第12話・ルーゼンベルグ攻防戦って、負けたらうちが滅ぶのかよ!!

 ピッ

 ピッ

 ピッ

 ピーン!!


 トリビアが齎した一冊の本。

 アスナが必死に解析を行なっている間に、ついに大規模討伐クエストがスタートした。


『大規模討伐クエスト【ルーゼンベルグ攻防戦】がスタートします。勝者及び参加者には功績ポイントによる褒賞が支払われます。なお敗北条件は、ルーゼンベルグ領の『聖霊の宝玉』が破壊された場合となります』


 ゲーム内アナウンスが始まると、城塞外で待機していた力任せ……力自慢の冒険者たちが雄叫びを上げる。

 それと同時に、私の屋敷の周りにも冒険者たちが集まりはじめたんだけどさ。


「ねぇ、この敗北条件の『聖霊の宝玉』ってなに? こんなの私、知らないけど?」


 領主館執務室で、私は乱丸に問いかける。

 そんなものがあるだなんて、聞いたこともないし。

 そもそも、それが破壊されたらどうなるのよ?


「ハルナさま。聖霊の宝玉とは、私のことです」

「……はい?」

「私たちは、領主のサポートとして召喚された聖霊です。この私の死が即ち敗北であり、このルーゼンベルグ領が滅びへの幕開けとなります」


 ニッコリと微笑む乱丸だけど。

 いや、そこ、笑うところじゃないでしょう?


「それなら、乱丸はこの場所から動かない事、アスナと私で守るから」

「御安心を。クエスト開始と同時に、屋敷には結界が張り巡らされています。ここをすり抜けられるのは、このルーゼンベルグ領に使えているものたちだけ、だから安心してください」


──ガチャッ!!

「その通りです。この私、アスナがいる限りは、乱丸ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいきません」


 いきなり扉を開いたかと思うと、アスナが叫びながら入ってきた。

 しかも、戦闘装備なんだよなぁ。


「乱丸、ちなみにだけど、この屋敷の結界って破壊できるの?」

「はい。結界には強度が決まっています。イベント時に発生する結界の強度は5でして、一定の攻撃ダメージで破壊されます」

「ふぅん。それって、どこで見えるの?」


 ちょいと悪巧み。

 いや、できるならにこしたことはないからさ。

 すると乱丸が端末を起動してくれたので、そこを見る。


『ピッ……大規模クエスト用防御結界:強度5』


 その、強度5に触れると、予想通りに点滅したので。


(『FS±5』発動。強度を10に)


 心の中でアビリティを発動して、10まで引き上げると。


『ピッ……大規模クエスト用防御結界:強度10(破壊不可)』


「よっしょぁぁぁぉぁぉぉ!!」

「え、なに、何が起こったの?」


 この結界強度とかは、領主である私にしか見えない隠しステータスらしく。

 表向きには緑のゲージが浮かんでいるだけ。

 そして、それが破壊不可になったということは、負けフラグは存在しない。

 

「はぁ……本当に、ハルナさまは無茶をします」

「まあまあ。アスナにも、今度説明してあげるからさ。何はともあれ、この結界は破壊不可になったから、これで乱丸の安全は確保されたね」

「う〜ん。よくわからないのですけど、【E・F・O】の領地防衛クエストのようなことは起こらないという事ですよね?」

「へ? 海外鯖で、なにかあったの?」

「はい。じつは、1時間前に確認したのですけど」


 海外のフルダイブ式オンラインゲーム【E・F・O】。

 そこでも、【R・I・N・G】クエストの一つとして大規模討伐クエストが発生したらしく。

 うちと全く同じく、ユーザー領地の防衛戦になったらしいんだけど、一部ユーザーが反旗を振り領主館の結界を攻撃開始、そのまま破壊して領主館の【聖霊の宝玉】を破壊したらしい。

 結果としてクエストは失敗して、大量のモンスターが城塞都市に流れ込み、そこは廃墟となったらしく。


 問題なのは、その廃墟を根城にしたPKギルドが台頭したこと。


 クエストを失敗させるところまで乃全てがそのギルドの企みであったらしく、領地を失ったユーザーは流浪の旅に出てしまい、城塞内の資源は全てそのPKギルドが占有したらしい。


「……ということがあったそうです。それで、この日本でも同じようなことが起こらないか心配だったのですけど」

「はぁ、流石に日本じゃ、そんなこと……って。待て待て!!」


 慌てて窓辺に近寄り、そこから結界外に集まったユーザーを確認する。


『ピッ……神聖同盟所属・早打ちマックス』

『ピッ……神聖同盟所属・荒垣人』

『ピッ……神聖同盟所属・閃光のアスカ』

『ピッ……神聖同盟所属・エアリス教団万歳』


 まあまあ、どいつもこいつも神聖同盟所属の奴らばかり。

 他には普通の防衛に集まってきたユーザーはいるようだけど、半分ぐらいは神聖同盟の連中じゃないか?


