第5話・祝・世界サーバー開放。ええ、こうなることは予想していましたよ
領主スタートというハードモードで始まった、私のヨルムンガンド・オンライン。
チュートリアルも着々とクリアし、街の中の商業レベル、工業レベルそれぞれの経験値は、順調に増え始めました。
ええ、農業レベルはゲーム内で秋にならないと収穫期が来ないので、それまでは近郊の森などから採取される果実などの販売などで増えているそうです。
大抵のことは、執事の乱丸くんが自動でやってくれますので、私の仕事は街の人からの陳情書を確認して、それに対して裁定を下すだけ。
これも役人を雇い入れて処理できるようになるそうなので、私は黙々と森に篭って、果物の採取ですが。
──オワリ近郊、メメント森林
「……あれ? 私はなんで果実の採取依頼を受けているのだろうか?」
オンラインゲームの醍醐味であるバトル、そう、バトルが足りない。
冒険者ギルドの依頼はなく、もっぱらハンターギルドからの依頼で食用動物の狩りとか、果物採取がほぼ日課。
薬草採取依頼はあるそうですが、この街の錬金術ギルドのレベルが低いために回復薬の製造成功率は3割程度。依頼で素材を集めるにも、そもそもの失敗率が高いために、完成品にもコストが上乗せされると、交易などで運び込まれる市販品のほうが格安なのです。
さて。
現実逃避はやめて、籠の中身を確認。
回収依頼はパーパムの実を50個、まあ、洋梨のようなものを50個ですよ。
この実は低木に生えていて、手を伸ばすと簡単に採取できます。
そのせいか、街の子供たちの小遣い稼ぎにもなっているらしく、木製の脚立を持ってきて採取している姿が、あちこちで見受けられます。
「うんうん、良いなぁ。この、のんびりとしたスローライフ。これで国際サーバー解放になったら……私は、何をすれば良いのだろうか?」
このまま領地経営をのんびりと?
フルダイブ式オンラインゲームの世界で?
「待て待て、国際サーバー解放って明日だよな!! あと何時間だ?」
──パン!!
頭の左側を軽く叩く。
この動作が、ヘッドセットの左側のリンクカットボタンに繋がっているので、叩いた瞬間に、すぐに目の前の風景の真ん中に【pause】の表示が出ます。
なお、これが出るのはチュートリアルだけで、フルオープンになると【不可視】という表示になり、誰も干渉できなくなるそうですが。
「今が、午後二時だろ? 国際サーバーの解放が……って夜の七時? 普通は正午とか深夜〇時じゃないの?」
そう考えて、公式サイトを確認するけど。
すでにサイトの右上には、ワールドリンクまでのカウントダウンが始まっている。
『ピンポーン。公式からのお知らせです』
そして届いたメッセージ。
すぐに内容を確認してみるけど、まあ、ワールドリンクに伴うアップデートについてのメッセージで、すでにバックグランドでのアップデートは完了しているためカウントダウン終了後には自動的にゲーム世界が開放されるらしい。
それに伴いチュートリアルの一部が修正されるらしく、チュートリアルもワールドリンク状態でのスタートとなり、大勢の人が協力して行うことができるようになるらしい。
「ふむふむ、これって討伐系チュートリアルもパーティを組んでできるように……ほう? 討伐系チュートリアル? そんなの知らないのですが?」
急ぎ、情報交換サイトを確認。
この一週間で、幾つもの情報サイトが生まれていてね。
今の最大手は、私が普段から使っている『ヨルムンガンド観光協会』っていうサイト。
有志により英訳と中国語、ドイツ語訳サイトが公開されていて、情報量もとにかく膨大。
取引掲示板とかもあるので、かなりお得に作られています。
「そうだよ、取引!! いや、その前に討伐系チュートリアルってなんだよ?」
急いでチュートリアルの項目を調べる。
そこには採取系、生産系、討伐系、学習系、経営系の項目があるので、まずは討伐系を確認すると。
「うわぁ、討伐のチュートリアルだけでも、ミッションが30もあるの? これはまた……で、討伐依頼のチュートリアルは、冒険者ギルドでチュートリアルの張り紙を剥がして提出……はい? そんなのなかったわよ?」
さらに細かく読んでいくと。
ゲーム開始初期は、プレイヤーは三つの都市のどこかに配置されるらしい。
一つ目の街が、武神ガイストを祀る都市【ブリューナク】。
ランダムスタートした場合は戦士系キャラクターのスタート地点になるらしく、近くに霊峰ハクアーネという山脈があるそうです。
そして地図アイテムを持っているユーザーの前情報として、この街の近くにはダンジョンや遺跡があるとか。
「……ほう? やっぱり地図アイテムを持っていると強いなぁ。それで、二つ目の街は……」
二つ目は、賢神グローリーを祀る都市【オデッセア】。
ランダムスタートした場合は、魔法使い系キャラクターのスタート地点とるそうで、巨大なパスディーナ大深林の中に存在し、近くにはいくつかの湖を有しているそうです。
この大森林を東方に抜けると、魔族の支配する【ディグレート帝国】があるそうで、しばしば魔族の冒険者を森の中で見かけることがあるとかいて……え?
