第31話☆

血走った目をした中村が飛びかかってきた。

真澄を突き飛ばすようにして押し倒すと、その背中に馬乗りになり体を押さえつける。


「みんな、あいつのことばっかり…!俺をバカにしやがって!」


やめろ、と叫ぼうにも抑えられた首が苦しくて声が出ない。

中村は片手で、菓子折りが入っているはずだった袋から何かを取り出している。

目の端に見えたのは、黒い機械だった。


(スタンガン…)


体中の血が一斉に引いた。


「どうせ遠くに飛ばされるんだから、最後に良い思い出作らせてくれよ」


耳元でねっとりと囁く声と気持ちの悪い吐息に胃酸が込みあげる。


「眠ってていいぞ。その間にたくさん楽しいことして…写真も撮ろう。楽しみだ」


中村は楽しそうに言った。

近くで電流のはじけるような音がする。


(ふざけるな…)


体の内側から熱いものが込みあげる。

怒りを超えた別のもの。

視界が赤くなるようなそんな感覚だった。

ふっと真澄の中で何かが切れた。


関節が外れるのを覚悟して、真澄は勢いよく腕を伸ばす。

首元にある中村の腕を掴んだ。

爪が食い込むほど強い力で。


「いたっ!」


ひるんだ隙に、体を反転させる。

馬乗りの中村を転がり落とす勢いで、振り向きざまに拳の裏で殴った。

予想通り、床に転がる哀れな男が出来上がった。

どうやら手に持っていた機械はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。

殴られたせいか、それとも抵抗されるとは思っていなかったのか、中村は今起きている状況が呑み込めていないようで放心している。

真澄は起き上がるついでに中村の密度が寂しい頭髪を根こそぎ掴んだ。

怯えたような目をした中村を見下げる。


「こっちが下手に出ればいい気になりやがって、このカス。お前みたいなしょうもないクソの分際でよくも洲崎に嫌がらせしてくれたな?この毛、毛根ごと全部むしってお前の穴という穴にぶち込んでやろうか?」


さわやかさ皆無の罵声に中村は信じられないという表情で震えている。


「や、やめてくれ…いたっ!」


全部ではなく、あくまでも少量だったが、中村の頭部の空きスペースを増やした。

無惨にも抜かれた毛は、真澄の手によって上着のポケット部分にしまわれる。


「今日はお前の穴にぶち込む気分じゃねぇから、返すわ。大切な毛だろ?ちゃんと供養してやれよ」


抜いた本人とは到底思えない台詞を吐きながら、真澄は意地悪に口の端を上げた。

中村の目には涙が浮かんでいる。

真澄はゆっくり立ち上がると、中村が用意した道具たちを検分し始めた。

菓子折りだと思っていた紙袋の中には箱が入っていた。

箱を開けると、開けるのを後悔したほどに手錠やローションなどの如何わしいものであふれていた。

真澄が気を失っている間にどんなことをしようとしていたのか、少し想像しかけただけで鳥肌が立つ。


「へぇ、この道具で俺と遊ぼうとしてたわけだ。まずはお前で試していい?」


中村は無言で首を横に振っている。

それを無視して後ろ手に手錠をはめた。


「すまない!俺が間違ってた!許してくれ、頼む」


掠れた声で請われても、許すはずがなかった。

うるさい口を塞ぐように、口枷を取り付ける。


「とりあえず今日うちに来てくれた記念ってことで写真でも撮っとくか」


手錠と口枷をはめられた男と、その前に例の道具の数々をきれいに並べて写真に収める。

数枚撮り終えたところで中村に話しかけた。


「残念だけど、お前みたいな薄汚いおっさんとおもちゃで楽しく遊ぶ趣味ないんだわ。だからこれ、必要ないからお前の実家に送り返して良いか?今撮った写真も添えて」


中村の顔がさっと青ざめた。


「それと、別居中の奥さん。あと、お前の新しい職場にも挨拶代りに送っとくか?」


さらに青ざめて唇が震え出した。


真澄は中村の個人情報を調べ上げていた。

そもそも、やられっぱなしで黙っていられる素直な性格ではない。

借りはしっかり返す。

なんなら倍以上で返す。

また攻撃されようものなら徹底的にやり返すと決めていた。

さすがにそれが今日とは思わなかったが。


「心配しないで大丈夫、しっかり送り先の住所も分かってるし」


口を塞がれたままの中村は、必死に首を振っている。


「それが嫌なら…二度と俺や洲崎におかしな真似をするな。いつでも送れるように、お前のことずっと見張ってるからな」


スタンガンで頬を叩く。

人生で一番冷え切った目をしていたと思う。

中村は涙目になりながら頷いた。


首根っこを掴むように玄関に連れて行き、ドアから蹴り出した。

最後の情けで靴と手錠の鍵を投げ渡す。

ドアを閉めると、騒がしいほどに外階段が軋む音が聞こえた。

やがてその音も遠のいた。


はぁ、と溜息が出た。

これであの男が本当に反省するかはわからない。

粘着質な男が、またおかしなことを考える可能性は大いにある。

ただ、もし同じようなことがあれば、やり返すまでだ。

トイレで泣いているだけの自分はもういない。


少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

とりあえず掃除をしようと思った。

あの男がこの部屋にいたと思うと虫唾が走る。

きっと洲崎もその方が良いだろう。

窓を開けると、肌に触れる風が真澄と部屋を浄化してくれているように感じた。


(掃除しようだなんて、間違いなくあいつの影響だな)


自分の信じられない変化に笑ってしまう。

洲崎が帰ってきたら、この武勇伝をたっぷり聞かせてやろう、と真澄は思った。

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