第25話 続行

 ミックたちが宿に戻ってしばらくしてから、中央病院の医師が来た。病院を離れる際に、宿泊先を確認してきた医師だ。漏れ出た薬品の成分がわかったということで、治療しに来たとのことだった。

 

毒ではあるが強くはなく、薬を一度飲んで休めば、すぐに回復するはずだと医師は言った。


「本当に申し訳ありませんでした。彼の勇気ある行動で被害はかなり抑えられたと思います」


まだベッドで眠るラズとシュートに目をやり、医師は深々と頭を下げた。


「まぁ、シュートの方は魔力の使い過ぎもあって倒れたんだろうけど…前にもこんなことがあったの?」


遠慮せず尋ねるベルに、医師は顔を曇らせて答えた。


「いえ、今まで一度もこんなことはないし、どう考えてもミスで漏れ出たって感じでは……いや、あの、とにかく警察が今調べを進めています」


ミックたちは全員同じ人物を思い浮かべていた。そうではないと良いと願いつつ、バートのガラのことを考えてしまった。


 医師が帰った後、旅の仲間が見守る中、シュートとラズはほぼ同時に目を覚ました。ミックたちは胸をなでおろした。医師から「大丈夫」とは言われたものの、やはり心配だったのだ。


「貴様、なぜ病院に?」


ラズはベッドから体を起こし隣のシュートに顔を向けた。シュートはもうベッドから抜け出し、靴を履き始めていた。


「たまたま薬品が漏れ出たって聞いたから心配で……。お前らこそ何で?」


立ち上がったシュートはミックたちに目を向けた。


「病院に向かった理由はあなたと同じよ。あなたが出ていった後、私達、あなたが出した求人広告をキャンセルしに行ったのよ」


ベルがシュートの出した求人に応募し、本人と面会済みで採用されたと告げたのだ。広告の出し主のシュートの特徴を伝えたら、疑われなかった。


「その後、私は踊りの練習を鷹の塊のみんなとしていて……」

「俺は、情報屋に」

「私は食料調達に」


ベル、ディル、ミックはそれぞれ別の場所で病院が緊急事態だという話を聞き、駆けつけたのだ。そこでたまたま病院内に駆け込むシュートを見かけ、シーツを用意したのだった。


「そういうことか。っていうか、求人キャンセルしたら、俺が戻ってくると思ってたのか?」


シュートは肩を落とした。自分の気持ちが半分も伝わっていない感じがした。そんな生半可な覚悟で抜けると言ったわけではないのに。


「そんなわけないでしょ。俺が情報屋に行ったのは、ゾルのことを聞きたかったからじゃないんだ。この街で魔法を使える人の話を聞きたかったんだ」

「ああ、なるほど。そうやって俺の代わりを見つけようってことか」


一人納得して頷くシュートに、ディルはひらひらと手を振って違う違う、と笑った。


「俺は自分の考えに確信を持ちたかっただけだよ。シュート、この街には、魔法を使える医者はいないって。だからさ、自分が無能だなんて思わないでよ」


シュートが何か言おうと口を開けかけた瞬間、部屋のドアが激しくノックされた。こちらが返事をする前に、ドアが開いた。


「ああ、すみません!こちらマルビナ日報の者ですが……」

「マルビナの役所の者ですが…市長が感謝状を送ると……」

「消防隊としてもぜひ、危険な薬品を市民から遠ざけてくれた件等で感謝状を……」


大勢が雪崩のように部屋へ押し入り、大騒ぎとなった。シュートは取り囲まれ矢継ぎ早に質問され、口をパクパクさせている。ベルが、後でね、はいはい、と言いながら全員を押し返した。記者やら役人やらを部屋から出し、ドアを閉めたあと、そこにドシン!とタンスを置き、開かないようにした。


「ほら、シュート。こんなに人に感謝されるような力を持ってるんだよ。もちろん今回の件と旅とでは違うことも沢山あるけど、魔法はもちろん、シュートの判断力や人を助けたいと思う心は、人の、俺たちの支えになってるんだ」


ディルはシュートの肩をポンッと親しみを込めて叩いた。シュートは何も言わず目を丸くしている。


「それにね、シュート、旅をしているとこんなに美味しいものにも出会えるよ!市場で見つけてきたんだ!」


ミックはシュートが好きそうなフルーツをどさりとテーブルの上に出して並べた。旅もそんなに悪くないと思わせたくて、市場で購入してきたのだ。シュートは黙って色も形も様々な果物を見つめている。


「先程は話が途中だったな。今度は最後まで聞け」


シュートはベッドの上で上体を起こしているラズに向き直った。


「三つ目だ。俺は今生きている。使者の道で意識が薄れゆく中だったが、覚えている。貴様の適切な応急処置のおかげだ。つい先程も、貴様が病院から逃してくれたおかげだ」


ミックは激しく頷いた。その通りだ。あの時、使者の道でのシュートはとても頼もしかった。病院からの救出も見事だった。ラズは一度包帯を巻かれた自分の右腕を見て、またシュートに顔を向けた。


「俺には、まだやらなくてはならないことがある。死ぬわけにはいかない。だから……」


ラズは珍しく眉間にシワを寄せていない。


「……だから、シュート、ありがとう」


ミック、ディル、ベルはびっくりしてラズを見つめた。ラズまでもが自分で言っておいて、驚いているようだった。あのラズが人にお礼を言った。周りで聞いている者でも、心からのものだとわかるようなお礼を。


シュートは両手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。肩が小刻みに震えている。


「俺は……役に立てるのかな。みんなと一緒にいて、荷物にならないのかな……?」


嗚咽とともに吐き出した言葉は、きっとシュートが自問し続けた問いなのだろう。もらい泣きしそうで声がでないミックは、一緒にしゃがみシュートの背中を撫でた。


「当たり前じゃない!あなたは、この旅で大きな役割を果たしてきたし、これからもそう。占いじゃないわよ、私はそう確信してるの」


ベルがミックごとシュートを立ち上がらせた。そして二人まとめてぎゅっと抱きしめた。ミックは首が締まって気が遠くなりそうだったが、ベルの温かさが伝わってきた。シュートは震える鼻声で「うぅ……俺、今後もがんばるよ……」と弱々しくも芯のある宣言をした。





 シュートが落ち着いてきた頃、ミックは疑問に思っていたことを口にした。


「シュート、何で占いじゃなかったって思うの?」


シュートは少し目を伏せて、頭をかきながら話しだした。


「俺の家は……代々医者で、王都の中央病院の院長を務めている。親父が今は院長だ。で、弟がそれを継ぐ予定だ」


おかしな話だ。家業を継ぐのは、基本的に長男だ。それに、王都の中央病院は院長の名前から「王立水縄みなわ中央病院」となっているはずだ。シュートが自己紹介の時に名乗った「新見にいみ」ではない。


言葉を切ったシュートは長いため息を吐く。下を向き破れた服の裾を確認するかのように触れてから、顔を上げて言った。


「……俺は、親父が結婚前に作った子供なんだ」


衝撃的な告白をすぐには理解できず、ミックは頭の中でもう一度シュートの言葉を再生した。シュートは母方の名字を名乗っているということだろうか。しかし、それがどう占いではないと考える根拠になるのかがわからなかった。

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