「はぁ……火事場泥棒が集まっているわ。しかも、うちの都市内ってPK禁止だから、奴らが結界を攻撃しても殺して止められないのかよ!!」

「はい。対人フラグが外れるのは、第二波でダンジョンの門を守る集落の魔物が全滅してからです。それも、ダンジョンの中でだけ適合するので、彼らを止める手立てはありません。まあ……壊せればの話ですけれどね」


 乱丸が淡々と説明してくれるので、まずは一安心。

 それよりも、私たちはここに留まって様子を見ていることしかできないようで。


「くっそ、なんでこんなクエストが発生しているのやら」

「そこなのよね。【R・I・N・G】が実装されてからね、アメリカの【E・F・O】では大規模クエストは三つ発生しているらしくて。でも、日本ではここが最初で、明らかに日本は出遅れているのよ」

「このイベント自体は【R・I・N・G】とは関係ない、その可能性もあるのか」

「多分。それで、これからどうするの?」


 どうするのと聞かれたら。

 やることは一つだけ。


「そりゃあ、今のうちに【R・I・N・G】クエストのヒントの解析だよ。アスナは進んだの?」

「それはもう、ね。それで、ハルナちゃんには、【流浪の鍛治師】という称号持ちのNPCを呼び寄せてほしいのよ」

「……はぁ?」


 その鍛治師を探して……って、そうか、ダマスカス鋼を作り出せる鍛治師を探すのか。

 よし、都市開発と人材投与は私のオハコだ。

 伊達に都市経験値を貯めているわけではない!!

 爵位が上がらないから、溜まりまくっただけなんだけどね。


 

 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 大規模討伐クエストの開始。

 それに伴い私、トリビアの元に、元上司であるザナドゥからメッセージが届きました。


『お前、ルーゼンベルグ領に勤めているよな? イベントが始まったらすぐに連絡を寄越せ。こっちから指示がある』


 意味がわかりません。

 何を今更、私が彼に従う必要があるのでしょうか。

 そう考えていると、すぐに次のメッセージが届きました。


『来年度、うちの部署からも優秀な人材をリストとして提出するように言われている。どうやら海外に新事業部ができるらしく、そこに派遣しても良い社員をピックアップしているらしい』

『ヨーロッパ。それもフランス事業部だ。お前が前に話していた、いつか海外事業部にっていうやつ、実現できるかもな』


 はいはい。

 パワハラパワハラ。

 そんな確実性のあるポジションではない、かもな系の餌になんて、誰が釣られるものですか。

 でも、これを証拠として上司を訴えるにも明らかに物足りません。


 それに、この領地は待遇が良いのです。

 安全にログアウトできる自宅や寝るだけで全開のベッド。

 さらに月の給料まで振り込まれるという、普通のオンラインゲームでは考えられない待遇なのですよ?

 そこを裏切れというのですか?

 アホなのですか?

 セクハラパワハラで訴えられて、垢BANされてください。


………

……


 ヨルムンガンド・オンラインはじめての大規模討伐クエストが開始され、冒険者たちが一斉に、メメント森林目掛けて走り出しました。

 それと同時に、あのクソ上司から連絡が来ましたよ。


『ピッ……領主館の聖霊の宝玉を破壊しろ』


 はぁ?

 それってあれですよね?

 このイベントを楽しみにしている人たちの気持ちなど全て無視して、クエストを失敗させる気なのですよね? アホですか、この人は?

 豆腐の角に頭をぶつけてタヒんでください。


『ピッ……http://【E・F・O】event0425BADEND02.com』

『ピッ……まずはこれを見ろ、こうすれば俺たちのアジトが手に入るぞ』


 馬鹿じゃないの?

 アジトだって。

 いつまで、そんな夢みたいなことを話しているのやら。

 それに俺たち? 私はとっくに貴方のギルドから出ていきましたけど。


『ピッ……やらないと、この、写真をばら撒くからな』

『ピッ……atamalove men.jpg』


 なんで?

 なんで?