「オデッセアの討伐任務に、魔族冒険者の討伐もあるの? はぁ? いきなりPvPが楽しめるの? いやいや、相手はNPC……って、報酬おいしすぎない?」
そう、魔族討伐はドロップ品が良いらしい。
詳細は書かれていませんけど、初期アイテムよりも良いものが、チュートリアルのクエストで、手に入る可能性があります……って。
「魔法使いならオデッセア。で、私の領地がある場所が、ここかぁ」
最後のスタート地点は、大地母神ナイルを祀る都市【ハーメルン】。
ランダムスタートした場合は生産系キャラクターのスタート地点となり、私のルーゼンベルグ領もここに当たるそうで。
このハーメルンは南方に広がるモーゲン湾に位置し、巨大港湾施設を有しており、さらに近隣にもいくつかの港町、森、小さな鉱山があるらしく、ワーディス王国でも有数の交易都市でもあります……って書いてありますね。
バトルジャンキーでなければ、ハーメルンスタートが最も良いらしく、チュートリアルで『交易レベル1』も手に入るって……マジ?
「それでさ、なんで私のチュートリアルには討伐系とか学習系がないわけ?」
あちこち調べてみるけど、どうも埒が開かない。
あかないなら開く、それが私の流儀。
「いい、自分で歩いて調べるわよ。リンクスタート!!」
ヘッドセットの右ボタンを押してゲームスタート。
そしてpauseを解除して冒険者ギルドへ移動。
………
……
…
──オワリ・冒険者ギルド
「ようこそ冒険者ギルドへ……って、これは領主さま、本日はどのようなご用件でしょうか?」
相変わらず寂れている冒険者ギルド。
掲示板にも依頼らしいものはなく、冒険者の姿もない。
「あのね、チュートリアルの依頼を受けたいのよ。あるでしょう?」
「はい、ご説明しますね。討伐系チュートリアル依頼についてですが、都市レベル3以上でなくては発生しません」
「へ? 都市レベル?」
「はい。このオワリの都市レベルはまだ0、レベルアップ処理が終わっていません。ですから、冒険者ギルドのレベルも0ですので、討伐系依頼どころか、ギルドとして機能していません」
──パン
思わず顔に手を当てる。
そうか、経営その他は乱丸に任せていたけど、レベルアップ処理は自分で上げないとならないのか?
「すぐに冒険者ギルドのレベルを上げて頂戴!!」
「システム処理は、領主の館でしか行えません。ギルドのシステム端末は都市レベル3から使用できますので」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
思わず頭の左を軽くたたいて、リンクアウト。
「よし、やることが決まった。まずは都市レベルの調整、そこから討伐依頼を受けてから、武器スキルを上げて冒険者レベルも上げないと……って、なんで私、そんな大切なことを放っておいて、のんびりとスローライフをしていたんだろう?」
そう考えるけど、答えは簡単で。
乱丸が、生産レベルと農業レベルをまず上げるべきって教えてくれたんだよね。だから、ハンターギルドで果実やら狩り系の依頼を受けてさ、経験値を領地経営に回していたんだけど……。
「まて、まだ慌てるときじゃない」
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して喉に流し込む。
おっと、口元から溢れてシャツを濡らしてしまったか。
「はぁ、ベタベタする前にシャワーを浴びて、一旦、ご飯食べてきてから再開するか。まあ、チュートリアルだって、オープンワールドになってからでも楽しめるって書いてあるし。ここは公式を信じて、少し情報を集めてからにしよう、よし、この時間ならサイバリアンも開いているよな?」
近所にあるファミリーレストラン・サイバリアン。
最近のオススメは『スパイシーラムチョップ』、これとピザを食べながら、昼間からワインを嗜む。
いや、こう見えてもお金はあるよ、仕送りじゃないよ?
大学院に進んでから、特許を一つ取っていてね、それの使用料が振り込まれているからさ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──自宅
うん。
オープンワールドまで、あと30分。
サイバリアンでしこたま飲んで食べてさ、帰ってきたら睡魔に襲われてね。
目覚ましを掛けて30分ほど仮眠したら、起きたら30分前。
「……はぁ、やっちまいましたよ〜。まあ、せめて都市レベルだけでも上げておかないと……」
ヘッドセット装着、からのリンクスタート。
チュートリアルのpauseを解除して領主の館へ移動する。
そして扉を開くと、すぐ目の前にはかわいいショタ少年の乱丸くん。
「あ、おかえりなさい領主さま!!」
「うんうん、乱丸はかわいいなぁ。まあ、それはそうとして、都市レベルを上げたいのだけど、経験値はどれぐらい溜まっているの?」
「はい、全て生産と工業に全振りしましたので、何もありません。その代わり、生産と工業の二つのレベルは2レベルになりましたよ!!」
「そうか、それは凄い……いま、なんて言ったの?」
待て、まだ慌てる時じゃ……慌てる時でしょうが!!
