第19話・解析完了、でも、どうして?

 小町と明日花が中華レストラン『モトシャリアン』を訪れた時。

 偶然にも、客席にはヨルムンガンド・オンラインのユーザーたちがちらほらといた。

 その中の数人は『神聖同盟』のザナドゥの命令で、本田小町と朝津明日花の二人をつけていたものであり、報酬目当てで二人を追跡調査を続けていた。

 そして、ウェイトレスの中にも二人、ユーザーがいる。

 一人はフリー冒険者でどこのギルドにも所属していない。

 そしてもう一人は、黄道十二宮の幹部でありアクエリアスの名を持つ女性。

 

 【R・I・N・G】クエストが始まって三ヶ月、早いものはそろそろ一つ目の詩編を解読し、鍵のヒントを得てもおかしくないのだが。

 難易度が高く、また情報交換のためのサイトも信憑性が低いため、クエスト進行はほぼ個人の力量に掛かっているといっても、過言ではない。


「……お待たせしました。卵とエビの餃子、蟹玉チャーハン、前菜三種の盛り合わせです」


 アクエリアスにとっても、久しぶりに情報収集の対象者である二人が店に顔を出したので、出来る限り二人を監視したかった。

 オーダーを運んでいったり、近くの席を片付けたりするときは時間をかけて念入りに。


「あの、あの席の隣に移りたいのですけど」

「誠に申し訳ございません。あちらは四人席ですので、お一人のご利用はご遠慮いただいています」

「あ、はい」


 神聖同盟のメンバーは単独で二人。

 そのため、四人席にいる小町たちの隣に移りたかったのだが、アクエリアスはそれを阻止。

 そんな時。


──ガタッ

 小町が動いた。

 端末を用意して何かを検索、そして画面を見てニマァと笑ったかと思うと、向かいの明日花も顔を近づけてのヒソヒソ話。


(うう、あの話を聞きたい。彼女のあの反応、あの笑顔、進展があったに違いないから)


──ピンポーン

 厨房からのコールで、アクエリアスはオーダーを運ぶ。

 時間的に忙しくなってきたので、それ以上は彼女たちの監視を続けることができなかった。


「うう、絶対に進展してますよ、もう先を越されるかも知れないのに」


 そんな泣き言を言っているうちに、彼女たちの会計も終わる。

 これまた偶然、二人の会計をしたのもアクエリアスだけど、小町たちは彼女のことなど知らない。

 リアル情報が漏洩されていることは、このまえに手紙で忠告した。

 だから、警戒しているのはなんとなくわかるし、それぐらいの方が丁度いい。


「ご馳走様でした、美味しかったです」

「よーし、リンクしてクリアするぞう。今日中に【R・I・N・G】をゲットだぁ」


 明日花の呟きに、アクエリアスは目の前がクラクラしてくる。

 これは、彼女たちに話をしたい、なんとか情報を共有したい。

 そう思って勇気を振り絞り、話しかけようとしたのだが。


「すいません、会計をお願いします」

「俺も、急ぎでお願いします」


 神聖同盟の二人が、まるで小町たちを尾行するかのように会計を依頼する。

 向こうはアクエリアスを知らないけど、アクエリアスは神聖同盟のこの二人は知っている。

 そもそも、店内で自分達が所属していることなどを堂々と、大きな声で話していたのだから、ゲームをやっている人たちには筒抜けである。


「はい、少々お待ちください」


 アクエリアスはニッコリと営業スマイル。

 そして時間をかけつつ、且つ、怪しまれない程度に時間を稼いで会計を終えることに成功。

 これで尾行はできないだろうと、心の中でほっと胸を撫で下ろしていた。


………

……


 モトシャリアン外の駐車場。

 そこに停まっている車の中で、小町たちを尾行していた男の片割れが、ザナドゥのリアル携帯に連絡を入れている。

 

「もしもし、高畑課長ですか? 二人の尾行に失敗しました。まあ、大学院に戻るとは思いますので、引き続き張り込んでみますけど、それで構いませんか?」

『そのまま張り付いて構わない。別のやつに本田の家に侵入して貰い、何かヒントがないか探ってもらう手筈になっている。もしも大学院から自宅に帰るようなら、別途指示があるまでは、小娘たちの帰宅を邪魔してくれ』

