第17話☆

「じゃあ、十分な」

「はぁっ?ながすぎ!っていうか、もうしなくて良いだろ」

「しょうがないだろ。まだ慣れてないんだから」

「嘘つけ、もう慣れてるだろ」


真澄と洲崎は今夜も例の練習中だ。

しかし、両手で顔を押さえられているのは真澄の方だった。


(なんだ、この状況。納得いかねぇ…なんで毎晩毎晩見つめ合ってんだよ)





無理やり視線を合わせた翌日、洲崎から思わぬ提案があった。


「今日も練習させてくれ」


まさか、と思ったが言い出しっぺである手前、断ることができずに今に至っている。

今では完全に洲崎のペースになっている。

「練習」を始めて一週間以上経つが、洲崎が目を逸らすことはなくなっていた。


あの日は洲崎を怒らせてしまったのではないかと思ったが、全くの杞憂だった。

むしろ、以前よりも目が合う。

今だって洲崎は乗り気のような気さえする。


対して、真澄は気まずい思いをしていた。

なぜか目を合わせづらい。

理由はわからないが、洲崎を見ると苦しいような感覚になるのだ。


「もう経ったな!はい、終了!」

「いや、まだ三分だから。あと七分な」

「げ…」


時間がながく感じる。

みぞおち辺りから何かが湧き上がるような、いてもたっても居られない気持ちになる。

心拍数が速くなり、それに気付いてしまうともっと速まる。

この動揺が洲崎にバレるのではないかと思うと、さらに速まって、心臓が破裂しそうだ。


「お前、耳たぶ小さいな」

「はぁ?金持ちになれないって言いたいのか?」

「いや、かわいいなと思って」

「かわいいってなんだよ」


体中の血が顔に集まって来そうな気配がした。


(ちょっと待て…集まるな、血!耳たぶかわいいって言われて照れるとか死ねる。良いのか、俺の血よ。俺は死ぬぞ。死んでも良いのか?…)


「十分経った」

「はい、終了!お疲れっした」

「…五分延長してみるか?」

「あぁ?ストイックも大概にしろ。俺はもう寝る。さ、終わりだ終わり」


顔の熱さがバレないように洲崎の手を振り払って、そそくさと布団に潜った。


(これ、いつまで続けるつもりだ?好きなやつがいるのに無駄に時間を過ごしやがって…こんなことしてて良いのか?訳わかんねぇ…)


「じゃあ、俺も帰るからな。また明日な」


布団の上から、頭を優しくポンポンと叩かれる感触があった。


(あーーーもう。なんなのコイツ?この甘ったるさは何なの?訳わからん!もう知らん)


また顔が熱くなってきた真澄は、洲崎が帰ったのを確認してようやく布団から頭を出した。


ここ最近、眠りの浅い日々が続いている。





*****






「それでは、今後も皆さまの健闘を祈って…カンパーイ!」


ようやく本部長の挨拶が終わって、グラスを交わす音が響く。


(なぜ、こんな状況に…?)


真澄は困惑していた。

始まったばかりの激励会だが、すでに帰りたい。

なぜなら、真澄の右隣には洲崎が、そして左隣には三木が座っているからだ。


「佐野、お疲れ」

「あぁ、お疲れ」


洲崎とグラスを合わせる。


「佐野さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


続いて三木ともグラスを合わせる。


(気まずい…今この二人に挟まれるのは気まず過ぎるって…)


真澄は席の配置に違和感を覚えた。

これまで、営業課と総務課はあまりにも「色」が違うため、宴会では離れていることが多かった。

その二つの課が隣り合わせになったのは、真澄が入社してから初めてだ。


もちろん、今回も席の配置を決めたのは三木だ。

もしかすると洲崎とお近づきになるため、この配置にしたのかもしれない。

真澄を間に置いたのは、それがあまりに露骨になるのを避けるための、カモフラージュだろう。


(三木さんらしくない配置センス…もしかして俺のアシストを期待してるのか?でも洲崎には好きな人いるしな…あああー、帰りたい!)


ただでさえ気乗りしない宴会が、さらに憂鬱に感じる。


「別の飲み物、頼みますか?」


酒が弱いというキャラ設定を忘れて、グラスを空にしてしまっていた真澄に三木が声をかけた。


「そ、そうですね。ありがとうございます」


危うくいつものペースでビールを飲み干すところだった。

飲みたい気持ちは山々だったが、断腸の思いでウーロン茶を頼もうとした時だった。


「佐野。俺、今日はあんまりビールの気分じゃないから飲んでくれないか?」

「え?あぁ」


有無を言わさず洲崎が真澄のグラスにビールを注ぐ。

恐らく、真澄の気持ちを察知したのだろう。

洲崎に頼まれたから仕方なく、という雰囲気を出しながらビールを飲む。

これで心置きなく飲めるぞ、と内心ではガッツポーズを決める。


「サラダです、どうぞ」

「ありがとうございます」


料理が続々と運ばれてくる。

いつの間にか三木がサラダを取り分けてくれたようだ。


(こういう時も仕事が早いのはポイント高いぞ。洲崎は今の見てたかな…)


「ほら、唐揚げきたぞ。佐野、唐揚げ好きだもんな」


洲崎も三木に負けず劣らず仕事が早かった。

俺の分も食べて良いぞ、と多めに取り分けてくれている。


(三木さん残念!洲崎は見てなかったっぽいぞ。それにしても、両脇を仕事が出来る人間に挟まれると飲み会も楽だな)


いつもなら気を遣って料理を取り分けたり、飲み物の進捗状況を窺ったりする真澄だったが、今日はその必要がなかった。

真澄達のテーブルは、どこのテーブルよりも早くきれいに盛り付けられた小皿が並び、飲み物も常に手配されていた。

洲崎が上手く会話をまわし、三木が淡々とテーブル上を仕切る。

気兼ねなく飲み食いに集中できる喜びを噛み締めていた真澄だったが、それが油断に繋がったようだ。


(いつもより酔いがまわるの早いな…一旦トイレ行って冷まそう。それに、俺がいない方が三木さんも洲崎にアピールしやすそうだもんな)


会も終盤に差し掛かろうとしていたが、未だに三木と洲崎はそれらしい会話が出来ていない。


(三木さんにはお世話になってるし、きっと爪痕残したいだろうし…洲崎には迷惑かもしれないけど、トイレ行きたいんだからしょうがないってことで許してくれ…)


もどかしい気持ちをアルコールのせいにして、真澄は席を立った。

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