物ではなくなる。


 この法があるのとないのでは、また大きな意味合いが変わってくる。


 例えば、一番の打撃があるのは、間違いなくシュルト奴隷商会だ。


 何故なら、剣聖であるヴァイオや、聖女であるエリンちゃんのような強い才能を持つ奴隷を、強制的に誰かに売れないという法がこれで制定されたのだから。


 まぁ、実際うちの奴隷商会で彼女達を売る事はないけど、この法のおかげで『奴隷法がシュルト奴隷商会のために出来た法』に見えなくなった。


 これなら大勢の奴隷商人達も納得するだろう。皮肉にも奴隷は売り物と思っている奴隷商人達だからこそ。


 それにしても最後の法は誰が考え付いたんだろう?


 そんな事を思っていると、とある一団が広場の中央に無理矢理割り込んできた。


「宰相様! お待ちください!」


「ん? 君は――――奴隷商人アルグレイだな?」


「お久しぶりでございます。奴隷商人のアルグレイでございます」


 へぇ……あの人が。


 多分奴隷商会トエネスの店長だと思う。


 奴隷商会トエネスは王国内で最大級の奴隷商会だ。


 彼の後ろにいる人達も奴隷商会トエネスに関わっている人達だろうね。


「うむ。どうしたのだ?」


「どうしたのではありません! どうしてこのような『最低な法』を決めるのに我々奴隷商会には一言も相談してくださらなかったのですか!?」


「…………これは現教皇のアテナ様も王様で決められた法なのだ」


「っ!? ちっ……あの女狐め……」


 聞こえないけど、今あのおっさん、絶対アテナ様を「女狐」と言ったと思う。


 少しムカつくけど、彼らの成り行きを見守る。


「それもあの聖女のせいなのですか!」


「…………奴隷の中から聖女様が生まれた。ずっと生まれていなかった聖女様の席が埋まったのだ。それは長年我々が奴隷が人である事から目をそらしていたからだ。これは女神様の意向に反していた事になる!」


「ふ、ふざけるな! 女神様は我々を助けてくれやしない! 長年我々奴隷商人が頑張って支えたこの王国だ! この一件は我々奴隷商人に『もうお前達はいらない』と言うのと同じだ!」


「そう見えるかも知れない。だがこれは引いては奴隷商人のためにもなる!」


「なに!」


「聖女様を覚醒させたのは『シュルト奴隷商会』という奴隷商会だ。その商会は『奴隷レンタル』という手法で大きな利益を産んでいるという。私は長年この王国の経済を見てきた。奴隷市場が少しずつ、確実に縮小しているのは知っている。お前達の奴隷商会でも何人もの餓死者が出ているのは事実ではないか!」


「ち、違う! それはあいつらが勝手に……!」


「…………今まで目を瞑ってきたのは私の責任でもある。この『奴隷法』制定を持ってわしも今までの奴隷達に報いるために、宰相職を辞める事にしている」


「!?」


 宰相様の言葉に大勢の人達から驚きの声があがる。


 まさか、奴隷法のせいでここまで大事になるなんて…………。


 でも宰相様がいま話した通り、長年奴隷達を見て見ぬふりをしてきたのは間違いない事実だ。


 誰かが責任を取るなら、それを長年見て見ぬふりをした宰相様が身を引くのが一番の策かも知れない。




 その日。


 新しく制定された『奴隷法』により、王国は大きく変わろうとしていた。


 長年経済を支えていたアデンハイル宰相様は辞任し、新しくアルターゼ宰相様が任命された。


 そして、もう一つ。


 王国内最大級奴隷商会トエネスは、王国から全て撤退した。

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