第27話 心構え
翌朝、天気は晴れ。ふわりと浮かぶ雲から挨拶をするかのように、日が顔をのぞかせる。まだ痛む右手を何でもないかのように使い、ラズは一番に朝食を食べ終わった。
「俺は鍛冶屋に行きたい。蛇を斬った剣のメンテナンスをしたい」
病み上がりなんだから、と全員が止めたがラズは外出すると頑として言い張った。誰かが一緒に出かけることを条件に、一行はラズの我儘を聞いた。
「じゃ、私が一緒に行くよ。ちょうど弓を見てもらいたかったんだ。武器屋は鍛冶屋の隣だからね」
ミックはラズが眠っている間に情報屋の話を元に街を散策し、使えそうな店の場所は大体覚えたらしい。自分が寝ていたことをラズは情けなく感じた。
マルビナは大図書館を中心に街が広がっており、大図書館付近の賑やかな広場や商店街等を離れると、閑静な住宅街が続いているとミックは説明した。
ラズは心配されるのが嫌で、必要以上にテキパキと準備をした。ミックが代わりに剣を持つと申し出たが、なんだか介抱されているようで嫌だったので断った。
連れ立って石畳の道を歩きながら、ミックは驚いたようにラズを見つめてくる。回復が早すぎて気味悪がられているのだろうか。何にせよ、煩わしい……ラズは視線を返す。
「おい、何をジロジロ見ている」
「え?ごめん。ラズの回復スピードに驚いちゃって。すごいよね!私ももっと鍛えなきゃなぁ」
ミックは両腕で力こぶを作るポーズをして、ふんっと鼻息を荒くした。予想外の返事に、ラズはすぐに言葉が出てこなかった。
「貴様は、ジークに似ているな」
ミックの話し方は、かつて剣の師ジークが言った調子とそっくりだった。
ラズがまだ近衛兵に入隊しておらず、ジークに会って間もない頃だった。
「お前の魔法すげぇな!俺ももっと鍛えなきゃなぁ」
ジークはそう言ってぎゅっと拳を握った。近衛兵の訓練所で二人きりで特訓した時だった。
ジークにはあまり魔力がなかった。第四部隊には、とてもじゃないが入れなかった。しかし、ミックのように本人はあまり気にしていなかった。
ジークは明るく前向きに何事も捉え、細かいことは気にしない、朗らかな人物だった。戦えるほどの魔力はなくても、自分の魔力の系統は気に入っていた。
「炎って格好良くないか?」
ジークは得意げな笑顔で、広げた掌の中央にろうそくの火程度の炎を出した。
「……そうか?」
ぼんやりと今にも消えそうにゆらゆらと揺れる炎は、ラズにはとても儚いものに見えた。
「ああ!だって、人を暖めたり明るさを与えたりできるんだぜ?時には恐ろしいものから守ってくれる。俺は炎のように生きたいんだ」
ジークの目に映る炎は、現実のものよりずっと大きく明るく見えた。
「その程度の火力では、なんの役にもたたん」
ラズの冷たい言葉に、全くお前は…とジークは首を振った。
「心構えのことさ。俺はお前の凍り切った心も、溶かしてやりたいと思ってるよ」
そんな風に思ってくれているのが嬉しいような気もしたし、自分を懐柔しようと取り繕っているだけではないかと疑う気持ちもあった。どう反応して良いのかわからず、ラズはジークの言葉を無視して訓練を再開した。
「そう?よく母さん似って言われるんだけど」
ミックの言葉はラズを過去の回想から引き戻した。何か勘違いしているようだが、ラズは突っ込まないことにした。
「ラズはさ、父さんからどんな剣技教わったの?」
言ってわかるのだろうか。ジークは独特な名前を自分が考えた技だけではなく、典型的な型にも付けていた。
「熊斬り、燕返し、獅子回し、飛び龍、舞鶴…」
「舞鶴!」
まだ全て言い終わらないうちに、ミックが興奮した様子で繰り返した。
「舞鶴、私も教えてもらって好きだったんだぁ。難しかったけど、格好良くて。あ、今は剣持てないからできないけど……」
ミックは喜んだりがっかりしたりと忙しい。どれだけストレートに感情を表現できるんだとラズは半ば感心し半ば呆れた。しかし、今はそんなことより舞鶴だ。教わった中でも難易度がかなり高い技の内の一つだ。ラズは習得するのに苦労した覚えがある。第一部隊の兵士にどうしてもと請われて見せたことがあるが、その兵士は習得を諦めた。
「貴様、本当に舞鶴を習得しているのか?」
「こうでしょ?……舞鶴!」
剣を握ったふりをして、ミックが思い切り上体をひねり勢いをつけてジャンプし、回し蹴りをするように体を回転させた。体全体を使って回転の勢いを利用し連続で斬りつける技、舞鶴だ。
