第18話・生み出されたのは、伝承の短剣

 火事でアスナが焼け出されてから四日。

 

 今日は、大学院の研究室からヨルムンガンド・オンラインにアクセスしようと考えて、わざわざ講義も何もないのに研究室に来ています。

 二人同時に接続できるのはこことネカフェだけで、すでにネカフェは満席でアウトでね。仕方なく、ここで接続するんだけどさ。


「あの、モニタリング禁止で」

「え? 先輩たちのプレイ動画を見て、私も興味を持ったんですよ? 録画して外に出すわけでもないし、ダメですか?」


 研究室のパソコンに、ヨルムンガンド・オンラインをモニターリングするための大型モニターが接続されていてさ。

 プレイ中の脳波測定を同時に行なって、ユーザーがどのようなことをしたら脳波に影響が出るのかとか、フルダイブシステムの脳に対する影響を研究するそうで。

 そのために教授が、ユメカガク研究所にモニタリングシステムの貸与申請をしたらしいのよ。だから、ここのパソコンにヨルムンガンド・オンラインがインストールされているのかと、納得したんだけどさ。

 この前、ここでリンクした時の映像がパソコンに自動で録画されていたらしくて、それを題材にして研究を続けたいと教授から説明があったのが、ついさっきの話でした。


「まあ、教授なら構いませんけど、研究員はモニタリング禁止で」

「ははぁ。例の【R・I・N・G】クエスト、クリアしそうなのか?」 

「まだまだ無理ですけど。でも、わたしたちの攻略動画を見てヒントを得る人がいるかもと思うと、悔しいので」 

「そうか。まあ、私は研究以外に、君たちのデータを使うことはないと約束しよう。同じく、脳波長についての研究をしているものたちについては、誓約書を書かせるので、それでかまわないか?」


 そこまでしますか?

 そう思ったんだけど、今の研究にも密接に関係があるから、研究室に所属している私も明日花も、無下に断ることはできないんだよなぁ。

 ちなみに、誓約書の話が出たときに他所を向いた貴様ら、とくに先輩たちはヨルムンガンド・オンラインのユーザーだな?


「わかりました。では、そっちの方向で」

「モニタリングするのは誓約書を書いた人だけ、それならば」

「分かった。では、君たちが協力してくれると言うのなら、二号サーバーは君たちが占有して構わない」


──パン!!

 思わず明日花とハイタッチ。

 二号サーバーマシンはフルダイブ研究用のサブコンピュータなんだけど、設定環境がえらい良くて、この前、勝手に無断で使った時も、ラグもなくすごく快適だったんだよ。


「では、早速お借りします」

「それでは、失礼します」


 サーバールームの隣の部屋、そこにある端末にヘッドセットとパーソナルデータをインプット。

 さて、今日も元気に廃人プレイと洒落込みますか。


………

……

 

──ルーベンベルク領・オワリ。

 

 私とアスナは、ムルキベルが急いで会いたいと話していたって乱丸から報告を受けて、領主館の裏手にある彼の鍛治工房にやって来ました。

 

「うわぁ、うわぁ……」

「こ、これって本物?」


 鍛冶場の作業台の上には、彼が生み出した【五つのレア金属によるダマスカス鋼】で作られた短剣が並べられている。

 しかも、5振り。

 等身が綺麗な波打ち紋様、しかも光の加減で虹色に光っているんですけど。


「右から順に、出来の良いものに仕上がっている。かと言って、一番左のも悪いものではないし、おそらくは、レアリティで言うなら伝承級に匹敵する」

「ありがとうございます!!」

「これで、詩篇の二つ目がクリアだね?」


 嬉しさのあまり、涙まで溢れてくるよ。

 ちょうど真ん中のメイルシュトロームの短剣を手に取ると、目の前にウインドウが広がった。


『ピッ……二つ目の詩篇、その鍵が完成しました。渦巻く刃のマスターを登録します。マスターは、渦巻く刃を手に取り、誓いを』


「ふぉ、マスター登録だって。どっちが?」

「う〜ん。それじゃあ、二人で」

「それもいいねぇ。別に、一人じゃダメっていう決まりもなさそうだし」


 私はさっき手にした真ん中のを、そして右から2番目をアスナが手に取り、胸の前に掲げて宣誓を唱える。


「「私が、メイルシュトロームのマスターです」」

『ピッ……お二人にキーアイテムを追加します』


──シュゥゥゥゥ

 すると短剣が淡い光に包まれ、私たちの体の中に消えていく。


「うぉあ!! 消えたよ?」

「嘘だほんとだ、どこに消えたの?」


 慌てて右手を伸ばして右に振り、ステータス画面を開く。

 アイテムボックスの中にある『貴重品』という項目を見るが、そこにはなく。

 変わりに『キーアイテム』という項目が増え、そこに収納されているのが確認できた。


「よし、よっし!! メイルシュトローム!!」


──シュンッ

 私が名前を呼ぶと、手の中にメイルシュトロームの短剣が装備された。

 次に、名前を呼ばずに念じても出し入れ可能なことまで分かったので、これで盗まれることは……まあ、出しっぱなしならあるかも知れないけど、すぐに念じてしまえるのでオッケー。


