第六章 呪い
第28話 流浪の民
マルビナ出発後から始まったさすらい人の生活は、ミックにとって新鮮な物だった。
さすらい人はおおよそ一家族で一つの荷馬車を使う。荷物と一緒に馬車に乗る者もいれば、馬に乗っている者もいる。たいてい幼い子供が荷馬車には乗っていた。ミックは一緒に乗せてもらい、軽快な揺れを楽しんだ。夜も寝床代わりにして荷馬車の中で過ごすものもいれば、テントを張るものもいる。
昼間は移動し続ける。休憩時には、踊りやナイフ投げの練習をするものがいた。ベルとディルはそれぞれ指南役を務めていた。
移動中は、若く体力のある馬に乗っているものが狩りをすることもあった。ミックは何度かクリフとともに狩りに同行した。弓矢の腕を称賛され、くすぐったい気持ちになった。街で充分に食料は調達しているが、何かあったときのために狩りを行うのだそうだ。また、次の世代へと狩りの仕方を伝えるという意味合いもあるという。
一つの場所に縛られない伸び伸びとした生活だからか、さすらい人は皆おおらかでたくましい雰囲気を纏っていた。
ある夜、いつも寝ている荷馬車の中でミックははっと目を覚ました。様子がおかしい。いつもと違う。ミックは隣にいるはずのベルを探したがいない。この時間は見張りかもしれないが……何だか胸騒ぎがする。
ミックは装備を身に着け、荷馬車の覆いの隙間から外の様子を伺った。いつも一団の中心で燃やしているはずの篝火が消えていた。
ミックは音を立てないよう細心の注意を払って、馬車から降りた。その途端、背後から誰かに口を覆われた。
「息を潜めて屈んで」
耳元でそう囁いたのはベルだった。ミックは小さく頷き、馬車の影にしゃがみ込んだ。ベルも隣にしゃがんで、手短に今の状況を説明した。
「見張りをしていたら、何者かから攻撃を受けたの。気配はガラじゃないんだけど…今は膠着状態よ」
ミックは頷き、弓矢を構えた。野盗かもしれない。倒さなくてはこちらの命が危ない。
先に動いたのは相手だった。雲が流れて月明かりが差した瞬間、見張りのさすらい人の一人に斬りかかっていった。刃が鈍く光る。見張りは槍で斬撃を受け流し、カウンターを食らわせた。
攻撃が開始されたので、おおよその敵の位置がわかった。月明かりがあれば、矢を射ることができる。
「できる範囲で後方支援して」
そう言って、ベルは前へ飛び出していった。ミックは唇を強く結んだ。
敵もさすらい人も入り乱れての戦闘となった。ミックは戦いの場から少し離れた場所に見つけた敵を矢で狙った。できる限り、致命傷を避けた。敵の正体を知りたかったし、無駄に命を奪いたくはなかった。
敵の数は、全部で七人だった。さすらい人が戦い慣れている上に数の有利もあり、こちらにはほとんど被害がなく戦闘を終わらせることができた。
敵は縛り上げられて身動きを取れなくされ、リードのテントの中へ連れて行かれた。外で見守るミックたちには、話し声が聞こえてきたが内容まではわからなかった。
「何かお前たちに用があるみたいだぞ」
尋問していたリードがテントから出て、旅の一行を呼んだ。
「俺は席を外すが、何かあったら呼んでくれ」
テントの中には、ミック達と捕虜になった敵だけになった。捕虜の何人かに、ミックは見覚えがある気がした。ラズがいつにもまして、厳しい表情をしリーダーと思しき男に言った。
「スピア、こんなところで会うとはな」
ラズの口にした名前で思い出した。第一部隊の近衛兵の兵士達だ。座学や夜行訓練のときなどに見かけたことがある。なぜ鷹の塊を、いや、自分達を襲ったのだろうか。
「答えろ。貴様らに俺たちを始末するよう指示したのはジェーンだな?」
スピアの額には怒りのあまり血管が浮き出ている。他の捕虜もかなり頭にきている様子だ。余程ジェーン王子に陶酔していると思われる。言葉にはしていないが、これでは質問に答えたも同然だった。
「わけがわかんねぇんだが……俺達は王様の指示で旅してんだろ?何で王子様が俺たちを襲わせなきゃなんねぇんだ?仲間だろ」
シュートがみんなの疑問を代弁した。ラズが何か言いかけたが、それより早く堪忍袋の緒が切れたのか捕虜達がまくし立てた。
「仲間なわけがないだろう!」
「この呪われた連中が!」
「卑しい奴らめ!」
酷い言いようだ。身に覚えはないが、ミック達は呪われて汚らわしいと認識されている。
「それがジェーンが貴様らに吹き込んだ話か」
ラズはあからさまな嫌悪感を表情に出して見下した。スピアは大声で泡を飛ばしながら反論した。
「吹き込んだ?何を言う!あの方は嘘をつかない。お前らは闇の魔力に侵されている。ジェーン様が始末しろとおっしゃるのなら、それが正しい判断であると我々は確信している!!」
ラズは意図して挑発したのではないようだが、結果として相手を怒らせ情報を聞き出した。しかし、ラズも相当頭にきてきているようだった。
闇の魔力に侵されている……?ミックは首をひねった。闇の魔力はガラのものだ。ミックたちエンの民は使うことができない。ガラと接触したことを言っているのだろうか。しかし、それはスピア達とて同じはずだ。近衛兵なのだから、ガラの討伐任務には出ているはずである。ジェーン王子が嘘をついたか、何かを勘違いしたかのどちらかではないだろうか。
「とにかく、王子様は俺たちが姫様のために動いてるのが、気に食わないってことね。だから秘密裏に処分しようと腹心に司令を出した、と」
ディルがまとめると、スピアが睨みつけた。
「黙れ。呪われた一族が我ら近衛兵に話しかけるなど言語道断!」
ラズが間髪入れずに鎧の隙間からみぞおち辺りに蹴りを入れた。スピアはうっと呻いて気を失った。
「もういい、貴様が黙れ。不快だ。俺達はすぐに王へはやぶさ便で手紙を出す。ジェーンがこれ以上俺達に干渉できないようにな」
ラズはそう吐き捨て、テントから出て行った。ディルとベルが後を追ったので、ミックとシュートも捕虜を残しテントをあとにした。
「ラズ、ありがとう。少しスカッとしたわ」
怒りのせいかいつもより足音を立てて荒々しく歩くラズに、ベルがお礼を言った。
「貴様のためではない。俺が不快だった。スピアはジェーンの操り人形だ。隊にいた時もいつも……いや、もういい」
ベルに向き直ったラズは口が滑った、といった様子で話をやめてしまった。
「あんな言い方、酷い。同じ近衛兵として恥ずかしい」
ミックは拳をぎゅっと握った。ラズが蹴りを食らわせていなければ、自分が殴ってしまっていたかもしれない。怒りで高揚したミックの頬はまだ熱かった。
ミック達はその晩のうちに鷹の塊が所有しているはやぶさを借り、王都へ手紙を出した。予め王と取り決めていた通りの封筒と名前を使った。
翌朝、捕虜は解放した。今後ミック達に関わるとジェーン王子の立場がなくなると散々脅し、シュートの氷で拘束して昨晩の野営地に置いていった。氷は夜までは溶けないはずだとシュートは言っていた。それまでにミック達は遠くへと移動できる。
これでひとまずは安心――なはずなのだが、スピア達の目から消えない敵意は、ミックの心に染みのようにこびり付いた。
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