第17話・使うなら、使いまくるよチート術
北方の地、武神ガイストを祀る、戦士の都市『ブリューナク』。
その郊外に伸びる街道を北へ進むと、やがて国境沿いに広がる【霊峰ハクアーネ】の姿がゆっくりと見えてくる。
最北の地からの蛮族の侵攻を阻む自然の作り出した城壁であり、神や竜が住むという伝承もあることから、この地方の多くの人々に崇められている。
神の住まう居城であると言われている遺跡群や、魔王が封じられた地であると記された石碑も近くの村には伝わっており、霊峰にまつわる伝承は真実味があるという歴史学者も少なくはないという。
──ハクアーネの麓、カーマリア大坑道
ここはブリューナクを収める貴族により管理された、誰でも入ることができる巨大坑道。
鍛治師をはじめとする生産クラスの聖地であり、腕さえ良ければ希少金属も手に入れることができるという。
坑道に入るには金貨一枚の入坑料を支払わなくてはないため、何かしらの結果を出すまではと延々と掘り続けているユーザーも存在する。
坑道は上層、中層、下層の三段階に分かれており、下に向かうほどレア素材が入手できる反面、それらを掘り出すために設定されているスキルレベルは高く、なかなかにシビアである。
駆け出しの鉱夫ではミスリルなど掘り出すことができず、ましてや、それ以上のものを掘り出すとなると、レベルよりも運が良くなければならないという噂さえ流れていた。
「……だってさ。レベルよりも運となると、悪運で生きてるハルナちゃんの出番だよ?」
「はぁ、なるほどなぁ。それで私のっ出番? 誰が悪運だけじゃいい」
「さぁ、頑張って最下層まで、行ってみようか!!」
大学の端末からリンクして情報収集をおこなってきた私たちは、数日間の休暇を挟んで、アスナのいう『属性石』の採掘にやってきた。
本来なら、それぞれの属性石が掘り出せる辺境に向かう必要があるのだけれど、実はこのカーマリア大坑道は別でね。
レベル+運要素が高いと、大抵の鉱石や宝石、属性石が掘り出せると、うちの街に住んでいる大和伝が話していたらしいよ。
「さて、大和伝さんの話が嘘か、誠か、始めの一歩!!」
──ガッギィィィィィン
アスナが目の前の岩壁にツルハシを振り下ろす。
すると岩壁が崩れ、いくつかの鉱石らしきものが散らばった。
「どれどれ?」
アイテムボックスから『鑑定士の指輪』を取り出して装備、鉱石を拾い上げてみる。これはゲーム内のオークション掲示板で出品されていたものを買い取ったもので、【鑑定・鉱物レベル8】が付与されている。
なお、落札時は【鑑定・鉱物レベル3】であったのだが、落札して商品がシステムから送られてきた時、つまり受け取り時に『FS±5』でレベルを上げたものである。
『ピッ……鉄鉱石のカケラ』
「鉄鉱石だわ。あたり、ハズレ?」
「はずれだねぇ。あたりは属性石が出るらしくて。その中のさらに大当たりが、詩篇に書いてある超レア属性石なんだって」
「はぁ、大和伝って、なんでも知っているんだな?」
「私が持っている鉱石図鑑にも書いてあるんだけどさ、大和伝って、それよりも細かいことを知っているから凄いよね」
「その情報の報酬で、彼のギルドハウスのレベルを一つ上げたし、倉庫だって一つ追加で渡したんだよ? まあ、領地は称号のおまけで貰ったようなものだから、私の懐が痛むことはないんだけどさ」
「称号って、1番のチートって感じだね」
掘り出した鉱石を一つ一つ確認して、同じ種類のものはアイテムボックスに収納して一つにまとめる。
しばらくそれを繰り返していると、アスナがツルハシを手にしたまま座り込んだ。
うん、あまりにも単調すぎて飽きるんだよなぁ。
「交代、こうたーい!! ここからはハルナちゃんの出番ね」
「うむ。それじゃあ行ってみようか!!」
──ガッギィィィィィン
力一杯、岩壁に向かってツルハシを叩き込むと。
『ピッ……ハルナ・ルーゼンベルグは採掘系スキルを所有していません。現時点での採掘成功率は0%です』
よしきたシステムメッセージ。
私は採掘系のスキルを持っていないし、採掘成功率が上がる道具も持っていないから、掘り出すことは不可能なんだよね。
だけど、『FS±5』を所持しているため、こうやってメッセージが表示されるんだよ。
つまり、今回も『FS±5』を使い成功率を+5%して、採掘に挑戦してみるよ。
「よし、アスナ、応援よろしく!!」
「りょ〜かい。応援スキル発動。ファイトォォォォォ」
「いっぱぁぁぁぁぁぁつ!!」
──ガッギィィィィィン
すると、出てから出てくる鉱石やらなんやらかんやら。
それらをアスナが拾い集め、分類を始めているので。
装備していた『鑑定の指輪を外して、アスナに手渡した。
「ほい、鑑定の指輪だから使ってみて」
「あいあいさぁ!!」
嬉しそうに目の前の鉱石を手に取り、細かく分類を始めている。