「おいおい、この、一番右の最高級はどうするんだ?」


 自慢の一振り、それが残されているのが不満なのか。

 ムルキベルは私たちに口を尖らせて呟くので。


「これは、ムルキベルさんのものですよ」

「私たちに、凄い武器を作ってくれてありがとう!!」


 そう告げて、彼の目の前に短剣を差し出す。


「……そういうことか。それなら、これを突き返す事はできんなぁ。ありがとうよ」


 私たちの気持ち。

 相手は電脳世界に存在する、システムが生み出したNPCだけど。

 私たちにとっては、このオワリになくてはならない大切な鍛治師。

 その人に、契約金以外で心を込めて御礼をするのは、当然だよね。

 気のせいかもしれませんが、ムルキベルさんも涙を流しています。

 この世界では、ユーザー、NPCのどちらも生きている。

 それを、改めて実感できたよ。


「それで、話は戻るが残りの二つの短剣はどうする?」

「そうだなぁ。有料のアイテム金庫でも借りて、預けておくことにするよ」

「それなら、私が契約した場所があるから、そこにしまっておいていい? 言ってくれたらいつでも出すし、わざわざお金払わなくても、そこから出せるから」

「ほう、アスナはいつのまに課金を?」

「へ? 課金アバターも買ったよ? ガチャじゃないし、普通にショーウィンドウに並んでいるし」


 そうなんだよ。

 ヨルムンガンド・オンラインって、課金アイテムもアバターも売っているんだよなぁ。

 普通にウインドウからメニューを出すこともできるし、街の中にある『ポスト・エクスチェンジ』って言う店に行けば、そこで店員からも購入できる。

 なお、この店の名前はカスタマイズしたもので、正式な名前は『ヨルムンガンド・公式ショップ』だからな。イメージっていうものがあるだろうと言うことで、経験値を消費して変更しましたけど。


「それじゃあ、これは預けておくよ。それで、次の問題だよなぁ」

「これだよね?」


──ジャラァァァァ

 アスナが、机の上にパズルのピースをぶちまける。

 赤、青、緑、茶色、白、黒、六色の、さまざまな形の立体のピース。

 一昔前に流行った、立体パズルのようだけど、兎にも角にも理解不能。

 恐ろしいことに、私もアスナもパズルはてんで駄目で、しかもノーヒントだから意味がわからん。

 真っ白なピースのパズルを渡されたような心境なんだよ。


「ほう? これはまた面白いな」

「ムルキベルさん、これが何かわかる?」

「砕けた鉱石を組み合わせるような感じに見えるが?」

「まあ、元々は属性石だからねぇ……」


 アスナの呟きに、ふと私はクエスト画面を開いてみる。


【紅き月、白き化粧を纏いて大いなる風に抱かれる。母なる腕が目を覚まし、そして再び眠りにつくまで】


【あなたが手にするのは、一つ目の栄光。渦巻く刃、五つの魂が削る命、そこに真実はある。だが、それを手にするのはあなたではない】


 二つの詩篇、これが意味するもの。

 最初のものはパズルのピース、二つ目は渦巻く刃と、恐らくは儀式。

 

「渦巻く刃は、ここにあるし。五つの魂が削る命。うーん、分からん」

「最初のパズル、それも意味不明だよね。属性石をどうしたらいいのか? まあ、パズルのピースに変化したから、これを組み立てればいいって話だと思うんだけど」

「どんな形になるのか、どんな模様なのか。この六色のピースで、何を描いたらいいのか。全く不明なんだよなぁ」


 うん、考えていても腹が減るだけ。

 それなら、腹の中に何か入れたほうがいい。


「昼ごはんを食べますか。学食、間に合うよな?」

「それよりも、モトシャリアンが近いからそっちにしようよ。今日から卵フェアだよ?」

「卵かぁ。カルボナーラ、食べたいなぁ」

「カルボナーラはクリームだよ?」

「違うから。本物のカルボナーラは、クリーム使わないんだよ? 上から黒胡椒を掛けるから、カルボナーラ」

「なんで黒胡椒がカルボナーラなの?」


 そんな話をしつつ、ムルキベルさんの鍛治工房二階でログアウト。

 速攻でヘッドセットとパーソナルカードを回収して、いざ、モトシャリアン。


………

……


 パクパクもぐもぐ

 

 モトシャリアンが中華レストランなのを忘れていましたよ。

 卵チャーハンおいしい。

 カルボナーラ、何それ? 

 海老と卵の蒸し餃子が最高ですが。


「うわ、卵って皮蛋も卵だったのか」

「知らなかったの? 皮蛋の天ぷら、美味しいよ? たまに自宅で作っていたもん」

「はぁ、匂いがきつそうだなぁ」


 前菜の皮蛋は全て明日花にパス。

 私は卵を使ったデザートを楽しむことにしますよ。


「でもさ、卵って万能だよね。焼いても茹でても美味しいし、半熟も完熟も思いのまま。いろいろな料理にも使われるから、まさに最高の食材だよね」

「卵の殻だってさ、色を付けて貼り合わせて絵を作ったり、それこそ小さいときは夏休みの自由工作で貼り絵みたいにした……んんん?」


 貼り絵?

 卵の殻?

 いや、まさかでしょ?


──カチッ、ピッ

 スマホと立体端末を接続して、目の前にモニターを浮かび上がらせる。

 すぐに『卵 立体パズル』の二つで検索すると、やっぱりあったよ、透き通った卵型のパズルが。


「ちょいちょい、小町ちゃん速攻ログアウトして」

「うぉ?」

 

 明日花が小声で呟くから、急いで画面を消した。

 でも、その時の明日花の顔を見て、私は理解した。

 同じ答えに辿り着いたんだなぁと。


 そのままスマホを操作して、明日花にメッセージを送る。


『【R・I・N・G】クエストのパズル、分かったのか?』

『さっきのヒントを見たらわかるよ。6色のピースで卵を作る、なんの形かわかったら、あとは早いよね?』

『そうそう、それじゃあ、速攻で食べて研究室に戻りますか。あとは実践あるのみどからさ』


 メッセージを閉じて、二人同時に笑いながらサムズアップ。

 もう、【R・I・N・G】クエストのゴールが見えたよ。

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