狙撃

川谷パルテノン

スナイパー

 屋根裏にスナイパーが棲みついた。スナイパーは屋根裏に棲みついてからというもの来る日も来る日もその翌る日もスコープを覗いていた。お母さんが業者を呼んで駆除してもらおうと言った。お父さんは可哀想だからもう少し見守ってあげたらどうだという。お姉ちゃんはマッチングアプリにハマり気味だった。とりあえずもう少し様子見すると家族の見解として合意し、僕らはスナイパーを屋根裏に住まわせることにした。僕はスナイパーが屋根裏に棲みついてから屋根裏に行く機会が増えた。むしろスナイパーが棲みつかなければ屋根裏なんて立ち入ったこともなかった。その日も僕が屋根裏に入るとスナイパーはじっと動かずスコープを覗き続けた。もしかしたらもう死んでしまったのかもしれないと思って怖くなって、お母さんが作ったカレーをそばに置いて逃げるようにして屋根裏を後にした。夜になってお母さんが晩御飯を持ってくついでにカレー皿を取ってきてよと僕に言った。僕はヤダよと言った。今、戦国無双がいいところなんだと嘘をついた。本当はスナイパーが死んでいるかもしれないので近づきたくなかったのだ。それでお姉ちゃんに代わりに行ってよと頼んだ。お姉ちゃんはマッチングアプリで知り合った男の勧めでコンクリートの塊をヤスリで研磨するのに夢中で僕の話なんか聞いちゃいない。僕は嫌々ながら屋根裏に向かった。スナイパーが棲みついてから開けっ放しの天井窓に梯子をかけて右手にエビピラフを持って上がった。恐る恐る懐中電灯で屋根裏を照らすとスナイパーはスコープを覗く姿勢のままでじっとしていた。ただ空になったカレー皿に気がついた時少し安心した。生きてたんだねと声をかけてみたけれどスナイパーは反応しなかった。僕がエビピラフをスナイパーの近くに置いてまた梯子の方に戻ろうとした時、スナイパーが初めて言葉を発した。

「水、ください」

 僕は興奮した。もちろんあるよと言った。滑るように梯子を降りてコップにお茶を注ぐとそれを持ってロケットの勢いで屋根裏に戻った。

「ありがとう」


 次の日の朝、屋根裏に戻るとスナイパーがお漏らししていた。ニオイで分かった。むしろ今日までよく我慢できたなと思う。ひょっとしたら誰にも見られないようにトイレを使ってたのかもしれないけれど。僕はお父さんのパンツとパジャマズボンとファブリーズをそっと差し入れた。夕方、学校から帰ると屋根裏のスナイパーは下半身だけパジャマ姿になっていて僕はにっこりした。

 けれどその日の夕飯は最悪だった。お姉ちゃんがマッチングアプリの男を家に呼んだからだ。お父さんは激怒していた。マッチングアプリの男はお姉ちゃんにだけでなく僕たちにもコンクリートの研磨を勧めてきたからだ。男とお父さんは揉めに揉めて揉み合いになった。お姉ちゃんは泣き叫んでいたけど男同士の本気の揉み合いには僕もお母さんもどうすることも出来なかった。だけどこのままじゃお父さんが……僕は屋根裏に向かった。

「スナイパー! お父さんが大変なんだ!」

 スナイパーは無言でスコープを覗いていた。

「なんだよ! お漏らしのこと黙ってやってたのに! スナイパーの意気地なし! もう頼まないよ!」

 僕は台所に戻った。男はお父さんに馬乗りになって跨り、両手に抱えたコンクリを振り上げた。お父さんが殺されちゃう!

 その時だった。バスンと音がして男の体が突然崩れ落ちたのだ。何が起きたのか最初はピンとこなかったけれど僕はもしやと思って屋根裏に再び入った。

「スナイパー」

 スナイパーは何も言わなかった。けれど光が遮断されていたはずの屋根裏床からわずかな灯りが差し込んでいた。

「スナイパー、お前だったのか」

 僅かに差し込んだ光に照らされて、白っぽいけむりが、まだ筒口からお漏らししていた。

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狙撃 川谷パルテノン @pefnk

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