私とアスナは暫くはそんな感じで作業を進め、必要なものをハルナのアイテムボックスに収納してもらう。
私のアイテムボックスって、素材とかよりも道具関係とか領地経営の書類関係がが入れてあってね、整理するにも時間がかかりそうなんだよ。
そうしたらさ。
「おや、こんなところに二人来るとは。何かいいものが掘れましたか?」
「いえいえ、そこで仕分けしてもらっているものぐらいですね」
「仕分け担当で〜す」
ガタイの良い男性が、坑道の本道側からやってくる。
まあ、お金さえ支払えば、だれでも採掘作業は出来るからね。
どこで誰が掘ろうと勝手だし、ここはPK禁止エリアだから安全だし。
そしてカラカラと笑いながら、アスナも手を振って挨拶している。
「そうですか。あ、俺は採掘師の『ホリック』。ここにはレア鉱石を探しにきているんだけどさ……」
一瞬、その視線がアスナの目の前の鉱石に向けられた。
「それ、ドラグナイト鉱石だよな? ドラゴンの骨が長い年月の間に変質し、鉱石化したっていうやつ。それを探していたんだけど、俺に売ってくれないか?」
「うん、私たちも使うから無理」
「それに、お金についてはそれほど困っちゃいないんだよね。それこそ、こっちが欲しいものを貴方が持っているかどうか? お互いにWin-Winな取引なら構わないけど?」
私たちが欲しいのは、上位属性石。
ちなみにドラグナイト鉱石については、メイルシュトロームの短剣の予備を作るのに集めているだけで、大きめの良質なものはすでにアスナが鑑定してすぐに収納している。
そこに転がっているのは、最後に私が収納する分で、大和伝との取引用なんだよね。あっちでも買い取ってくれるって話らしいからさ。
「貴方がたが欲しいものですか? 例えば何を?」
「そうね。ちょうど知り合いの鍛治師に頼まれているものがあってね。属性石の上位、あるかしら?」
「属性石……それも上位?」
「どう? 持ってますか?」
「いえ、実は俺、上位属性石を鑑定するだけのレベルがないもので、この中にそれらしいものがありますか?」
──ゴロゴロゴロッ
ホリックは、無造作にさまざまな鉱石を並べ始める。
いや、これって盗んでくださいって言っているようなものだよ?
『ドロップ品や素材採集品』とかはさ、すぐに回収しないと放棄されたものと見做されるんだよ。名義的な所有者は存在しないっていうことなのでね。
だからと言って、人が集めていたものを勝手に奪うのはマナー違反』って公式も説明していたからね。
この線引きが難しいよね。
「へぇ、色々なものがありますね」
「そうなのか?」
「ええ。例えばこれ、ミスリルの純結晶ですよ。普通のミスリルの100個分の価値がありますし。でもいらない。こっちは、あ、これが光明石の上位なのか。これは欲しいのでキープ」
そんな感じで、ハルナとホリックが交渉を始めていると、その声に導かれたように次々とユーザーが集まってくる。
そしてあちこち適当に座り込むと、自分が掘ってきた鉱石や宝石の原石まで並べているよ。
「おいおい、俺のここにある黒曜石の結晶を見てくれ。どう思う?」
「すごく、大きいです」
「そうだろう? この黒光した艶といい、硬さといい。加工用素材として最高だろう?」
「俺のはどうだ!! この純度が低いクズ鉄鉱石コレクションだ」
「なんでクズ鉄鉱石を集めているのか、小一時間ほど問い詰めていい?」
「ハウジングの玉砂利の代わりに使う。俺は鍛治師だからさ、格好いいだろ?」
「これはどう? 琥珀なんですけど、中に虫が入っているのよ。それに、これは宝石じゃないのよ。『召喚石』よ?」
うわぁ、超級レア鉱石の『召喚石』がでたのかよ。
中に虫が入っているということは、噂の『バンパイアモスキート』っていうやつかも。タイマースキルがあれば使役できて、そこそこ強いんだよなぁ。
って、ヨル観に書いてあった。
そんなこんなで、アスナがあちこちと取引をしている中で、私はひたすら掘りまくったよ。それこそ背中に背負った鉱石バッグ(レンタル品)の中身が満杯になるまで。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──現実世界、喫茶・グランドバース
そこは昭和テイストの古い喫茶店。
インベーダーゲーム搭載のテーブルの上には、天球儀型の占いマシンが置いてある。
入り口にはしっかりと『全席禁煙』の注意書きもあり、珈琲などの香りを楽しむお客のために、タバコは持ち込ませないようにしている。
そのカウンター席では、初老のマスターが目の前のお客たちと話をしているところである。
「これが、ザナドゥの配下の奴らが仕入れたっていう、ハルナとアスナの情報だ。それで俺が昨日、彼女たちと鉱石を交換してもらった時に聞いた話から察するに、あの二人が所有している詩篇は俺たちの持つものと同じだ」
