第8話 奴隷商の息子と母親と想い
ブオーン!
ただの木剣を振り回しているのに、空気を切り裂くかのように大きな音が聞こえる。
能力『剣聖』を開花したヴァレオが裏庭で剣の朝練をしている最中だ。
元々パワーで押し切るタイプだと本人が言っていただけに、一振りの剣戟がものすごく重そうに見える。
そこに新しい最上級能力を手に入れたらもう手が付けられないな。
これは旅立ちまであっという間かな。
こちらに気づいたヴァレオが手を振る。僕もそれに合わせて笑顔で手を振ると、彼はまた朝練を続けた。
屋敷を歩きリビングに入る。
「アベル」
「お、おはようございます! ――――――お母さん」
リビングのソファには、圧倒的なオーラを放っている美しいドレスを身にまとった――――お母さんが待ち受けていた。
レオナ・シュルト。
彼女は僕を産んでくれた母親である。
お父さんもお母さんも美男美女という訳ではないけど、お母さんがだらけた生活は絶対許さないタイプで、お父さんにも定期的に走らせて太らないようにさせたり、無駄遣いは本当に無駄だと高い買い物も一切しない人である。
まぁ、一言で言えば――――厳格。そのものだ。
「こちらにいらっしゃい」
「はいっ!」
とても逆らうのは不可能なので素直にお母さんの指示に従う。
お母さんと対面の形でソファに座り込む。
「父さんから聞いたわよ。奴隷に能力開花させたんですって?」
「そうですね」
「どうしてなのか聞いてもいいかしら?」
あれ? 珍しい?
実はお母さんは決して仕事に対して口出しはしない。厳格なお母さんは「妻は旦那の帰りを待つもの。旦那の仕事に口出しなんてもってのほかよ」と常々言っている。
なのに、仕事の事を聞いてきたから、内心驚いてしまった。
「えっと、奴隷達の能力が上がれば、『レンタル』の料金も上がりますから」
「…………」
じーっと僕を見つめるお母さん。何を考えているか分からないので対応に困る。
ただ、少なくともお母さんはお父さん同様に僕に沢山の愛情を注いでくれているのは間違いない。
「お母さん?」
「ふむ。私はあの人の仕事に口出しなんてしたことがないわ」
「はい。いつもそう話してましたよね」
「そうね。でも少なくとも奴隷商人なのは知っていて、それがどういう仕事なのかも分かるわ。それを知っているからこそ、アベルのやっている事が母さんには理解しにくいのよ」
異世界の人々は奴隷は最低限の人権を持った物という感覚だ。お母さんがそう思うのも無理はない。
まだ誰にも話した事はないけれど、僕の心の奥にある作戦をお母さんに説明しようと思う。
「うちは『レンタル』で得た収入の7割を奴隷達に還元しています。残り3割は『シュルト奴隷商会』の紹介料として貰っています」
「そんなに少ないの?」
「はい。最初はお父さんも大反対してましたけど、『シュルト奴隷商会』の現状で言えば、かつてないほどに収入が増えてるんです」
「それは凄いわね――――――でも」
厳格なお母さんの表情が鋭く変わる。
「奴隷達が金を稼ぐのは良い事だわ。それで自分達の
お母さんの言う事も最もだ。
奴隷の仕組みとして、基本は借金で奴隷に落ちる。
借金を返すために奴隷になった者は奴隷商人が肩代わりして借金を払って、代わりに彼らを奴隷として売るのが通常の流れだ。
例えばエリンちゃんが銀貨5枚の借金をしたとする。
銀貨5枚を返せない彼女は自ら奴隷となり、借金をシュルト奴隷商会に肩代わりにして貰う。
この時、シュルト奴隷商会は銀貨5枚と利子を上乗せして払うので、銀貨5枚と銅貨50枚を払う事となる。
そして、次はシュルト奴隷商会が奴隷としてエリンちゃんを売り出すんだけど、売値はその奴隷の能力次第で上がっていく。
この場合のエリンちゃんを銀貨10枚で売ったとすると、シュルト奴隷商会の利益はほど銀貨5枚となるので、利益は2倍になるが、売れるかは分からないので、奴隷として迎えるのも奴隷商人の腕の見せ所だ。
こうして売られたエリンちゃんは、正式な買い手の下で働き続ける。
この時、『仕事』以外の事は基本的にさせられない。例えば性的な行為だったり、自分の体を傷つけさせたり、力がないのに狩りに行かせたり。それが『奴隷魔法』の原点である。
まぁ、最低限の人権という所だ。
でも大抵は主人となった者に良く見せるために、女性ならそういう事も行うと思われる。
僕はまだ子供なので、そういう詳しい話は聞いてないけど、彼女達の雰囲気からそういうモノを感じ取っているんだ。
さて、ここからが本題になるけど、「では彼女はいつまで働くのか? 死ぬまで?」と言われると――――
実はそれにも『王国法』が関わっている。
『奴隷として買われた者が10年間働いた場合、奴隷から解放される。』
という王国法が存在する。
つまり、エリンちゃんが売られた場合、10年間仕事を頑張れば、晴れて平民に戻れるのだ。
これが借金をしてしまった者が奴隷に落ちて生き残る術だ。
「お母さん。僕は思うんです。奴隷達が10年という長い間、ただ使われて……10年経った後、平民になっても稼ぎ口がなくて、また奴隷に逆戻りする奴隷達もかなり多いと聞きます。僕は…………少なくともうちの奴隷商会からはそういう奴隷は出したくありません。みんなには、10年と言わず自分の力でお金を稼いで貰い、
僕の想いを聞いたお母さんは、静かに目を閉じて何かを考え始めた。
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