第56話 決戦

 街から離れた人気のない場所に一行は移動した。そこでラズは数珠を外した。もくもくと黒い煙に覆われて、ラズはドラゴンへと变化した。真っ赤な鱗が陽の光に照らされてキラキラと輝いて美しい。ミックは見惚れてしまった。


 ラズが苦しくなく動きやすいようロープを結び、全員が乗り込んだのを確認し合った。


「ラズ、いいよ!」


ディルの声で、ラズは翼を大きく広げ飛び立った。


「うわー!いい景色!!」


ミックは運んでもらうのは二回目だ。しかし、一回目のときには意識がなかったので、飛ぶとはどんなものなのかわからなかった。今ラズの手に握られて、馬が駆けるよりもずっと速く移動している。揺れも風圧もすごい。しかし、そんなことが気にならないほどの絶景が眼下に広がっていた。


隣のシュートも見惚れて声さえ出ないようだ…と思ったが違う。気絶していた。呼びかけたが返事がないので、そのままにしておくことにした。


「この辺りかしらー?!」


ベルが叫んでいる。ラズはスピードを落とし、ゆっくりと着地した。ラズはまずミックをそっと地面に下ろした。ミックはしっかり地面に足をつけ、意識のないシュートを受け取った。そしてベルとディルが降りたのを確認し、預かっていた数珠をラズの左手の人差し指にはめた。眩い光りに包まれ、ラズは人の姿に戻った。


ミックが声をかけながらペチペチと軽く頬を叩くと、シュートは目を覚ました。


「し、死ぬかと思った…。」


シュートは高所恐怖症なのかもしれない。


「お前の魔法が今回の作戦では重要なんだ。しっかりしろ。」


ラズに言われてシュートは気を取り直したように、背筋を伸ばした。


 一行はラズとベルが誘導する方へと慎重に移動していった。周囲を見渡してみると、何だか見覚えがあった。以前ラズを探しに来たところの近くだった。


「あの中かしら?」

「そうだな。」


ベルとラズは足を止めて、前方の洞穴を指し示した。予想はしていたが、やはり陽の光の届きづらいところにいるようだ。


「一人ではない。三人…いや、五人か。」


想定内の人数だ。作戦に変更はなさそうだ。


 ミック達は先頭にラズとベル、真ん中にシュート、後ろにミックとディルという隊形を組んで洞穴へと入っていった。


 洞穴の中には光が差し込んでいたが、奥が深いようで先の方は暗く見通せない。突然、奥の方から暗闇が広がってきた。光の届いていた入口付近まで真っ暗になってしまった。


「予想通りね!」


そう言って、ベルとディルが手に持っていた篝瓶を掲げた。ぱっと周囲が明るくなり洞穴の奥に人影が見えた。一人が何かを投げる仕草をした。ミック達は身構えたが何もとんでくる気配はない。


「上だ!」


ラズの声で洞穴の天井を見ると、ブーメランのようなものが頭上に迫っていた。ミックたちには当たらない位置だが、天井からぶら下がっている氷柱は確実に落とせそうだった。


最初から狙いはそちらだったのか、とミックは剣を構えた。ラズに見繕ってもらった物だった。ラズの剣より少し細身で、ミックにはより扱いやすい物だった。握るとまだ少し震えそうになる。そんな時は仲間の顔を思い浮かべる。大切に思う気持ちが恐怖を上回ることを、ミックはわかっていた。何度もラズに付き合ってもらい、そうやって恐怖心を抑える訓練をした。


手は震えない。大丈夫だ。


「シュート、屈んで!」


ミックの声で屈んだシュートを全員で囲むようにし、落ちてくる氷柱をそれぞれ弾き飛ばした。


氷柱の攻撃が落ち着いた頃、ミックは素早く弓矢に持ち替え人影をうった。矢は事前にシュートに氷をつけてもらっている。当たらなかったとしても、近くに刺されば凍って足止めしてくれる。


一本は心臓に命中したようだった。人影が崩れていったのが見えた。ミックに狙撃を止めるようラズが合図し、全員で距離を詰めた。


ミックは再び剣に持ち替えた。姫の真名を知ったゾル以外はミックの矢で足元が凍っておりその場から動けなくなっていた。ラズとディルは容赦なく心臓を突き刺した。ベルは強烈な回し蹴りを食らわせた。三人のガラは消滅していった。


「役立たずめ…!」


やまびこのようなぼんやりした声で、ゾルが悪態をついた。


「さあ、詰みだ。」


ラズが剣を構えて近寄った。ゾルが北の館でやったときと同じように闇を広げて煙幕のようにしようとした瞬間、シュートの魔法がそれを捉えた。雪崩にあったときのように、氷でボールを瞬間的に作った。


今回中にいるのはミックたちではない。例のゾルだ。ミック達は始めからそれを狙っていた。闇に紛れて逃げられないよう、今回はシュートの魔法でまず捕獲することを目的にした。シュートには魔法に集中してもらうよう中央にいてもらい、守りやすい陣形にしたのだ。


「上手くいった…!」


作戦の成功に、シュートは自分で驚いているようだ。ボールの中は真っ黒だ。しかし徐々に靄のようだった黒い塊が人の形に収束していき、ザーナ姫の幽霊のような姿になった。


ミック達は氷のボールを押して洞穴の外へ移動させた。陽の光が当たり、ゾルは苦しそうに身をよじった。


「さて、あなたには聞きたいことがあるのよ。」

「答えるとでも?どうせ消されるのに。」


ゾルは自嘲するように笑った。ディルが顔を背けた。


「ミック、ディルと向こうに行っていろ。こっちでどうにかする。」


ラズに言われた通り、ミックはディルを連れて離れた。ディルには酷な話だ。愛する女性と同じ姿の物が邪悪の塊のような表情をするのだから。


「ごめん。ありがとう。」


木の根元でディルはしゃがみ込んだ。泣きそうな顔をしている。ミックは隣にしゃがみ、ポンポンと背中を叩いた。

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