「な……」
スタッと着地したミックにかける言葉が見つからなかった。剣を握っていない分体が軽かったとはいえ、非の打ちどころのないフォームだった。ジークの得意げな顔が浮かび、彼を失った痛みが胸を襲う。
「え、何か間違ってた!?」
ラズが無言だからか、ミックが心配そうな顔をした。ラズは喪失感を無理やりしまい込み口を開いた。
「いや……間違っていない。完璧な舞鶴だった」
「ラズにそう言ってもらえると、嬉しいな」
さすがジークの娘と言うべきか、出たらめな運動能力だ。もしゾルに体を乗っ取られたら、恐ろしく強力なガラになるだろう。バートで見たミックに瓜二つのガラ、理望を思い出してしまい、ラズは頭を振った。
一日が終わり、夜空には三日月が笑う。宿屋に併設されている食堂から漏れる、温かなランプの光。多くの旅人たちがほっと一日の疲れを癒す。そんな中で、ミック達は食事を楽しんでいた。
川が近くに流れているからか、魚が新鮮で、香草焼きはミックが今まで食べた中で一番美味しかった。野菜も種類が豊富で、サラダをもりもりと食べることができた。
夕食の最中、ベルが練習した踊りを披露した。食堂にいた人々は大喜びで拍手喝采だった。素晴らしい踊りにミックも感動した。
「あれはね、シュートが戻ってきたときに歓迎するのに練習したんだよ」
観客に向かってお辞儀をするベルに拍手を送りながら、ミックはシュートに耳打ちした。ベルに見惚れるシュートに聞こえたかどうか定かではない。
腹が満たされた一行は、部屋に集まって今後の話し合いを始めた。
「それにしても、ラズが元気になって本当に良かったわ。シュートはもちろん、ミックもずっと泣きそうな顔をしてたんだから」
食後のお茶を飲んでいたミックはむせた。ずっと涙が出そうだったのを見透かされていた。ラズを見やると目があったが、そらされてしまった。どんな感情なのか、読み取ることはできなかった。
「次の目的地なんだけど、多分鷹の塊と一緒なんだ。オーリッツってところ。敵の目を欺けるかもしれないから、同行できないかお願いしてみようと思う」
一緒に行ってくれるのならば心強い。しかし、彼らを危険に巻き込むことにならないのだろうか。もし敵の標的がミック達で、どこにいるのかすぐばれてしまうのであれば、道中襲撃を受けてもおかしくない。
ミックが心配そうな顔をしたからだろうか、ベルが飲んでいたお茶を置いて言った。
「私はあまりはっきりと何が起こるかはわからないけど、なんとなく、次の目的地までは大丈夫だと思うのよ。あとね、さすらい人は強いのよ」
ベルは得意げにウインクした。ベルに言われると説得力がある。
「旅の本当の目的はもちろん明かさないけど、多少の危険があることは伝えるよ。それで断られたら諦める」
ディルはリードと話をするために、宿をあとにした。待っている間、シュートが図書館で得た知識を色々と話してくれた。
「ラズが言ってた魔力を増やして変化するガラがいたっていう話があったな。俺たちが倒したやつは最後まで蛇の姿だったけど、獣の姿から人型に戻ったって記録があった。自在に変化できるなら、かなり厄介だよな」
確かに脅威だ。そんなガラには会いたくないとミックは思った。突然獣化しても人型になっても、どちらのパターンでも不意をつかれてしまう。
シュートは読んだ限りの記録のガラの変化のバリエーションを話して聞かせてくれた。中にはペガサスやケンタウロスもいたと言う。ミックにとっては初耳だった。
「え、じゃあそういう想像上の生き物ってガラなの?!」
「わかんねぇ。どういう理屈でガラが変化するのかも謎だしな。そこまで調べる時間はなかった」
ラズがそっと左手首に付けている数珠に触れたが、誰も気が付かなかった。
わいわいと話が盛り上がり、お茶を何杯か飲み終わる頃にディルが戻ってきた。
「ご苦労さま。どうだった?」
ベルはディルに淹れたてのお茶を手渡す。
「快諾してくれたよ。明後日の朝出発だ。それまで体を休めて準備を整えよう」
ディルはにっこりと微笑んだ。さすらい人の生活は、きっと近衛兵のものとは大きく違うだろう。ミックは先程は心配していたが、いざ一緒に行けると思うと胸が躍った。
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