第1話

「なあ、知ってるか?猫って高いところから落ちても平気らしいよ」

授業中、唐突に右隣から話しかけられる。

「へぇ」

正直興味は無かったが、教授の話と右隣の北川の話を相対的に比較した結果、より興味がないのが教授の話の方だった。


 ゴールデンウィークも過ぎ去った5月中旬。全国の大学において学生の出席率が異常に減少する時期でもある。僕の通う大学もその例の漏れず、4月には八割方の席が埋まっていたこの大教室も今や空席の方が目立つという惨状である。


 興味のない教授の声だけが虚しく響き渡る中、これまた興味のない友人の話を聞くこの時間。なんと無益な事だろう。これならいっそ講義をサボってどこかに出かけた方がよほど有意義な時間を過ごせたのではないだろうか。そんなことを考えていると、思わずため息がこぼれる。

「浅野、話聞いてるのか?ため息なんてつきやがって」

「聞いてるさ。猫が落ちても平気って話だろ?」

「違う違う。それはどうでもいいんだよ。それよりほら、長谷川さんの話だよ」

「……長谷川さんがどうしたって?」

話によると、長谷川さんは最近大学を休みがちだという。なんでも重大な悩み事を抱えているらしい。……というか、

「というか何故それをわざわざ僕に」

「いや、気になるだろ?憧れの長谷川さんの事は」


 僕には唯一と言っていい欠点がある。それは隠し事ができない、という事である。




 無益な講義も終わり昼休みになった。

僕らは、食堂にでも行くか、という話になった。いや、正確には食堂にしか行く場所がないのだ、と言った方がより正しい。例えば、サークルの1つや2つに入っていれば、暇ができた時に会う人も行く場所も手に入るはずなのである。

何故僕らはいまだにサークルの1つにも所属していないのだろうか、という事を以前北川に訊ねたところ、「サークルなんてもんは時間の無駄だ。おれはスーパー大学生になりたいんだ。だからサークルなんていうそんなありふれたものに所属するわけにはいかないんだよ」と謎の理論で片付けられてしまった。

かく言う僕も、積極的にサークルに入りたいか、と聞かれるとそうでもないと答えるほどには意欲が低かった。

そんなこんなで僕らは今日も食堂にいる。


「やあやあ、労働者諸君」

そう僕らに話しかけてきたのは、同じ学部の三浦さんであった。

「毎回言ってるけど、その労働者諸君ってなんだよ」

「いいじゃん、『労働者諸君』。最近の流行なんだよ」爽やかに三浦さんは笑う。

「ホントかよ」「絶対適当じゃん」僕らも笑う。


 三浦さんは僕らの所属する経営学部の中でも指折りの美人だ、と入学当初から主に男子学生の中で話題になっていた。確かに彼女の顔立ちは整っており、美人と呼ばれるのも納得だった。そんな三浦さんだが、何故だか僕らと行動することが多いのだ。それについて、先日それとはなしに尋ねてみたところ、「私、北川くんの事気になってるの」と言ってきたのだから驚きである。世の中捨てたもんじゃ無いぞ、と心の中で北川にエールを送ってみたが、当の本人は気づく素振りも見せないので、あぁこれは三浦さん苦労するよ、と他人ながら同情してしまった。


「そうそう浅野くん、長谷川ちゃん今大変らしいね。どうすんのよ」

爽やかに笑って言う三浦さん。隣で無言で頷く北川。


「……」


 この時僕は、一刻も早く欠点を直さねば、と心に決めたのである。













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