「了解です。恐らくですが、二人の様子から察するに、もう【R・I・N・G】が完成するのは時間の問題ではないかと」

『それはそれで構わんよ。必要なのは、完成した【R・I・N・G】そのものだから。まあ、最悪はどちらかを攫って、脅しででも回収するだけだ』


 この、情報社会で堂々と、人を攫い、脅迫するための算段を始めるザナドゥ。

 ようは、金さえあれば、あとはなんとでもなると考えているようであり、それに賛同した同志たちも、分前さえもらえるのなら多少の悪事は問題ないと考えてしまった。


「では、大学院の方を見張ります。俺以外にも、見張りはいるのですか?」

『まあ、な。そこは気にする必要はないから』


──プッッ

 それだけを告げて、電話は切れる。

 

「全く、指示を出すだけの奴は楽なものだよ……と、バイト代分は、働かせてもらうか。俺は実働部隊じゃないから、犯罪にはならないからな」


 そう独りごちると、男は車を出す。

 そして大学に向かい駐車場を探すと、そこに小町のバイクが停まっているのを確認してから、近くで待機することにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──大学院・脳科学研究室

 急いで戻ってきた私と明日花は、すぐさま二号サーバーからヨルムンガンド・オンラインにリンクを開始。

 ムルキベルの鍛治工房二階にログインすると、一階の工房奥にあるダイニングテーブルにパズルを全てぶちまけた。


──ジャラララララッ

「ん? なんだ、戻ってきたのか。何かわかったのか?」

「まあ、かなり良いところまで進んだと思うよ、ちょいと見ていて」

「では、僭越ながら応援スキルをば!!」


 隣でアスナなら応援スキルが発動する。

 まあ、パズルを組むだけなので、成功率も何もなく。

 おっそろしいことに、このクエストってキャラクターのスキル構成と、ユーザーの知識が成功に大きく関与しているらしくて。

 このパズルの解析だって、使えそうなスキルがないんだよね。


「それで、どの色から作るの?」

「恐らくだけど、この赤色のピース。これが中心で、卵の黄身に当たると思うんだよ」


──カチッ、カチッ

 赤いピースだけをアスナが避けてくれるので、そこから20分かけて、拳大よりも少し小さな真紅の卵を作った。


「ほら、これが『紅き月』だろ? 次が、『白き化粧を纏いて』なので、この周りを覆うように、氷華石の青いパーツを組み込んで……と」


──カチッ、カチッ

 青、緑、茶色、白、黒のパーツだけが、逆曲面のパーツが多くて、紅のパーツだけが局面を描いている。

 つまり、赤のバーツの卵の周りを青のパーツで覆うように組み込む。


「うわ、綺麗にはまった。なるほど理解!!」


 私の組み立てパターンを理解したのが、アスナは全てのパーツを色分けし始める。そして私は、次の緑、『大いなる風に抱かれる』を再現。

 丁度、青い卵を後ろから抱き締めるように、身体と腕のパーツを組む。

 さらに、茶色で『母なる腕』を組み、そこを囲むように『目を覚まし』で白い台座が作られ、『そして再び眠りにつくまで』の黒いパーツが、ここまで完成した全てを覆い隠す。

 最後は黒い正方形の形となり、その中に全ての形が収まった。

 

