第20話・フルダイブシステムの存在意義

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ


 生命維持装置を接続され、明日花は意識が戻らないまま、ずっと眠りについている。

 あの事件から4日が経過した。

 明日花が刺された、そしてすぐに救急車を呼んでから、私は室内を見て茫然とした。

 泥棒が侵入したらしく、部屋が隅々まで荒らされている。

 そして明日花が襲われ、その直後にアパートから飛び出してきた男。

 あいつが犯人だけど、暗がりでよく見えていない。


 警察にも通報したし、明日花の祖母にも連絡を入れた。

 私と明日花が島を取り戻すのに頑張っていることを、祖母も感謝していた。

 その上で、なぜ、こんなことになったのかと、どうして明日花が襲われたのかと、警察に問いかけている。

 私ではなく、警察に。


 でも、犯人は未だ行方不明のまま。

 私は現場検証などがあるため自宅に帰ることができず、ここ最近はホテルの部屋を借りて、そこから警察と自宅、そして大学に通うようになった。


 いつしか、私はヨルムンガンド・オンラインからも離れ始めている。


「ふぅ。だめだ駄目だ。もっと前向きに考えよう」


 大学の研究室で、いつものように実験とレポート作成を繰り返しつつ。

 少しずつ、ヨルムンガンド・オンラインにもアクセスしようとしていたんだけど。

 

 あの日から、アクセスすることができなくなっていた。

 私の脳波波形に乱れが生じていたため、ログイン画面で私のパーソナルカードを認識しなくなっていると推測されるが、感情の起伏だけでログアウトできなくなるっていうのはあり得ないと思う。

 そうなると、私の心の問題なのかも。


「……感情の起伏により、脳波パターンに乱れが出ている場合。ヨルムンガンド・オンラインのシステムは、ユーザーを識別することに対してのバグが生じている……」


 これは、ヨルムンガンド・オンラインの公式に当てたメッセージ。

 私が経験した程度のことなら、システム側も認識しているはず。

 でも、それでも、言わざるを得ない。


 そんなモヤモヤとした感情のまま、時間から二週間が経過した。


………

……


──大学院・脳科学研究室

 朝。

 いつものように大学院に顔を出す。

 すると、いつもよりも大勢の人たちが集まっている。

 よく見たら、あちこちの学科の教授たちの姿も見えているんだけど。


「おはようございます。今日は、何かあったのですか?」

「ああ。朝津明日花くんの意識が戻らず、それでいて事件の捜査も一向に進展しなくてな。警察から、この研究室に連絡が来たんだが」

「犯人捜査に協力してほしいとね」

「はぁ。それって、どういうことでしょうか? そもそも、私たちの学科は脳科学、事件操作にどのように協力しろと?」


 嫌な予感がする。

 でも、聞かなくてはならないことは、雰囲気で察した。


「明日花くんにヘッドセットを装着し、ヨルムンガンド・オンラインにリンクしてもらう。そうすれば、現実世界で意識がなくとも、オンライン世界では彼女と話ができるかもしれないからな」

「それに、彼女が犯人の顔を見ていたとしたら、そのモンタージュ写真をキャラクターメイキングシステムを使って精密に再現できるのではと考えたのだよ」

「……ざけないで、ください」


 思わず拳を握る。

 手術は完了したものの、明日花は意識が戻っていない。

 いつ、また悪化するかも分からない危険な状況で、この状態で、彼女にヨルムンガンド・オンラインにリンクさせるだって?


「貴方たちは、人の心があるのですか? 彼女は必死に頑張っているんです。それこそ、生きるために、また笑って、好きなことをして……それなのに、彼女をモルモットにする気なのですか? そもそも、リンクはできるの? 明日花の意識はないんだよ!!」


 最後は涙声だったかも知れない。

 だって、そんなの酷すぎる。

 

「本田君の気持ちはわかる。だが、警察はユメカガク研究所に確認をとったらしい。今回のようなケースで、意識のない女性がゲーム世界にリンクできるのか? そもそも、リンクして何ができるのかと」

「その上で。ユメカガク研究所が出した結論が、これだ」


 私の目の前、机の上に書類が置かれる。

 特秘書類らしく、閲覧制限があると表紙には書き込まれてある。

 それを、恐らくは部外者に見せた時点で関係者は処罰されるだろう。

 そんな危険な書類を、私に見ろと言わんばかりに机の上に置いた。


「そこの12ページ。今回の明日花君と同じケースの患者が、ゲーム世界にリンクしている。その実験の際にも、かなり倫理的な部分で問題が生じたらしいが、家族からの許可を貰って、治験という体裁を取って行ったらしい」

「そ、それで……その人たちは、どうなったのですか?」

「普通にゲーム界で生きている。そして、身体の回復にも有効なリハビリであることが証明されている。いわば、『脳のリハビリ』ということになるらしい。明日花君の場合も、脳にはなんら不具合もなく、ゲーム世界で事件のことについて聞き取ることができる」

