第30話 呪われた一族

 昼休憩が終わった。いつもは馬に乗って移動しているミック達だが、今回は話を聞くため荷物と一緒に幌のある荷馬車に乗る。ベルの顔には、いつもの余裕を感じさせる微笑みがなかった。


「昨日の失礼な近衛兵が言っていたことは、本当なのよ」


さすらい人は呪われている……。衝撃的な事実に、ミックは両膝を握る。


「前にディルは少し話をぼかしたわ。私達は陽月家から命ぜられて隠密活動をしていた一族の子孫だと言ったわね?」


そう、バートを立つ前に聞いた混沌の時代の話だ。ミックは黙って頷いた。


「この国が平和になった後、その一族がさすらい続けたのは、この生活に未練があったからじゃない。呪われたからなの」


隣に座るシュートが、ごくりとつばを飲む音が聞こえた。


「その呪いは、長く一箇所に留まると子孫が出来ない、つまり子供が生まれなくなる体になるというものなの。呪いは常闇の鏡が封印された時、この国が平和になることを嫌ったガラにかけられたそうよ」


常闇の鏡の封印はおよそ千三百年前だ。そんなに長く続く強力な呪いをかけられるガラがいたのだと思うと恐ろしい。そして何より、呪いの内容が残酷だ。膝を握るミックの両手に更に力が入る。


「私は昔、人攫いにあって農場で下働きをさせられた時期があったの。その時はまだ呪いの詳細は知らなかったんだけど……さすらい人の子供は一箇所に留まると呪いが発動するってことだけはしつこく教えられるから、どうにか逃げ出したわ。でも、遅かった」


ベルは突然着ているワンピースの裾をたくし上げ始めた。ベルはワンピースの下にピッタリとした動きやすいズボンも履いているが、シュートは慌てて目を覆った。


「いいから、見て」


ベルのへそ周りに入れ墨のように不思議な紋様が浮かんでいた。へそを中心に蔦が這うかのように下腹全体に広がっている。ベルはミック達が見たのを確認すると、ワンピースを元に戻した。


「これが呪いの紋様。浮かび上がったら解呪はできない。さすらい人は呪いが発動した者とは、結婚しないことになっているわ」


だから先程、あんなにひたむきなツイストがあっさりと引き下がったのか…と理解はしたものの、何て酷いことをするのだろう、と呪いをかけたガラにミックは燃えるような怒りを感じた。


「子供ができないことに加えて、副作用とでも言うのかしら?視力が異常に上がったり嗅覚が犬並みに鋭くなったりするわ。私の場合は、膂力の増強みたい。でも、それ以外は他の人と何も変わらないから、特に生活に不自由はないのよ。呪いとは関係なく子宝に恵まれない人もいるし」


大したことではないというようにベルは話す。その軽い口調は、呪いにかかった者の悲しみをより一層浮き彫りにしていた。自分の家族を持つことを一生許されぬ身。ミックの想像も及ばない程の絶望感や孤独を、ベルは笑顔の下に抱えている。


「そんなの、ねぇよ。この国の平和のために戦ったのに。それに……それなのに、昨日のやつら、それを蔑むように話してた。おかしいじゃねぇか!」


シュートは拳で自分のすぐそばをガンッと殴りつけた。こんなに怒ったシュートを見るのは初めてだった。シュートの指の関節の皮は擦りむけていた。


「あの感じだと、彼らは呪いの詳細は知らなさそうだったわね。陽月家は把握しているでしょうから、王子が『呪い=穢らわしい』って考えてるんじゃないかしら」


ベルが苦々しい顔をして言った。ミックは式典等で王子を見かけたことがあったし、講演を聞いたこともある。とにかく真面目で、自分の考えを曲げなさそうな、強い信念を持った人物に見えた。


この旅のメンバーが占いではなく誰かの考えで選ばれているのだとしたら(十中八九、王様だろう)、王子はそれに反対したのだろう。王子の思う穢れのない者達にしたかったに違いない。


「へぁ!」


ラズが突然幌の中を覗いたので、ミックは変な声を出してしまった。


「貴様ら、なぜ馬ではなくここに?」

「女子会よ。あなたこそ、突然どうしたの?」


ベルが即答した。ミックとシュートはばっとベルの方を見た。……女子会?


