終章

第62話 信じられない

 城内が騒がしい。ミックは訓練所へ向かおうと一人歩いているところだったが、一番近いベルの部屋へと行き先を変えた。ミック達は城内での行動を制限されている。旅のことを知らない者に会わないように行動しなくてはいけないからだ。基本的には王族の居室のある西の塔にいる。訓練所へどうしても行きたい場合は、部隊が他の場所で訓練していて、絶対に誰にも合わないことが条件だった。


 ドアをノックするとすぐにベルが開けてくれた。


「騒がしいわね。何かあったの?」


心配そうな顔をしている。


「わからない。ベルは何か知らないかなって思って来たんだ。」


ミックは首を振った。二人で窓から外の様子をうかがった。ベルの部屋の窓からは訓練所が半分程見える。何やら兵士が大勢集まっている。おかしい。この時間はどこの部隊も使用していないはずだ。だから先程ミックは行こうとしたのだ。


「あ、あれ!」


ベルが空を見て息を呑んだ。視線の先を追ったミックも驚愕した。


「ラズ!?」


緋色のドラゴンが訓練所の上空にいた。バサリバサリと翼を羽ばたかせて、滞空している。次の瞬間、口を大きく開けて真っ黒い炎を吐き出した。兵士たちは慌てて避けていく。木や草に炎が燃え移り不気味にメラメラと黒く揺らいでいる。


 ミックは部屋を飛び出した。後ろでベルが何か叫んでいたが、無視して突っ走った。誰かに見られるとかそんなことは今どうでも良かった。ラズはあの姿を人に見られることを嫌がっていた。こんな明るい時間に城の敷地内で变化するはずがない。それに、ラズは無意味に人を攻撃しない。明らかに異常だ。


 訓練所は大パニックだった。消火の指示を出したり水を運んだりラズに向かって矢をうったり(全部燃やされていたが)と同時に様々なことをしていた。


「何だ、あいつは!」

「あれだって、第一部隊に前いたラズってやつだってよ。」

「え、近衛兵なのか?」

「さっき、突然変身したんだって!」


ざわざわと戸惑う兵士たちの会話が耳に入ってきた。变化したのを見られてしまっている。ありえない。ラズは絶対にそんなことしない。しかし、上空にいるドラゴンは間違いなくラズだ。数珠がドラゴンの真下に落ちているし、あのガーネット色の瞳は見間違いようがない。


「ラズー!降りてきてー!!」


ミックは数珠を拾い、なりふり構わず叫んだ。周りの兵士の視線が一気にミックに集まった。しかしすぐにその視線は外れた。ラズがまた黒い炎を吐いたからだ。


 ミックは走って炎をよけた。ラズを見ながら走っていたら誰かにぶつかった。


「いたっ!あ、ごめんなさい。」

「退いてなさい。」


ひどく冷静な声だ。金色の長い髪をひっつめにした女性がいた。腕章をつけている。そこにはⅣと記されていた。第四部隊だ。しかも星が四つついている。ということは、部隊長だ。


「氷の魔女…!」


ミックは小さくつぶやいたが、氷の魔女アステラは聞こえなかったのか全く意に介さずラズを睨みつけていた。


「やはり、我らエンの民に仇をなす者だったか。私はお前を気に入っていたんだがな。」


アステラはまたたく間に氷で巨大な棘を作った。腕をぶんっと勢いよく大きく動かし、それをラズに向けて飛ばした。


「ギャー!!」


ラズの左翼を掠った。掠ったところからパキパキと凍っていく。ラズは何とか羽ばたいて滞空しているが、先程よりふらふらしている。アステラはすぐ第二の棘を作った。


「何をしている?」


ミックは棘の前に立ちはだかった。


「ラズを攻撃しないで下さい。彼はエンの民を攻撃なんてしない。何か訳があるんです!」

「何を根拠に?見ろ。目は真っ黒で影もない。あれは最早ガラ。討伐対象だ。」


アステラはミックを睨みつけた。それでもミックは怯まずどかなかった。アステラはミックを無視し、軌道を少し変えて棘を飛ばした。


「やめて下さい!」


ミックはアステラにタックルした。アステラはよろめいて尻餅をついたが、すでに棘はラズに一直線に向かっていた。ああ、当たってしまう!と思った瞬間、氷の壁がラズの前に現れ棘を遮った。 


「大丈夫か、ミック?」


シュートだった。アステラと一緒に倒れていたミックを引っ張り起こした。


「おーい!!ラズ!どうしたんだよー!!」


シュートの声は全く届いていないようで、ラズはさらに高く上がり、南へと向きを変えて飛び去ってしまった。 


「お前…!」


アステラが立ち上がった。物凄く怒っていても、構うものかとミックは振り向いた。しかし、怒ってはいなかった。ただただ驚いている。


「し…んじ…。」


信じられないと言われても仕方がない。上官に 逆らうなんて本来ならば除隊ものだ。しかし、事態が事態だ。きっと説明すればわかってもらえる。ただ、今はアステラにラズのことを理解してもらうときではない。


ミックは王に会いに行かなくてはと思いシュートの腕をつかんだ。しかし、シュートは動かない。アステラを驚いた顔で見つめている。


「シュート!ラズを助けにいかなくちゃ!」


シュートはミックの声が聞こえていないようだ。アステラを目を丸くして見つめている。


「シュート!!」


ミックはかなり強めにシュートの腕を引っ張った。シュートははっと我に返ったようで、踵を返しミックについてきた。

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