「今朝方の教授会でも、この件には賛成多数で決議した。彼女の保護者からも、許可を貰っている」


 あ、オバァも、明日花を助けるために許可を出したのか。

 そ、それなら、私がどうこう言える立場じゃないけど……。


「わかりました。その代わり、明日花に事情聴取する時には、私も同席させてもらえますか?」

「この件は、警察が動いているのだが……問い合わせはしておくが、あまり期待はしないように」

「はい」


 また逢えるなら。

 それでもいい、聞き取りが終わった後で、少しでも話ができるなら。

 

 

 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──大学院脳科学研究室

 明日花への事情聴取のため、彼女にヘッドセットを装着し、ヨルムンガンド・オンラインにリンクしてもらう。

 あの話し合いから四日後、彼女の容態が安定している今日の午後、警察の方がゲーム世界にリンクするらしい。

 私も自宅のパソコンからリンクするために準備し、事情聴取がおわるその時間が来るのをじっと待っていた。


………

……


──ルーベンベルグ領・オワリ

 いつものように……というか、実に三週間ぶりぐらいに、ヨルムンガンド・オンラインにリンクすることに成功した。


「ふぅ。ようやくリンクできたか」

「おう、ハルナ殿、実に久しぶりじゃないか?」

「そうか? ムルキベルとは一ヶ月ぶり……ってそっか、時間の流れが違うのか。それは済まなかったな」


 計算上は、私はゲーム内時間で三ヶ月も、領地を留守にしていたようである。

 

「乱丸殿が代行でうまくまとめてくれているので、特に大きな事件とかは起きていないようだがな」

「相変わらずの有能ぶりに、涙が出てきそうだよ。と、そろそろかな?」


 すぐにフレンドリストを開き、アスナのログイン状態を確認する。

 でも、まだログインしていないようなので、私は街に出てリンクできなかった期間になにが起きたのか、あちこちで聞き回ることにした。

 公式サイトでは、ルーベンベルク攻防戦は第三ステージに突入、ダンジョンコアが破壊されたため、黒幕として暗躍していた上級悪魔が姿を表したらしく。

 ルーベンベルクの城塞外にあったユーザーの居住区『島崎組ベッドタウン』が禁呪により破壊され、城門が固く閉ざされているらしい。


 今現在、城門外には魔族の軍勢が集まり、最終決戦のために力を蓄えているらしい。

 そのほかにも、神聖同盟が俄かに活性化しているとか、何名かの幹部がここ数週間の間リンクしていないとか。

 何やらきな臭いとしか言いようがない状態らしい。


「……ということなので、乱丸、お前が何かを感じたとかはないか?」

「いえ、私は特に、そのような力は持っていないので。ですが、ここ一週間ほどは、ハルナ様と話がしたいとか、【R・I・N・G】の情報が欲しいという来客が頻繁に来るようになっていますけど?」

「そうか。まあ、【R・I・N・G】関係なら無視だ、無視」


──ガチャッ!!

「そのとーり!!おーりとーり!! ハルナちゃん、ただいまぁ!!」


 いきなり扉が開いたかと思うと、アスナが敬礼して笑っている。

 うん、私は彼女に抱きついていたよ。


「ごめん。私が先に行っててなんで言わなければ、明日花が襲われることはなかった」

「ううん。逆に小町ちゃんが先に行っていたら、小町ちゃんが刺されていたかも知れないからさ……私なら、そっちの方が耐えられないから」

「うん、うん」


 お互い様。

 明日花は昔からそう。

 私が苦しい時は励ましてくれたし、いつも二人で一緒に、いろんなことをしてきた。

 だから、今、明日花が私の近くから居なくなるのは嫌なんだよ……。

 大切な幼馴染で、親友なんだから。


「さっきね、警察のサイバーなんとか課の人と話をしてね。私が見た犯人のモンタージュも作ってあげたんだよ。あとは犯人が捕まって、そして私が目を覚ましたらこの件は終わり。だから、もう問題なし!!」

「まあ、そうか、そうなのか?」

「うん。だから、小町ちゃんはいつものように、のんびりと遊んでいるといいよ。私はほら、あまり無理しないようにって1日1時間のリンクしか許されていないからさ」

「相変わらず、明日花は無理しすぎたわ。まあ、放置していたら二日も三日も遊び続ける明日花だから、一日一時間ぐらいがちょうどいいんじゃないのか?」


 笑いながら話しかけると、明日花はプーっと頬を膨らませている。


「まあ、そうかもね。私がリンクできる時間帯って、脳波パターンが安定している時ぐらいらしくてね。あ、リンクのために必要な脳波パターンだからね。なので、リンクできる時間があやふやなのは笑って許して?」

「まあ、それは仕方がないよ。でも、時間帯があったら、その時は二人で」


 私は右手の小指を突き出す。

 それに明日花も、小指を絡めた。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます!!」」


 いつもの、昔からの約束。


「さて、今日はそろそろのようだから、また明日、会えたらね」

「オッケー。【R・I・N・G】クエストは私が進めて……って、アイテム持っているのアスナだよね?」

「ふぁ? クエストのキーアイテムだから、譲渡できないって……元気になるまでは、お預けということで」

「了解。その時は、二人でね」


 そして明日花はログアウトした。

 私としても、久しぶりに彼女を見ることができたので、ようやく日常に戻ってきたような感じだよ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る