「物音がしたから確認しただけだ」


先程のシュートが馬車を殴りつけた音が外まで響いていたようだ。


「……シュートも含めて女子会か?」


ラズは至極真っ当な疑問を口にした。


「そうよ。女性特有の体の悩みのことで、医療知識が必要だったの」


よくすらすらと嘘を述べることができるなとミックは感心してしまった。シュートはそれっぽくうんうんとうなずいている。私には無理だ、と思った瞬間ラズがミックに目を向けた。


「そうなのか?」

「うん……うんうん、そう!」


ミックは即座に目をそらした。……まずい。ちらりと横目で見たラズの表情から、ミックが誤魔化そうとしているのがばれたことがわかった。


「……ベル、ごめん」

「……あーもう!これじゃ、ラズが疑心暗鬼になっちゃうじゃない。あなたも、こっちに来なさい!」


ラズはベルに馬から引きずり下ろされ、幌の中へと入れられた。


「余計な気を遣ってほしくなかったし、心配掛けたくなかったから嘘をついたわ。ごめんなさいね」


ベルは謝罪してから、さすらい人の呪いについて話して聞かせた。ラズは表情を変えず、言った。


「知っている」


ベル、ミック、シュートは驚いてラズを見つめた。


「以前王都でさすらい人が興行を行った時、王家も見物したことがある。その時俺が王達の護衛についた。興行の後にザーナが自分も軽業を披露できるようになりたいと言ったら―ー」


兄の王子は呪われた連中だ、そんなことを言うのも思うのも許されないと激怒した。一方で妹の姫は、この国を守り犠牲となったさすらい人にそんな言い方はないと、反論し兄妹喧嘩が勃発したそうだ。王が仲裁に入り止めたが、その喧嘩が聞こえる程度に近くにいたラズは、さすらい人とその呪いについて聞き知った。


「もちろん口止めされた。が、この場合もう良いだろう」


確かに近衛兵は王族が式典やら何やらで、外部に顔を出す際にすぐ側で護衛する。ミックはまだその任務に着いたことはないが、任務に着くと王族が持つ機密情報を聞いてしまうことがあるのならば、今後も着かない方が良さそうだ。


「貴様ら二人だけが話を聞いていたのは……盗み聞きでもしたのか?」


いつものことながら、察しが良すぎるラズ。


「いやぁ、だって告白されてたら気になるじゃねぇか」


隠す気がさらさらないシュートが頭をかきながら言った。


「告白?」


ラズはわけがわからないといった顔をベルに向けた。ベルはそれには気付いておらず、シュートのみぞおちに正拳突きをお見舞いしていた。呻くシュートに同情しつつ、確かに言わなくていいことだった…とミックは首を振った。


結局ツイストが告白した件とベルの呪いが発動していることも伝えることになった。その話を聞いてもラズの顔色は変わらなかった。


「お前もしかして、この話も前から知ってたのか?」


シュートが首を傾げた。


「いや……初めて知った。ベル、これも口止めされたのだが……それに期待させるのもどうかとは思うが……あの時、喧嘩の仲裁をした時、王は解呪に全力を挙げていると言っていた。少なくとも、さすらい人を哀れな犠牲者で終わらせまいと動いている」


ラズはそう言うと、狩りに行く予定だからと幌馬車から出て行った。


「全く、ラズったら……期待しないで待つことにするわ」


いつもとは違う少し悲しそうな、それでいてどこかくすぐられたかのような軽い笑みを、ベルは浮かべた。その顔を見てミックはほんの少し、心が軽くなった。王の解呪が上手くいくといいと切に願った。





 城の集配係は、王への郵便物をより分けていた。いつもと変わり映えのしない報告書や陳述書の間にそれを見つけた。


「これは……!」


集配係はひゅっと息を飲む。王から言いつけられていた。赤い縁取りの封筒で出し主の名前がフリードリヒとなっている手紙が届いたら、いつ何時であろうとも真っ先に王の元へ届けること、と。


集配係は慌てて執務室の王へ手紙を届けた。



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