『ピッ……一つ目の詩篇、【命の帳】が完成しました。マスター登録を行います。儀式を行う方は、命の帳を手にし、宣言してください』


「……ん、流石に一人かぁ」

「ハルナちゃん、私が登録していい?」

「まあ、儀式の始まる場所に行くための地図を解析したのは、アスナだからね。任せて良い?」

「ざっつ、おーらい」


 右手でサムズアップすると、アスナが命の帳を手にして宣言した。


「私が、命の帳のマスターです!!」


──シュンッ

 すると、私たちの目の前で命の帳が消えました。 

 そしてアスナが何かを探しているようなジェスターをしてから、一言。


「アイテムボックスのキーアイテム欄に収まっているよ。あとは、例の地図の場所に向かって、儀式を行うだけ。もう、ゴールは見えたんだよ!!」


 感極まって、アスナが泣き出した。


「そうだな。ようやく、みんなが島に帰れるんだ。おばぁたちに、もう一度、島の風に触れてもらえるからね」

「どうする? すぐに儀式を始めちゃう?」

「う〜ん。それでも構わないけど、そもそも今って何時?」


 ステータス画面を開いて、そこに表示れている時間を確認する。

 すでに夕方の6時すぎ、7時には大学院のサーバーシステムはバックアップを自動的に取ったのちに停止する。

 研究が詰まったり、長時間作業となる場合は外から制御して、自動停止を解除できるのだが。

 小町と明日花は研究のためとはいえ、長時間リンクしっぱなしである。

 流石に疲れが溜まり始めているので、今日のところはこれでおしまい。


「うん、明日の朝、そこから作業を開始しようか」

「そうだね。それじゃあ、明日はお祝いだぁ!! ヨルムンガンド・オンライン初の、【R・I・N・G】クエストクリアーだよ!」

「はははっ。まだ早いって。さて、それじゃあ帰ろうか?」

「はいはーい。それではリンクアウト!!」


──シュンッ

 二人同時のログアウト。

 そして、小町の家へと帰宅することにした。


………

……

 

──近くの駐車場

 小町と明日花が建物から出てくるのを確認した男は、すぐに高畑課長に連絡した。


「もしもし、高畑課長ですか、二人が建物から出ました。恐らく帰宅するかと思いますが」

『それはまずい。今から侵入するって5分前に連絡が来ている。今頃は作業中だから、おまえ、時間を稼げ』

「時間を稼ぐ?どうやってですか?」

『あ〜、それぐらい自分で考えろ!! いいな』


──ピッ

 いきなり時間を稼げと言われ、男は焦った。

 すぐに車を出すと、前を走る小町のバイクに近寄るために速度を上げる。

 

「時間を稼げって、自分で考えろって……どうすりゃいいんだよ?」


 必死に速度を上げ、小町のバイクの後ろにピッタリとつける。

 そして煽り運転のようにピッタリと後ろにつけたり、追い越してから小町の前につけ、ブレーキを踏んで脅したり。

 もしも警察に通報されようものなら、反則金50万と25点のペナルティは確実。

 高畑から報酬を貰ってはいるが、同時に弱みも握られているため、高畑の言う通りにするしかなかった。


「……だめだ、時間稼ぎにもならない……もしもし」


 すぐさま高畑に電話を繋ぐ。

 あと15分ほどで、小町は自宅に着いてしまう。

 

『お前か。足止めはできたのか?』

「い、いえ、それが……無理です、止められません」

『チッ、使えない奴だな。それなら、小町の家の近くで待っていろ、エンジンは切るなよ。また指示をするから、それまで待機しろ』


──プッッ

 また電話が切れる。

 やむなく男は小町の後を付けつつ、途中から見つからないように道を変え、小町のアパートの近くに車を停めて待機した。


………

……


「あ〜!! なんだあの煽り運転!! 明日花、車種とナンバーは写メ撮ったよな?」

「ばっちり!! 動画にも収めたよ」


 大学を出てから少しして。 

 いきなり黒い車に煽り捲られたんだよ。

 もうね、アホかと、馬鹿かと。

 バイク相手に何を考えているんだと文句を言いつつ、少し遠回りになるけど車を躱して帰ろうとしたらさ、いきなり車もどこかに行ってね。


「ふぅ。ようやく到着したか。バイク止めてくるわ」

「あい、先に部屋に戻っているね」

「よろしく」


 駐車場でバイクを止めて、前後輪ともにしっかりとロック。

 最近はバイクの盗難も多いから、ロックは大いに越したことはないからさ。


──ドダダダダドダ

 そのまま部屋に向かう途中、アパートの二階から駆け降りてきた男にぶつかりそうになったんだが。

 

「……なんだありゃ?」


 部屋の扉は開きっぱなし。

 そして、明日花の足? らしきものが見えるんだが、なぜ、床に足が伸びている? おい、まさかだろ?

 慌てて部屋に向かうと、玄関で倒れている明日花の姿があった。

 しかも、玄関が血まみれになって……。


「おい、明日花!! 今、救急車を呼ぶから待っていろ!!」


 思わず叫んで、スマホで119番コール。


「友達が、血まみれで倒れていて……早く、頼む、助けてくれ……」


 なんだよ、何が起こったんだよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る