第12話☆

温かい。

頭を撫でる手の大きさと重みが心地良い。


(そっか…今日休みだからずーっとこうしてて良いんだ。それにしても、頭が気持ち良いな…)


休みの日は決まって二度寝、三度寝、調子の良い日は五度寝までするのが真澄流の過ごし方だ。


(今日は一日中寝られそうだな…だって心地良いそよ風も吹いてるし…そよ風…)


先ほどから感じている、髪を揺らす規則性のある風。

この生温かい風はどこから吹いているのか。


(ん?)


うっすらと目を開けると、ぼやけた視界の前には肌色が広がっていた。


(茶色の丸が二つ…)


「ヒィッ!ち、乳首ッ!?」


圧倒的な存在感をはなっていた目の前のそれに、脳が瞬時に覚醒して飛び起きる。


「ん…おはよう」


乳首の主、洲崎が眠そうに目をこすりながら起き上がる。


「おはよう、じゃねぇよ!何でいるんだよ」

「あー、ごめん。昨日終電なくなったから泊めてもらおうと思って。連絡したけど返事ないから来てみた」

「おい、勝手に来るんじゃねぇ!…ってお前」


視線が一点に縫い留められる。

その圧倒的な存在感は乳首の比ではなかった。

パンツ一丁の洲崎の中心を司る部分が、それはもうそれはそれは、という状況になっていた。


「まぁ、朝だしな。いやいや、そんなに見るなよ。恥ずかしいだろ」

「見ってねぇよ!お前が見せびらかしてんのが悪いんだろ、てか何でお前もパンイチなんだよ。パンイチで添い寝とか…せ、性的だろ」

「性的って、お前…」


何かを言いかけた洲崎は真澄の方を見ると黙ってしまった。

パンツ一丁の男達の間に沈黙の時が流れる。


「とーりあえず、お前のそれ何とかしろよ」


真澄は洲崎の元気一杯な部分を指差した。


「はい、すみません」






しばらく目を閉じて己を落ち着かせていた様子の洲崎だったが、今は風呂に入っている。


(なんだあいつ、腹立つな…あのやたら良い体はなんだ。リーマンの腹筋ってあんなに割れるもんかね?てか最近ほとんど同じ飯食ってるのにおかしくね?)


二度寝しようと思った真澄だが、目が冴え過ぎていた。

目を閉じると洲崎の体が脳裏に浮かんでくる。


(それに何なんだあのデカさ!あそこもワイルドなんかい!デカすぎて女にドン引きされたら良いのに…ってあいつ彼女とかいるのか?聞いたことねぇな…)


ここ最近の洲崎の行動を振り返る。

朝は確実に真澄よりも早く起きている。日中は仕事で忙しく、夜は遅くに帰宅している。

彼女がいたとしても会う時間はほぼないだろう。


(なーんだ、あいつ彼女いねぇな?いたとしてもフラれるのは時間の問題だな!ひひひ!)


「風呂、ありがとな。何笑ってんの?」


洲崎が戻ってきた。

またしてもパンツ一丁の肉体美が目に入り、不愉快なあまり座布団を投げつける。


「おい!笑ってるかと思ったらいきなり投げてきやがって何なんだよ、情緒不安定か?」

「うるせぇ、服着ろ!」

「お前もな」


座布団の仕返しなのか、Tシャツを真澄に投げつけてきた。

むっとしながらもそれを着ていると、洲崎も昨夜着ていたと思われるワイシャツとスラックスに着替えていた。


「え、帰んの?」

「あぁ。土日は色々あってさ」

「へ、へぇ~…」


着々と帰り支度をしているのを横目に、真澄は何とも言えない感情に包まれていた。


(なんだ…せっかく泊まったのに、昼ご飯とか夜ご飯とか一緒に食べないのかよ。そういえば土日にこいつが来たことないな…)


平日は朝も夜も来ているが、休日を共に過ごしたことは無かった。


(休みの日は他のやつの世話してるのか…?やっぱり女がいるとか…?)


本人に直接訊ねれば良いものを、なぜだか素直に訊くことができなかった。


「泊まらせてもらった礼はまた今度な」

「当たり前だ!毎日ハンバーグ作れ!」

「いや、毎日は飽きるだろ。でも…昨日の、気に入ってもらえたみたいだな」

「そういう訳じゃねぇ」

「ほんっと、このさわやか王子はかわいくねぇなぁ」


洲崎が笑いながら真澄の頭をくしゃくしゃにかき乱す。

大きな手の感触に覚えがあるのは、朝方頭を撫でられていたからだろう。


「やめろ!はよ帰れ」

「はいはい、帰りますよー。また月曜日な」


洲崎は帰っていった。


(マジで帰りやがった…なんか腹立つ。いったい何の用事だよ。俺の世話がしたいんじゃないのか?土日はほったらかしで良いのかよ。ムカムカすんなぁ…)


いつもなら不貞腐れて寝るところだが、名付けようのない感情が眠気を阻む。


「あー、もう!久しぶりに昼間っからビール飲んじゃお。もう知らね」


おいしいビールで、自分でもよく分からない感情を流してしまえばこの気分もすっきりするだろうと思っていた。

しかし、なぜか今日のビールはひどく苦く感じた。

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