〇×コンビニ ~たまに△~
DANDAKA
導入編
ここはどこだ。
ついさっきまで、冷房をガンガンに効かせた自宅にいたというのに。急に違う場所へとワープしてしまったかのような感覚に襲われてしまう。
俺は周囲を見渡す。五十坪くらいの面積の店だ。値札が付いた様々な商品が数多く並べられており、出入り口の近くにコピー機、奥の方にトイレがあり、レジカウンターにはミニサイズの菓子が箱に入って売られていて、その側には二十歳くらいの女性店員が立っている。
カウンターの数メートル上には、俺の家にあるテレビよりも大きめのモニターが三台横並びで備え付けられていた。流行りのアイドルグループの宣伝動画が流れている。
一言で表すならば、コンビニだ。店員の制服から、全国に数多くの店舗を構える有名チェーンだろう。時刻はすでに夜の十時を過ぎており、客は俺一人だけ。
しかし、よく見てみると、俺が今まで行ったことのある店とは雰囲気が若干異なっていることが分かる。
扱っているのが飲食物だけだ。雑誌とか生活用品とかそういう物が無い。タバコも売っていないので、カウンターの奥の辺りがやけに寂しく感じられる。
ともかく、今の俺がこの店にいる理由は無い。財布もスマホも持っていないから、何かを買うこともできない。最近残業続きで疲れているんだ。ここがどこなのか知らないが、とにかく家に帰りたい。冷房があまり効いていないし。
そう思って、店の出入り口であるドアの近くに立つ。だが、反応が無い。ボタンを押して開けるタイプでもないみたいだ。ガラス張りのそれに手を引っかけるような場所は無く、手で開けようとしてもツルツルと滑ってしまうだけだった。
「すみません。これ、開かないんですけれど」
俺は店員に向かって声をかける。しかし、何の返事も無く、それどころか、こちらを一切向こうとしてこなかった。
「あの、聞こえますか? あそこにあるドア、壊れているみたいなんですけれど」
俺は彼女の近くへと移動し、数メートル先にあるドアを指差しながら、さっきよりも大きな声でそう言った。
「商品をこちらにお持ちください。それが
予想外の返答に、俺は戸惑ってしまう。
生まれて三十年、俺はこれまで何度もコンビニという場所で買い物をしてきた。もちろん、様々な店員とも顔を合わせてきた。明らかにやる気が無く面倒臭そうに対応する高校生、不慣れなのかレジ打ちに時間がかかる中年女性、アイスを買ったのになぜか「温めますか」と聞いてくる青年、様々だ。
だが、こんなことを言う店員が今までいただろうか? いや、いない。そして、多分これからも会うことはないだろう。
「いや、だから、お金持っていないんで」
「商品をこちらにお持ちください。同じ事柄を二度も説明したくはございません」
こっちの事情を説明したところで、引き下がってくれなかった。RPGに出てくる村人みたいに、顔色一つ変えずに言葉を投げかけてくる。肩まで届く長さでキッチリと整えられた髪の毛や俺を見据えるように大きく開かれた目が真面目そうな印象を与えてくるが、それが余計に気味悪さを強調させてくる。
それにしても、この女性、どこかで見たような気がする。でも、詳しくは思い出せない。少なくとも、俺が最近会った人物ではない。
ともかく、彼女の相手をしていても
もしかして、俺は閉じ込められてしまったんじゃないか? こんなどこにでもいそうなサラリーマンを一体どうするつもりなんだ?
全くもって意図が読めない。何をしたらいいのか分からない。
その時、さっきの店員の言葉が俺の頭の中でゆっくりと再生された。
『商品をこちらにお持ちください』
そうだ。向こうが命令したのは「持ってくる」だ。「買う」じゃない。だとしたら、金は必要ないはずだ。
俺は棚から適当にカップラーメンを取り、カウンターに置いた。彼女はスキャナーを手に取り、慣れた感じで商品のバーコードを読み込む。
間を置くことなく、ブザーのような音が店内に鳴り響いた。何か緊急事態でも発生したかと思って周囲を見渡すが、別段差し迫った様子は見られない。火事が起こったわけでも強盗が入ってきたわけでもなさそうだ。
ブザーは上のモニターから聞こえてきた。そちらに目をやる。
右の二つは平常運転だ。アニメ調のキャラクターが店の商品を紹介している。ところが、一番左のモニターには黒いバックに赤い文字で「×」と表示されていた。
しかし、それも数秒のみ。俺が
「確かに、このようなものを食べたくなる時もあるでしょう。
そして、俺に対して妙に良い滑舌で繰り出される言葉。ますます意味不明だ。どうして店員に商品を指定されなきゃならないんだ。
俺は苛つきつつ、今度はキノコの形をしたチョコレート菓子を手に取り、店員にバーコードを読み込ませる。
「
結果は同じだった。必要以上に飾り立てられた
一体何が欲しいんだよ。あれか? 今日は暑いからアイスとかが欲しいのか?
半ばヤケクソ気味に、カップのアイスクリームをカウンターに置く。デンマークの首都みたいな名前のやつだ。
彼女がバーコードを読み込んだ瞬間、再び上部のモニターから音が流れる。
しかし、今度はブザーじゃなかった。文字で表現するなら「ピンポーン」といった感じ。まるでクイズ番組の正解音のようだった。そして、左のモニターには青い「○」のマーク。
「その通りでございます。この瞬間を待ち望んでいたといっても過言ではございません。ただ、まだ折り返し地点には
彼女の言葉を耳に入れつつ、左のモニターを凝視する。さっきみたいに宣伝動画に戻ることなく、「○」のみを表示し続けている。
俺は気付いてしまった。
この店員が望む商品をあと二つ持ってきて、三つのモニター全部に「○」を表示させろってことなのか? そうしないと、この店から出られないということなのか?
まあ、適当に持っていけばいつかは当たるだろう。買い物カゴも用意されているし、入るだけ詰め込んで……
「バーコードを読み込ませる回数は、全部で十回、あと七回でお願いいたします。三十分の制限時間もございますので、その点にもご留意を」
そんな簡単な問題じゃないようだった。
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