第61話 自覚
今回の会議は、理望の正体を聞くだけで終わった。
「情報を整理する時間が必要だろう。」
と王が言って解散になった。人の心をよくわかっている。聞いているときは、話の流れになんとなくついていっているつもりでいた。しかし、部屋に戻り話を思い返したミックは、あまりに突拍子もない内容だったので、受け止めきれず頭を抱えた。あれ以上の情報は、確かにもう入りそうもない。少し消化する時間が必要だ。
理望の正体と倒すという目的はわかった。しかし、手段は?これまでの旅で見てきた理望は、強力で、得体が知れない、不気味で恐ろしい敵だった。きっと真正面から対峙しても勝てないだろう。そもそも神に人間が対抗できるのだろうか。
ミックがぐるぐると考えを巡らせていると、ノックの音が部屋に響いた。
「どうぞー!」
ベルかな、と思いながら返事をしたミックは、ドアをおずおずと開けた相手を見てベッドから跳ね上がった。
「失礼します。今お時間よろしいですか?」
ザーナ姫だった。ミックは慌てて膝まずいた。
「我らが光なる陽月家のひ…。」
「ああ、良いのです!私のわがままでお邪魔していますので、作法などお忘れください。」
最近は作法を飛ばしてばかりだと思いながらミックは立ち上がった。
「姫様、どうなされたんですか?」
ザーナ姫は目を伏せ頬を赤らめて、もじもじしている。めったに冴えわたることのないミックの勘が、ここにきて本領を発揮した。
「あ、もしかしてディルのことを聞きたいんですか?旅での様子とか?」
ザーナ姫の顔がさらに赤くなった。図星のようだった。ミックは自分の勘の良さに、少し悦に入った。
「あの…ご迷惑でなければお聞かせください。私のせいで酷い目にあっていないか心配で。父上の話しぶりから、ミック、あなたが一番正直に話してくれそうだったので…こうして押しかけてしまいました。」
王は一体自分をどのように評しているのだろうかと少し疑問に思ったが、気にしないことにした。ミックは姫に椅子に座るよう勧め、ディルについて話しだした。
とても頼りになるリーダー的存在だったこと、フォローの達人だったこと、ガラを鮮やかに倒したこと、知識が豊富だったこと、そして…
「ディルは姫様の回復を何よりも望んでいました。謁見の間では何も申しませんでしたが、姫様の元気そうな姿を見て心底安心していました。」
笑顔で話を聞いていた姫の瞳が潤み出した。余計なことを言ってしまった、とミックは後悔した。今後会うことさえないかもしれない想い人の気持ちが自分に向いていたとして、それはどうしようもないことではないか。喜びと同時に切なさが押し寄せてくることだろう。
「すみません…ありがとうございました。ミックは話がお上手ですね。」
姫は涙が流れ出る前にスッと拭った。
「あなたのその明るさが皆を支えたことでしょうね。ラズも随分雰囲気が変わりました。昔はいつも気持ちを張り詰めていて、全てが気に入らないって顔をしていたのに。」
ザーナ姫はふふっと笑い、もう一度ミックに礼を言って部屋を出ていった。
姫に悲しい思いをさせてしまったかもしれない、とミックは一人残された部屋で珍しく悩んだ。姫からすれば、ディルとの別れから一ヶ月も経っていないのだ。気持ちの整理がついていないだろう。話すことを断った方が良かったのだろうか。ミックはやりきれぬ思いになった。
もし、自分が急にラズに会えなくなったら、と考えてみると、抱えきれない悲しみに押しつぶされそうだった。それでも、相手がどうしているか知りたいだろうか。
…いや、ちょっと待て。ラズ?
姫の立場を自分に置き換えて考え、ごく自然にラズに会えなかったら、と想定したが、何で相手がラズなのだ。ザーナ姫はきっと、ディルを心から愛していた。そんな思いを持った人に自分を重ねる想像で、自然とラズを相手にしてしまった。
ということは、自分はラズのことを特別な人だと思っている?
『答えは既にあなたの中にあるわ。そのうち自ずと出てくるわよ。』
ベルの言葉を思い出した。まさかこんな形で答えが出るとは思ってもみなかった。
「ラズのこと…好きなのかぁ。」
一人声に出してみると、とても恥ずかしい。しかし、自分の気持ちにしっくりくる。一体いつから、ラズのことをそんな風に思っていたのだろうか。少なくとも、ラズが目の前で变化していなくなってしまった時には、この気持ちは持っていたように思う。
理望を倒して旅が終わったら、きちんとラズに伝えようとミックは心に決めた。
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