推理編

 その後も、俺は様々な商品をレジに持っていった。回数制限があるため、手当たり次第というわけにはいかなかったが。


 まず、「正解」と判定されたバニラアイスをもう一度持っていったところ、


「同じ商品は受け付けられません。よく考えれば分かることでございましょう?」


 と、一蹴されてしまった。相変わらず妙な言葉遣いで。


 次に、「このアイスのブランドは『バニラ味』以外にも『ストロベリー味』とか『グリーンティー味』とかがあるから、『バニラ味』以外を持っていけばいいんじゃないか?」と思い、冷凍ケースをのぞいたが、なぜかこのブランドの商品は『バニラ味』しか無かった。普通のコンビニだったら、もっと多くの種類が並んでいるのに。


 ただ、別のブランドのアイスだったら色々と置いてあったので、俺はその中から『昔の元号が商品名に使われているカップバニラアイス』を手に取り、彼女に手渡した。


 駄目だった。アイスだったら何でも良いわけじゃないらしい。


 その後、持っていった商品は次の通り。


 ・白く四角い容器のカップ焼きそば

 ・ニンニク入りの瓶詰めラー油

 ・熊のキャラクターがパッケージに載っている固いグミ


 結果は全滅だった。ブザーが鳴るばかりで、モニターに「〇」が表示されることは無かった。


 これまで七回読み込ませたから(店員が受け付けてくれなかった二個目のアイスは回数に含まれないと思われる)、チャンスはあと三回しか無い。残り少ない機会の中で二回も「〇」を出さなきゃいけないわけだ。そのうえ、時間制限もある。この店には時計が設置されていないので、あと何分時間が残されているのか、今の俺には分かりようがない。


 でも、焦るわけにいかない。以前、プレゼンの資料を大急ぎで作ったせいで、会議の参加者から手厳しい指摘を食らったことがある。こんな時こそ落ち着くべきだ。


 とりあえず、紙に書いてこれまでの情報をまとめよう。何らかの法則性がつかめるかもしれないんだ。


 しかし、今の俺は紙も筆記用具も持っていない。陳列されている商品は飲食物ばかりで、ペンのたぐいも紙の代わりになりそうな物もこの店には売っていない。


 そう思って再び焦るも、割とすぐに解決策は思い付いた。


 まず、カウンターにペン立てが置いてあったので、ペンはそこから拝借した。以前、宅配便をコンビニから送ったことがあるが、用紙に記入する際にそれを使った覚えがある。


 そして、紙に関しては、トイレからトイレットペーパーを調達した。普通のコンビニだったら店員に注意されるだろうが、ここはどう考えても「普通」じゃないので問題無い。現に、カウンターの奥にいる彼女は営業スマイルを崩さずにその光景をただ見ていたわけだから。


 俺は入り口近くに設置されているコピー機のカバーを開いてガラス張りの面を露出させ、その上に畳んだトイレットペーパーを置き、これまでに得た情報を書き記していった。床に置いて書く手もあるが、体勢的にはこっちの方がやりやすい。


 カウンターの上で書くという方法も却下だ。あんな訳の分からない女が近くにいたら集中できない。


 ・世界初のカップラーメン(228円)……×

 ・キノコの形をしたチョコレート菓子(211円)……×

 ・白く四角い容器のカップ焼きそば(195円)……×

 ・昔の元号が商品名に使われているカップバニラアイス(159円)……×

 ・ニンニク入りの瓶詰めラー油(397円)……×

 ・熊のキャラクターがパッケージに載っている固いグミ(189円)……×

 ・デンマークの首都みたいな名前のカップバニラアイス(315円)……〇


 この謎を解き明かすのに役立つかと思って値段も表記したが、別段法則性は見当たらなかった。ラー油が「○」だったら「300円以上」ということになるだろうが、実際は「×」だったので、その推測は正しくない。


 そこで、俺はふと「安い商品を持っていったらどうなる?」と思い、コピー機に紙とペンを置いたままその場を離れ、駄菓子のコーナーに行ってとある商品を手に取った。イカのキャラクターがパッケージに載っているやつ(51円)だ。「○」になる確信があるわけではないが、考え過ぎて時間切れになってしまったら目も当てられない。


「こちらのカウンターの上で書こうとも、わたくしは気に留めることはございませんよ」


 指摘を無視して、その商品をカウンターに置く。俺の方が気にするんだよ。


 店員はいつもの調子でバーコードを読み込む。同時に、俺は自身の記憶から彼女の正体を引っ張り出そうとする。この状況を打破するのに役立つことは無かろうとも。


 そこで、正解音が流れてきた。中央のモニターにはデカデカと「〇」が表示されている。


「再び、その通りでございます。折り返し地点はとうに過ぎました。さあ、全力でゴールを目指しましょう」


 店員がJーPOPの歌詞みたいに俺をきつける。その言葉に一瞬喜んでしまいそうになるが、まだこれで終わったわけじゃない。もう一度「○」を出さなきゃならないんだ。法則性はまだつかめていないというのに。


 チャンスはあと二回。ここで熟考して法則性を導き出すか? それとも、すぐに別の商品を持っていくか?


