第8話・クエストは突然に。
ヨルムンガンド・オンラインに実装された【R・I・N・G】クエストシステム。
それは、一瞬で世界中のニュースやトピックを占拠するほどの勢いで、全世界に広がっていった。
さまざまな報道各社がこのシステム実装についてのコメントを求め、取材の申し込みを行ったのだが、ユメカガク研究所の公式見解はただ一つ。
詳細は、公式サイトのイベント情報に書いてあるだけ。
それ以上もそれ以下もなく、どのような企業や報道関係者の質問にもお答えできません。
私たちが語る言葉は全てがイベントのヒントとなり、【R・I・N・G】へと全てのユーザーを誘導してしまう可能性がありますので。
この件は、関係各位全てが口をつぐんでおりますことを、ご理解ください。
結果、報道各社もヨルムンガンド・オンラインのアカウントを取り、ゲーム内での取材合戦を開始。
だが、【R・I・N・G】クエストがいつ、どのタイミングで始まっているのか、誰にも分からなかった。
ただ、クエスト画面を開いた時。
【R・I・N・G】クエストが開始されました。
この一文のみが、いつのまにか表示されていることに気づいたユーザーも少なくない。
………
……
…
──ハーメルン郊外、メメント森林
未だ開拓民の手が入っていない森林地帯。
チュートリアルでは、この森林のゴブリン討伐任務があるのだが、それ以外にもオーガ種、上位ゴブリン種といった魔物の群れも出現することがある。
それを求めてハーメルンから出発する冒険者が多い中、このメメント森林の脇にある小さな領地のことなど、殆ど知れ渡ってはいなかった。
「どっ……せい!!」
巨大なバトルハンマーを振り回し、群がるゴブリンを吹き飛ばしているのはスーパーマックスという名の戦士。
ソロプレイヤーであり、ここ最近は素材集めのクエストを受けて、このメメント森林にやってきた。
彼の他にも、ここ最近になって冒険者ギルドとハンターギルドから素材集めのクエストが頻繁に発生するようになっているのだが、残念なことに鉱物資源集めのクエストについては、北方のブリューナク近郊の鉱山へ向かう必要があり、ハーメルンを主戦場としている生産者たちには厳しい状況であった。
そのため、ハーメルン近郊で集められる海産資源及び森林資源を集め、各ギルドにある【交換掲示板】を使って、資源を交換し、クエストをクリアするという手段が取られている。
そこに目をつけた冒険者たちは、自分達の集められる資源を可能な限り集めまくり、その中でも希少なレア素材を高額販売して財をなし、馬車や馬を購入して移動手段を得ようとしているのだが。
「おや、誰かと思ったらスーパーマックスか。調子はどうだい?」
「はろはろ〜」
ハルナとアスナの二人が、スーパーマックスの近くにやってくる。
すでにこの辺りのゴブリンは狩り尽くしたため、女二人でやってきてもそれほどの脅威は残っていない。
「誰かと思ったら、領主と書記官かよ」
「ま、まあ、その呼び方は合っているけど、せめて名前で呼ばない? 私にはちゃんとハルナ・ルーゼンベルグって名前があるんだからさ」
「私も、まあ、確かにハルナちゃんとこの書記官をしているけど。アスナ・アシタバって名前があるんですからね。フレンド登録だってしているでしょうが」
そう笑いながら突っ込む二人だが、スーパーマックスは悪気もなく。
「いや、まあ、名前を覚えるのって面倒だからさ」
「だったら、フルネーム表示にしろよ!! 常時、名前を表示していたら簡単でしょう?」
「いや、それだと魔物の群れが来ると訳がわからなくなる。ゴブリンAからZまで出てくると、どいつにどれだけ攻撃したのかごちゃごちゃになるから」
「それぐらい覚えて……って、ちょっと待って、なに、そんなにゴブリンが出ているの?」
力一杯のツッコミをしようとしたハルナだが、ふと、この森で出くわすモンスターの個体数について思い出す。
メメント森林の魔物の出現数はランダムではあるものの、最大は6。
仲間を呼び出すスキル持ちのモンスターがいたとしても、最大値+2までしか出てこないから8体が限界。
それなのに、スーパーマックスの説明では、その四倍ぐらいの数のモンスターが出てきたことになる。
「スーパーマックス、そのゴブリンって例え話? 本当に出てきたんじゃないわよね?」
「いや、この先の草原地帯に、ゴブリンの集落ができていた。まあ、どうにか討伐したけど、明らかに異常だ」
「……ねぇ、スーパーマックス。私たちをそこまで案内してくれる?」
「いくら出す?」
しっかりと案内賃を請求するスーパーマックスに、ハルナは懐から金貨を一枚取り出し、それを手渡す。
「たかが道案内に金貨一枚か。まさかとは思うが、【R・I・N・G】が関係しているのか?」
「まっさか。私たちがここにいるのは、森林の定期調査よ。うちのオワリがこのすぐ近くにあるの、わかっているでしょう?」
ハルナとアスナがやってきた理由はそれだけ。
森林の浅いところでは薬草や果実が手に入り、奥に向かうに連れてモンスターが出没し始める。
二人は定期的に、モンスターの生態調査を兼ねて、二人で森の中にやってきているだけである。
そこにたまたま、スーパーマックスが出くわしただけの話。
「まあ、俺もオワリに定住している宿があるからなぁ。着いて来な」
そのままスーパーマックスの後をついていく2人。
深い森の中を歩くためには、それなりのスキブが必要。
それがない場合、移動速度が減少してしまうのだが、スーパーマックスは速度を下げることなく、スイスイと先に進み、斥候のように周囲を確認すると、2人が来るのをじっと待っている。
「ハァハァハァハァ……あ、あの、スーパーマックスって、何かスキルがあるの?」
「ん? 【土地勘・森林】があるが?」
「うわ、私、それハズレだと思って引き直したのよ? そんなにいいスキルなの?」
「当たりスキルは、【土地勘・万能】ってやつ。北方のアマゾネスが持っているって話だが?」
「あ〜、噂のあたりキャラクターね」
キャラクターステータスも高く、スキルもアイテムもほぼ狙ったものを引いたキャラクターのことを、通称【あたりキャラ】とユーザーは呼んでいる場合が多い。
そのアマゾネスも、高ステータス+戦闘スキル5種+上級装備+従者という、とんでもなく運がいいキャラメだったらしい。
とまあ、そんな話をしつつも、どうにか森を抜けて草原の手前まで辿り着いた時。
スーパーマックスの足が止まり、姿勢が低くなった。
「二人とも静かに……」
「「ん!!」」
口を閉じて鼻で返事をする2人。
スーパーマックスはアイテムボックスから望遠鏡を取り出すと、それで草原を確認し始める。
(オークキャンプができている? それに、あの黒い壁はなんだ?)