「つまり、最悪のパターンとしては、五つのレアメタルによる『メイルシュトロームの短剣』、六つの属性石を融合させた『希望の卵』、このどちらも揃えた可能性があるのですね?」
「可能性だけは」
マスターはカウンターの客の話に耳を傾けつつ、サイフォンで落としたコーヒーをカップに注ぐ。
「アクエリアス。その情報についてはタウロスに任せておきなさい。タウロスもそれで構いませんね?」
「ええ。問題ないわ」
「俺は、今の作業を続けるだけだからな」
「それでアクエリアス。ザナドゥがリアルで二人を狙っている、この件はどうなったのですか?」
マスターが女性に対して問いかけるが、肩をすくめて困った顔を返す。
「ザナドゥは、どうやって二人のリアル情報を調べたのでしょうね。もう、二人の住んでいる場所まで特定したみたいよ?」
「奴の目的はリングの回収。そして現金10億でしょうね。でも、ザナドゥたちが、彼女や私たちと同じ【R・I・N・G】クエストを受けているとは思えませんけど」
「そう、そこなのよ? 多分だけど、リアルで脅迫して、完成したリングを奪う気じゃないかなって」
「はぁ。脅迫したところで、完成したリングをすぐに使われて対策を取られたら、終わりじゃないですか。彼は、考える頭を持っていないのですか?」
マスターが呆れた声を出すが、アクエリアスはカバンから書類を取り出し、それをマスターに手渡す。
「神聖同盟のメンバーで、ザナドゥを無視してゲーム内で二人に接触しようとした人たちのリストよ。まあ、巧みに偶然を装っているけど、こいつらなんて、うまくリアルの二人の出入りしているファミレスとかに通ってますし、二人が来店した時はウェイトレスを買収して、何を話していたか聞き出していましたよ?」
「犯罪じゃねーか。よくもまあ、そのウェイトレスも協力したな」
「協力なんてしていないわよ。ガセネタ掴ませて泳がせたのですからね」
「お前がウエィトレスだったのかよ!!」
ペロリと舌を出すアクエリアスに、タウロスがツッコミを入れる。
「まあ、それでも金に目が眩んだ奴が何をするかわからない。我々としては、彼女たちのリアルを守ること、そして先にリングを手に入れること。ここに重点を置けば良い。まだ誰も【R・I・N・G】クエストをクリアしていないから、彼女たちがクリアした後、我々の詩篇がどうなるかもわかりませんからね」
「そうね。それじゃあ、私はリアルで彼女たちの様子を見るわ」
「俺は引き続き、ホリックで接触する。幸いなことに、アスナは俺とフレンド登録したから、ある程度は話しやすいからな」
二人の話を聞いて、マスターは頷く。
「では、よろしくお願いします。全ては、我らの目的のために」
「「星の導きのままに」」
そう同時に告げて、二人は店を出る。
その様子を見てふふふと笑いつつ、目の前の伝票にきがついた。
「また、やられましたか……全く」
話し合いの後は、いつもそう。
そして翌日に慌てて支払いに来る。
ゲームの中と外でも付き合いのある彼らの、いつもの日常風景であった。
そして。
………
……
…
──ピンポーン
「ん? どちらさんだ?」
昨日は夜遅くまで、六つの属性石のパズルを弄っていたんだぞ?
明日花と私で集めた属性石は、【R・I・N・G】クエストが進行したらしく、六つとも全てが、パズルのピースに変化したんだよ。
それも、6色の大きな立体パズル、しかも大量に。
全部混ざっていたあれを見た時、私と明日花がどれだけ絶望にさい悩まされたことか。
「こーまーちー!! あーけーてー!!」
「はぁ? 明日花かよ。ちょっと待って、せめてブラつけさせろ」
「シャツで十分、隠すほどのものものではないぞ!!」
「そこにずっといろ!!」
「あーけーてー」
はぁ、もう夜も遅いのに何があったのやら。
すぐに鍵を開けて家の中に入れてあげたんだけど、背中やら両手やらに大量の荷物を抱えているんだけど。
「何があったの?」
「アパートが燃えたの。放火みたいで、荷物を抱えて慌てて出てきた」
「おいおい、穏やかじゃないね」
慌ててテレビをつけてニュースを見る。
ちょうどその火事の映像が映っているんだけど、全焼です。
被害者がいないのが救いのようで、明日花も無事だから何よりだよ。
「それで、行き場もないから、しばらく置いてくれってか」
「そー。だめ?」
「構わないけど。うちのパソコンだと、私しか認識していないよ? ヨルムンガンド・オンラインはどうするの?」
「……よし、二人でネットカフェに行こう。ユメカガクの公認店に行けば良いし、パーソナルカードは持ってこれたから大丈夫」
ネカフェか。
その手もあったかぁ。
ファミリールームを借りて、そこに篭れば良いか。
すぐにリアルでも話ができるし、いよいよ詩篇の一つ目も大詰めだからなぁ。
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