第9話 奴隷商の息子と母親と聖女

「アベル様~」


 お母さんが考えこんでいる間に、厨房からエリンちゃんがやってきた。


「エリンちゃん」


「あっ、し、失礼しました」


 最近奴隷達とはフランクに話しているけど、お父さんお母さんの前ではいつもの対応をしている。


 これも改善しなくちゃいけない事だね。


 でも奴隷紋というのが付いている以上、雇い主と雇われの関係は発生する。


 それをできる限り減らしていきたい。


「エリン」


「は、はいっ。奥様」


「こちらにいらっしゃい」


 申し訳なさそうな表情でエリンちゃんがやってきて、僕達の前に正座した。


「…………アベルの隣に座りなさい」


「っ!?」


 驚くエリンちゃんが僕を見つめたので、頷いて返すとゆっくりと立ち上がり、僕の隣に座った。


「エリン。貴方は聖女として才能を授かったと聞いているわ」


「は、はいっ!」


「旦那さん曰く、教会の提案を全て蹴ったそうね?」


 えっ? 教会の提案? そんな事、初耳なんですけど!?


 ちょっと驚いて、エリンちゃんの横顔を見つめる。


 彼女は毅然とした態度で、お母さんを見つめていた。


「はい。その通りでございます」


「どうしてか聞いてもいいかしら」


「私は……いえ、私達はアベル様のおかげで、こうして幸せな生活を送れるようになりました。あの日……アベル様が仰っていた事が理解できなかった私達ですが、すぐに気づきました。私達が一番最初にアベル様の偉業を世界に伝えたい。教会の理想はアベル様の理想とはあまりにもかけ離れていましたから、丁重に断らせていただきました」


「そう……けれど、それはエリン達が奴隷・・だからであって、世界の人々のためにはならないでしょう?」


「…………私が世界を語れるほど世界を知っているわけではありません。ですけど、私は生まれながら父親の借金を背負う事になりました。だから私には生まれながら自由はありませんでした。奴隷になり、なんとか生き長らえる事ができましたが、私はまだが良く、奴隷になれましたが世の中には奴隷にもなれず、亡くなる方も多いです。アベル様なら……そういう方も全員救って頂ける気がするんです。それにもしも人生に躓いた方も最後に頼れる場所がある。それがアベル様の一番の理想な気がします。私達はそういうアベル様を支えていきたいです」


「ふふっ。そう」


 お母さんが笑みを浮かべる。


 緊張の糸がほぐれるかのように、お母さんから放たれていた緊張感が消えた。


「アベル。どうやらアベルの思想は私が思っていたよりもずっと深いモノみたいね。お仕事に口出しをしようとは思わなかったけど、アベルが危ない目にあっていたりしたら止めようとしたわ…………私が心配し過ぎのようね」


「お母さん……」


「何か私が力になる事があったらいつでも言うのよ」


「はい! その時はお願いします!」


 お母さんのどこか寂しくも優しい笑顔を見せてくれた。




――【後書き】――

 『奴隷商の息子に転生して異世界の奴隷仕組みを根本からひっくり返してクリーンな仕事を目指します』を読んで頂きありがとうございます!

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