草原の中に、木製の壁が出来上がっている。
その隙間から見えるのは、オーク、それも戦闘種と呼ばれているバトルオークが、最低でも30体。
すでに集落として完成しており、その集落の真ん中あたりに高さ5メートル、幅3メートルの黒い壁が出来上がっていた。
それを見て、スーパーマックスは2人にハンドサインで下がるように指示、すぐさまハルナとアスナは後退を開始し、声を出しても草原まで届かなそうな場所まで下がっていった。
「ゴブリンがいたの?」
「いや、バトルオークの集落ができている。その中に、黒い壁があったが、領主は何かしらないか?」
「いやいや、そんな知識ないし。アスナとスーパーマックスは、【伝承知識】のスキルって持っている? 多分、なんらかの伝承とかあると思うんだけどさ」
「そんな上級スキルなんてないよ?」
「俺は脳筋系スキルだ」
そうなると、一旦戻って対策を練り直すしかない。
流石に相手がバトルオークだと、スーパーマックスでも一度に相手できるのは良くても2体。今回のように集落を相手する可能性を考えるなら、もう少し手勢が欲しいところである。
「しなーない、戻りますか」
「そうだね。スーパーマックスはどうするの?」
「俺も戻る。そろそろ学校に行く時間だから」
「「学生かよ!!」」
2人同時に突っ込むと、スーパーマックスも頬をボリボリと掻きながら街に向かって歩き始めた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そして、ハルナたちが街に到着した瞬間。
『ピッ……緊急クエストが発生しました』
ハルナの目の前に、クエスト開始の文字が浮かび上がる。
「え? ちょ、ちょっと待って、緊急クエストが発生した!!」
ハルナが叫ぶと、真横を歩いていたアスナとスーパーマックス、そして街の中でハルナの声が届いたキャラクターたちが、一斉にハルナを見た。
「ちょ、ハルナちゃん、どんなクエストが発生したの?」
興味本位で尋ねるアスナに、ハルナは表示されたクエスト内容を読み上げた。
「……メメント森林奥に、ダンジョンゲートが発生。同時にガーディアンの群れが生み出されました。定刻までにガーディアンの群れを討伐してください……って」
──ポーン
都市全域に大きな音が響く。
そして街の各所に、数字のカウントダウンが開始された。
『告、ゲームリアルタイム48時間後に、大規模討伐クエスト【ルーゼンベルグ攻防戦】が開始されます。各ユーザーは参加希望ならば、ルーゼンベルグ領へと向かってください。繰り返します……』
各キャラクターの右腕に端末がモニターが浮かび上がり、クエストの告知が流れた。
ヨルムンガンド・オンライン初めての、大規模討伐クエスト。
まさかそのようなことが、自分の領地で発生するなど。
ハルナは頭を抱えて叫びそうになる。
そして、右腕に浮かんだ文字を見て、思わず絶句する。
『ピッ……ハルナ・フォン・ルーゼンベルグの【R・I・N・G】クエストが発動しました。繰り返します、ハルナ・フォン・ルーゼンベルグの【R・I・N・G】クエストが発動しました。同行者を選択しますか……』
ふと、ハルナは無意識にアスナを見る。
『ピッ……アスナ・アシタバをクエスト同行者と設定します。まだ、追加しますか?』
その問いには、ハルナは頭を左右に振る。
何が起きているのか、何故、私に発生したのか。
【R・I・N・G】が実装されてから、その詳細は誰もわからず、どのようなクエストなのかもわかっていない。
いや、正確には、【R・I・N・G】クエストについての情報は、皆、出し渋っているのである。
早い者勝ちで、富や財宝がリアルで得られるクエスト。
そのようなクエストの情報など、知った本人のみが独占するのが当たり前。
それ故に、【R・I・N・G】クエストについてはガセネタのようなものばかりが集まり、実際に始まっているのか、もう進めた人がいるのか、それは誰にもわからなかった。
ただ、ハルナはそのチャンスを掴んだ。
偶然だけど、アスナと共に、クエストを攻略するチャンスを掴めた。
そして、アスナも腕の横に浮かび上がった端末モニターを見て、さらにハルナの顔を見る。
「ね、ねぇ、これって本当?」
「うん……信じられないけど……一旦、領主館へ戻ろうか」
「そ、そうだね!!」
2人は走った。
すぐにでも対策を考えたいから。
そして、このチャンスを誰にも悟られたかないから。
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