「ですから、こちらが今のルーゼンベルグ領のレベルです」
──ブゥン
ルーゼンベルグ領(経験値12)
都市レベル:0
領民:1レベル
治安:0レベル
経済:1レベル
生産:3レベル(農業3工業3漁業3)
工業:0レベル
軍事:0レベル
はい。
私が愛想よく話したり、手を振ったりしたので領民からの信頼度、つまり領民レベルは1のようですね。
生産は三つの項目の平均値なので3なのか。
都市レベルは、六つの項目の平均値って、待て待て、それって難しくないか?
しかも四捨五入じゃなくて切り捨てかよ。
「な。なあ、乱丸。この領地経営って、かなりハードじゃないか?」
「はい。最低でも【領地経営レベル1】のスキルが必要でして。それを所持していると、最初から都市レベルを含めた全てのレベルが1に格上げになります」
「……そんなスキル、どこにあるんだよ」
「王都の貴族学園クエストでも修得可能です。また、【良貴族の証】にもスキル付与されています」
ぬぁぁぁぁぁぁ。
絶望しか見えない。
「それと領主さま、オープンワールドになりますと、このオワリとハーメルンを結ぶ街道が開放され、ユーザーの皆さんもこの地を訪れますので」
「あ、そ、そう? それってどういう利点があるの?」
「はい。我がオワリでの売買は、都市の経験値になります」
「……参考までに、不利な部分は?」
「現時点では、治安維持の騎士も、自警団も居ませんので。モンスター襲撃とかに対応できず。なおかつ、冒険者ギルドも機能していません。治安レベルがゼロなので、ユーザーによる暴漢や泥棒が出ても対応できず、この都市は無法地帯となる可能性があります。このいかれた領地へようこそって感じになりますね」
ん。
チュートリアルの段階で、詰んだ。
なんで、こうなった?
「ら、乱丸、どうしてこうなったの?」
「そもそも、私は生産及び工業特化です。都市経営の手腕なら、セバスチャンさんが最適でしたし、治安及び軍事ならマルガレートさんが最適でしたのに」
「そうか、最初の執事の設定か!! なんで説明してくれなかったの?」
「いえ、ちゃんと説明は書いてありましたよ。でも、領主さまは私を見て、すぐに契約したじゃありませんか?」
あ。
あれ、私がやらかしたのか?
それなら、私ができることは?
「乱丸、都市経験値配分を変更して、最優先は治安維持のための治安と軍事に」
「レベル1にするには、経験値100ずつ必要です」
「い、今から稼ぐのは?」
「私なら、生産と工業レベルを上げるのは容易いですけど。どちらかを1にすれば都市レベルも1になりますが。その時点でボーナスが入りますので」
改めて、領地データを確認。
この数値を上げる方法……って待てよ?
この状態で、使えるスキルがあるんじゃないか?
「まさか……『FS±5』、起動」
──ブン
私の言葉で、全てのランクが点滅した。
ま、待て待て、これってやばくないか?
こんなに万能なスキルを放置していたのかよ、この運営は……。
「いや、ちょい待ち……この使い方すら、運営は予測していたとすると。むしろ、使わせる気満々で、このアビリティを配置したのか?」
そんなことを考えるが、今は先に都市レベルを上げるのが先決。
そして、ワールドリンク5分前に、完成したのがこれ。
──ブゥン
ルーゼンベルグ領(経験値12)
都市レベル:3
領民:4レベル
治安:4レベル
経済:4レベル
生産:4レベル(農業4工業4漁業4)
工業:4レベル
軍事:3レベル
都市レベル4にするには、私の爵位が男爵ではなく伯爵でなくてはならないらしく。ここが爵位システムによるカウンターストップらしい。
だから、平均値が4にならないように、ひとつだけ3のまま。
各ステータスは、都市レベルと同じレベルまでしか効果は発揮されないので、4にする必要はなかったんだけど、あとから修正できな系不味いから、一つだけ3にして、残りは全て4にしたよ。
「領主さま。都市レベルの変更に伴い、取り扱い商品及び領民が大きくアップデートしました。これよりワールドリンク用にサーバーへのアップデートデータを送信します」
「了解……もう、疲れたよ」
どっかりとソファーに腰掛けて、胸元のボタンを緩める。
動きやすいようにと男装していたから、首元もきつくてね。
だらしない格好だと、領民の受けが悪くなるんだよ……。
そんなことを考えていると、目の前に巨大な10の文字が浮かび上がる。
それほゆっくりとカウントダウンを開始し、それが0になった瞬間。
──ドォォオォォン
街のあちこちで花火が上がった。
「領主さま!! 花火が上がりましたよ! ワールドリンクが始まりました」
「そうだな……もう、こんなに慌てたのは久しぶりだよ」
ベランダから街を見下ろすと。
ようこそ。
ヨルムンガンド・オンラインへ。
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