 俺は後者を採用した。「○」なら問答無用でクリアになるし、「×」だとしても、その時点でチャンスはあと一回残っている。ヒントとなる商品が九種類に増えるわけだから、より分かりやすくなるかもしれない。


 俺は再び駄菓子のコーナーに行き、ウナギ料理をモチーフにした商品(10円)を手に取ってレジへと持っていき、それを彼女に読み込ませた。


 さあ、どっちだ。俺は固唾かたずを飲みながら結果発表を待つ。


 ……正解音もブザーも聞こえてこなかった。妙に感じて、俺は上部のモニターに目をやる。左には「○」。中央にも「○」。ただ、右に表示されているのは「〇」でも「×」でもなかった。


 「△」だった。緑色の正三角形が俺を見下ろしている。


「おっと、これは珍しい状況でございますね。このような状況に直面するとは、このわたくしも露ほどに思ってはおりませんでした」


 店員がやけにテンションを高くしてそう言い放つ。「〇」か「×」じゃなかったのかよ? 何だ、「△」って? そんなのありか?


 混乱している俺をよそに、しばらくして「△」の表示は消え、右のモニターは通常運転に戻った。コンビニ公式アプリの紹介動画が流れている。


 ひとまず、もう一度情報をまとめようと思って、俺は紙とペンを置きっ放しにしているコピー機のコーナーへと戻っていった。


 ところが、ガラス面に置いたはずのペンが跡形もなく消えていた。結構乱暴な感じで置いたから、下に転げ落ちてしまったのかもしれない。そう思って床を探してみるが、それでも見当たらない。もしかしたら、コピー機の下に入ってしまったか。


 こうやって探しているよりも、あのペン立てから別のやつを調達した方が早いと思い、俺は再びカウンターに戻り、ペン立てに手を伸ばした。


 ただ、変に焦って行動を起こしたせいか、近くにあった菓子入りの箱に手を引っかけてしまい、結果として、箱に入っていたミニサイズのチョコレート(ミルク味)がカウンター上にばらまかれてしまった。


 間髪入れずに、店員はチョコレートを手に取る。


「あっ、それは違う……」


 俺の制止も空しく、彼女はバーコードを勝手に読み込んでいった。結果は「×」。


 ……終わった。


 今ので十回目だ。限られた機会の中で、俺は「○」を二回しか出せなかった。


 一体、これからどうなるんだろう。一生閉じ込められてしまうのかもしれない。もしかしたら、今目の前にいる彼女も、この試練に失敗した解答者だったのかもしれない。つまり、俺も不気味な営業スマイルを貼り付けたままずっとレジに立っていなければならないのか?


 俺はそう背筋を凍らせていたが、いつまで経ってもこの状況が変わることは無かった。店の奥から黒服の男が出てくるわけでもなく、上部のモニターから音楽が他人事ひとごとのように流れ続けるだけだった。


「さあ、あなたが保持しているチャンスはあと一回。それを活かすか無駄にするかは、あなたの判断にかかっているということでございましょう」


 現に、店員もそう言っている。要約すれば「まだチャンスがある」と。


 そこで、俺はある可能性に思い至った。


 もしかしたら、ウナギ風味の駄菓子を読み込んだ際の「△」は「正解にはカウントされないが、バーコードを読み込んだ回数にもカウントされない」という判定なんじゃないか? だから、実質的な読み込み回数はまだ九回なんじゃないか、と。


 俺は気を取り直してペン立てから新しいペンを取り出し、コピー機のコーナーに戻って、新しい情報を書き加えていった。


 ・イカのキャラクターがパッケージに載っている駄菓子(51円)……〇

 ・ウナギ料理をモチーフにした駄菓子(10円)……△

 ・四角いミニサイズのミルク味チョコレート(19円)……×


 ただ、こうやってまとめてみても謎は深まるばかりだった。「○か×」で二分できると思っていたのに、ここに来ていきなり「△」と来たもんだ。意味が分からない。


「そういえば、残り時間をお伝えし忘れておりました。あと、一分でございます」


 レジカウンターの方から、無慈悲な言葉が聞こえてくる。


 いつの間にか、結構な時間が経っていたようだ。何でもっと早い段階で言ってくれなかったんだよ。


 とにかく、どうするんだ? 時間はあまり無いから、適当に持っていってそれに賭けるか? または、何とか法則を導き出すか?


 俺は紙とペンを持って再びカウンターへと戻っていった。脇の方に、今まで持ってきた商品が並べられている。


 その中から俺はウナギ風味の駄菓子を手に取った。これだけ「△」だったから、何か他には無い特徴があるんじゃないか?

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