第31話 固まった心

 王の執務室にはガラス製の職人技の光る繊細なランプが立ち、象嵌細工の施された机が堂々と構える。窓から差し込む日はアンティークの家具たちを渋く輝かせる。呼び出されたジェーン王子の表情は厳しく、それらの調度品には目もくれない。王はトントンと机の端を指で叩きながら言った。


「その顔、なぜ呼ばれたかわかっているな」

「確信はありません」


ジェーン王子の表情からはなんの感情も読み取れない。目を合わせているようで、実質王を通り越し遠くに視線を据えている。


憂衣ういを目覚めさせるための旅を邪魔した。間違いないな?」


しばらく沈黙が続いたが、ジェーン王子は頷いた。


「スピア達が失敗したのですね」


王子は吐き捨てるように言った。


「旅のメンバーは王である私の勅命により動いている者たちだ。その者達に危害を加えることなど許されぬ」

「私は未だにこの方法には反対です。あの中で闇に関係ない者は、シュートという者だけです。その彼でさえ、生い立ちは複雑。とてもこの重責を負えるとは思えません!」


王子は関節が白くなるほど固く拳を握る。王はそれが見えないふりをし、努めて淡々と命じる。


「お前は私が許可するまで自室で謹慎処分とする」


ジェーン王子は返事をせずマントをひらめかせ王に背をむけ、執務室のドアへと歩いて行く。ドアノブを掴んだが、少し動きを止めた後手を放し振り向いた。


「――私にはどうしても許せないのです。母上は処刑された。ほんの少しの穢れで。それなのに、闇の魔力に関係のある他の者たちはのうのうと生きている。あまつさえ王家のために働いているなど……」

「その理屈で行くと、ゾルに半分真名を取られた憂衣ういも処刑対象となってしまうぞ。お前の思考の枠組みは狭すぎるし硬すぎる」


今度ははっきりと王を見る王子。その視線は氷柱つららのように冷たく鋭かった。


「そうはなりません。憂衣は呪われたわけではないし、あの者達とは闇の魔力との接触の深さが違います。私を説得するために自分の娘の事例をそのように出すとは、あなたも落ちたものですね」


王は一度天井を見上げ目を閉じ、悲しみのあまり心が凝り固まってしまった息子を再び見つめた。


「お前の気持ちはわかる。しかし、私はお前に『わかってくれ』と頼むことしかできぬ。すまない」


ジェーン王子は眉間にしわを寄せ目を細め、王を一瞥し執務室をあとにした。性格は母親譲りだと、今日何回目になるかわからない大きなため息を王は吐いた。目を閉じこめかみを押さえ、胸に重く残る記憶を瞼の裏に映す。


ジェーン王子の母親、ダンデ王の妻ビオラは亡くなっている。王子がまだ十歳にも満たない頃の話だ。


 ジェーン王子が子供の頃、常闇の鏡からゾルが抜け出した。そのゾルは強力なガラとなり人々を傷つけたが、近衛兵と当時城巫女であったビオラの力で討伐された。しかし、ガラは消滅する前に城巫女に呪いをかけた。一瞬の隙だった。


 その呪いとは、子供が生まれない体になる、というさすらい人にかけられたものと似た類のものだった。すでにジェーンとザーナの二人の子供を授かっている城巫女には、痛手ではないかのように思えた。しかし、そうではなかった。


 城巫女はその役目故に、呪いをかけられた場合その効果がなんであれ処刑されるという法律があった。


「常闇の鏡の封印の仕組みから、ビオラがかけられた呪いは封印に影響を及ぼす可能性はごくわずかだ。城巫女を失うことのほうがリスクが大きい!」


と当時ダンデ王は主張し、法律の適用を避けようとした。


けれども、万が一のことがあってはいけない、と諸大臣は処刑すべきだと言い張った。それどころか、現役を引退していた城巫女の実の父である前城宮司、さらには本人も法の適用に賛成した。


「元はと言えば、私の封印が緩んだせい。自業自得です。城巫女としての役目を最後まで全うさせて下さい」


彼女は非常に真面目で責任感の強い女性だった。王の決死の主張は聞き入れられず、処刑は遂行された。ビオラは最後まで、凛と背筋を伸ばしていた。


 今後このような悲劇を繰り返さぬよう、ダンデ王は地道に働きかけ数年がかりで法律の改正に成功した。闇の魔力やその呪いの影響、常闇の鏡とその封印の仕組みについてより詳しく研究するよう指示し、その研究で明らかになったことを大臣たちに説いて回ったのだ。現在では呪いを受けたからといって即処刑ということにはならなくなった。


 自分の母親はほんの少しの呪い、穢で処刑させられたのに、世の中には呪われたまま生活を送っているものがいる。ジェーン王子にしてみれば、不公平極まりないことなのだ。


さらに、王子からすれば、大切な妹とこの国の命運のかかった旅の面々に闇に関係した者がいるなんて、言語道断なのである。


 王は今後、王子から目をはなさぬよう部下を手配しなくては、と両手を強く握り合わせた。



 

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