第24話 脱出経路
シュートは一人石畳の街を足早に歩く。仲間に迷惑をかけたいわけではない。自分が抜けるのなら、きちんとメンバーを補充するつもりだ。シュートは病院を出て、真っすぐ街の求人案内所へ足を運んだ。受付の恰幅の良い女性に話しかけた。
「仕事と人、どっちを探してるんだい?」
「人だ。広告を出してほしい」
シュートは載せてほしい文面を紙に書いて渡した。
[各地のガラを調査する仕事。医療知識必須。戦闘能力がある者が望ましい。魔法が使えるとなお良い]
「本気かい?こんな人材なかなかいないと思うけどねぇ……」
受付係は難しい顔をした。
「わかってるさ。戦闘と魔法に関しては、まあ、できたらって感じだな。報酬は要相談にしといてくれ。興味のある人は、大図書館の喫茶店に昼からお茶の時の間に行くってことも追加だな。頼んだぜ」
シュートは案内所をあとにした。
興味を持ってくれる人が現れるまで、喫茶店で求人ポスターを自作することにした。もう、あんな思いはしたくない。使者の道で血にまみれ倒れたラズの姿が浮かぶ。自分の力が及ばず仲間がやられるのなんてまっぴらごめんだった。
お茶の時が終わるまでずっと大図書館の喫茶店にいたが、誰も訪ねてこなかった。まだ一日目だ。そう簡単に見つかるとは思っていない。
理望の暗い笑顔が唐突に瞼に蘇り、シュートは慌てて窓の外に輝く日に目を向けた。カップの底にどろりと残ったコーヒーを飲み込み、作り終わったポスターをまとめ、どこか目立つところへ貼りに行こうと立ち上がった。
シュートが大図書館の外へ出ると、街が騒がしかった。急ぎ足で一定の方向へ人々が逃げていく。みな怯えた顔をしていた。
「何かあったのか?」
近くを通りかかった老人と共に歩く青年にシュートは尋ねた。体が不自由な老人をやや無理やり歩かせている。
「中央病院でガスだか危ない薬品だかが漏れたらしい。救助に行ったり避難したり、人があちこちで混乱してるんだ」
彼は病院のすぐ近くに住む祖父を避難させていると言う。
シュートの顔からさっと血の気が引いた。中央病院はラズが入院している病院だ。シュートはポスターを投げ捨て、人々の流れに逆らって駆け出した。
病院の周囲は大騒ぎだった。慌てて逃げていく医療従事者や病人、担架や車いすで運ばれていく患者たち……。
ラズはもう逃げただろうか。怪我は腕だけだったが、毒の影響でまだ上手く歩けないかもしれない。
「君、これ以上近づかない方がいい!」
白衣を着ているから恐らく医者なのだろう。病院に近付こうとしたところをシュートは止められた。
「仲……知り合いが入院してるんだ」
医者は厳しい顔でシュートを見た。
「駄目だ、ここは危ない。なんらかの薬品が漏れ出していてとても危険なんだ。発火の可能性もある。研究室付近には我々も近づくことができない」
医者の話を聞いてシュートは震えた。この学問の街の中央病院にある薬品や検体は恐らく様々な種類のものがある。病院だけではなく、この街も危険にさらされるかもしれない。
そして、さらに嫌なことを思い出した。ラズの入院している部屋の向かいのドアに研究室と書かれていたのを見た。一刻の猶予もない。
「ラズ……!」
警察や消防隊に任せるんだ、と制止する医者を振り切り、シュートは病院内に駆け込んだ。
病院に入ってすぐのところは、もう
シュートは服の裾を破り、口と鼻をそれで覆った。少しつんとした異臭がした。無色透明な何かが空気中を漂っている。
目的の病室の前で倒れている人影が見えた。さらにスピードを上げ駆け寄ると、やはりラズだった。
「シュート……なぜここに?」
かろうじて顔を上げて苦しそうにラズは言った。
「お前、まだ体の痺れが取れてないな?」
シュートは向かいの研究室のドアを氷で覆い、これ以上薬品が漏れ出さないようにしてから、ラズを担いで駆け出した。
階段まで来たところで、くらりとしてシュートは足を止めた。少し眩暈がする。歩くことはできるが、ラズを担いで階段を下りるのは危険だ。二人で転がり落ちて、打ち所が悪ければ死んでしまう。
かといって窓から飛び降りるにしてもここは四階だ。体調が万全でシュート一人ならまだ怪我で済むかもしれないが、今はラズを抱えているし、ふらふらして上手く受け身を取れる気がしない。そんな危険は冒せない。
「くそっ……何かねぇのか……何か……」
ふと視線を向けた窓の外に、病院の前庭の公園に多くの人が避難しているのが見えた。心配そうに病院を見たり、避難するよう指示を出したりしている人がいる。シュートは公園の遊具に目を留めた。
「あれだ!ラズ、ちょっとしんどいかもしれねぇけど、少しの間だから我慢してくれ」
背中でラズが頷く気配がした。
シュートは窓を開けて、窓枠に手を当てた。頭の中で具体的にイメージすることに集中した。イメージが固まったところで、魔力を一気に手から流した。ひやっと空気が冷たくなる。
病院の窓から公園まで長い氷のすべり台ができた。今自分のできる最大限の魔法だった。篝瓶を明るくし過ぎたときのような、激しい疲労感が全身を襲った。シュートは無理に体を動かす。
シュートはラズを前にして後ろから抱えるように腹に手を回し、すべり台に乗った。すーっと思ったよりずっと滑らかに滑っていく。…滑らかどころかスピードがすごい。
着地が心配になってきた。もう半分過ぎた。すべり台が壊れないのは良かったが、予想外の勢いだ。風を切る音が耳に響く。どうにかラズだけでも怪我をしないようにしなくては。
「そのまま来てー!こっちで受け止める!」
耳慣れた声にシュートは視線を上げた。両手を頭の上で大きく振っているのはミックだ。すべり台の先にいる。ベルとディルが、大きくシーツを広げている。
シュートは仲間を信じそのまま勢いよく、シーツに突っ込んでいった。ベルとディルは上手に勢いを殺してシーツにシュートとラズを収めた。
「すべり台とは考えたね。てっきり窓からそのまま跳んでくるかと思って用意したんだけど」
にっこり笑ってディルがシュートを助け起こした。ベルとミックはラズを折りたたんだシーツの上に寝かせた。ラズはシュートの方へ視線を向けたが、すぐに気絶してしまった。
「何で……?いや、後でいい。ラズを見せてくれ」
シュートは気を失っているラズを診察した。見た感じでは、特に悪いところはなさそうだ。もう少し安静にしていれば、きっと前のように動けるようになる。
「みなさん!もっと離れて!」
消防隊が到着した。シュートは研究室の扉を凍らせたことを伝えた。
「あれもあなたですか?」
消防隊員は氷のすべり台を指さした。
先程まで全く気づいていなかったが、逃げ遅れた患者が何人もすべり台を使って避難していた。シュートは頷いた。
「素晴らしい魔法ですね!ありがとうございます。あとは、我々にお任せください」
シュートは面食らった。ラズと自分のことしか考えていなかったのにお礼を言われてしまった。
「シュート、宿に一緒に戻ろう。ラズの経過観察もしてほしいし!」
どうしたものかとミックへの返事を考えている途中で、急速に手足の感覚がなくなっていった。シュートは目の前が真っ暗になり何もわからなくなってしまった。
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