 なんであのクソ上司が、こんな写真を持っているのよ?

 これをばら撒くって、嘘でしょう?


『ピッ……まだ、いろいろな証拠はある。不倫はいかんよなぁ』


 ふ、不倫じゃないし!!

 ちょっと待って、不倫ってどういうことなのよ、あの人は独身だって!!

 私のことを愛しているって……。

 だから付き合っているのに、不倫?

 私、騙されていたの?


『ピッ……それじゃあ、アジトの件、よろしく』


 こ、このくそ上司。

 でも、これをばら撒かれると、どうなるか。


………

……


──ルーゼンベルグ領オワリ、領主館

 外では大勢の冒険者が喧嘩を始めています。

 クエストが始まってから1時間後、神聖同盟のメンバーが一斉に結界目掛けて攻撃を開始しました。

 それと同時に、神聖同盟の攻撃を止めるべく他の冒険者たちが彼らに攻撃を開始。ダメージゲージは動きませんが、動きを邪魔することはできるため、数の暴力で神聖同盟の暴漢たちを取り押さえています。

 

「くっそ。離せよ!! ここは俺たちのパラダイスになるんだぞ!」

「党首さまが話していたんだ、この領地は呪われていると!!」

「だから、俺たちが浄化するんだ!! 離せ!!」


 そんな叫びと同時に、自警団が彼らを取り押さえ、連行していきます。

 うん、明らかな暴力行為……というか、イベントの邪魔だからなぁ。

 アメリカでの事件では、自警団もユーザーたちに蹴散らされたいるんだけどさ。うちの自警団って、レベルを『FS±5』でマックスにしているから、強いんだよなぁ。


『貴様の、その行為は領主の逆鱗に触れた』

『この暴漢め、二度と出られると思うな』


 機械的に話をしているのには笑うけど、あっさりと神聖同盟の連中はお縄につきましたか。


──ガチャッ

「そとの暴漢は自警団が連行しましたけど、こちらは大丈夫でしたか?」


 トリビアが室内にやってきて、そう尋ねるんだけどさ。 

 すごく顔色が悪くて。

 何かあったのかもしれないなぁ。


「トリビア、随分と顔色が悪いんだけど、何かあったのか?」

「いえ、特に何も起きていませんけど……」


 そう話しつつ、トリビアは机の上に羊皮紙を置く。


『私は脅迫されています。

 聖霊の宝玉を破壊しろと命じられています。

 私を捕らえてください。          』


 なるほどなぁ。

 大方、あの党首とやらが脅しているのだろうなぁ。

 だから、別の羊皮紙を取り出して、メモを書く。


『監視されているのか?』

『はい。私の言葉は、神聖同盟のリーダーが放った使い魔に聞かれます。視覚認識はできない使い魔ですが、音は拾います。今も、私に取り憑いていると思います』


 なんてこった。

 このイベント結界を越えるとは、いや、トリビアに取り憑いていたから、すり抜けられたのか。


「それじゃあトリビア、神聖同盟のクソ雑魚どもも捕らえたようだし、あとは宝玉を守るだけだな」

「はい。ちなみに、その宝玉はどこにあるのですか?」

「実は、ここにはないんだよね。ある冒険者のアイテムボックスに預けてあってね、そいつは今頃、最前線で戦っているよ」


 嘘です。

 乱丸なら、すぐ隣の部屋でアスナの手伝いをしています。

 そもそも、宝玉とかのデータなんて、どこにも公開されていないからさ。


「それは危険なのでは?」

「大丈夫。彼が死んでも、リスタート地点に戻ってくるだけだし。彼の持つ宝玉を破壊しようなんて考えてもさ、ダンジョンの中でPKするしかないじゃん? その時にはイベントアイテムだから、死体の近くに転がるだろうし」

「そ、そうでしたか……ちなみに、その方の名前は?」

「それは秘密だよ、彼は、うちの領地の切り札だからね? ということで、トリビアも持ち場に戻って」

「かしこまりました。では、失礼します」


 そう話してから、トリビアは羊皮紙に一言。


『ありがとうございます』

『貴方は、取り憑かれていたのを知らなかったの?』

『はい。隠蔽スキル持ちの使徒です。今も私に取り憑いて、聞き耳を立てているはずです。気をつけてください』


 いえいえ、どういたしまして。

 それよりも、何の理由で脅されているのか知らないけど、それはそっちの事情だから頑張って。

 さあ。


 神聖同盟、ぶっ潰したくなってきた。

 

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