第2話 占いの結果

「ラズ、ミックよ、こちらへ。」


玉座の隣に座る、城巫女が手招きをした。こちらも悲痛な面持ちだ。城巫女までいるなんて聞いていない。この国の最高権力者二人を目の前にして、ミックは混乱を通り越してもうどうにでもなれと逆に落ち着いてきた。こんな状況で考えても何も答えは出ない。


 二人は玉座へ近づき左膝を絨毯に着けひざまづいた。


「面をあげよ。今は作法などはいらぬ。」


王の言葉にミックとラズが立ち上がったところで、扉の向こうから声が聞こえた。


「風間家のベル殿とディル殿を連れてまいりました。」


大きな扉が開き、第零部隊(密偵)に連れられてミックより少し年上の男女が入ってきた。どことなく顔つきが似ている。名字が同じだから、姉弟なのだろう。


 しばらくしてから、これもまた第零部隊の者に連れられた新見家のシュートが加わった。


「さて、これで全員か。」


王は連れてこられた五人の顔を見渡した後、城巫女に話すよう目で合図を送った。ミック達は静かに待った。


「今からする話は他言無用。誰かに話せばそなたらの命はないと思ってくれ。」


そう言って、城巫女は大きく息を吐いた。命がないとは、またとんでもない話が始まってしまった。なんだか現実味がなくなってきた。最後に連れてこられたシュートと言われていた男性は「マジかよ…。」と呟きみるみる顔色が悪くなった。


「昨夜、ザーナ姫の真名がゾルに知られたのじゃ。」

「えっ…。」


声を出したのは、ディルと呼ばれていた男性だ。明らかに動揺している。ミックは声さえ出せなかった。真名は誰もが持っている本当の名前だ。自分の存在を示す大切なもの。ちなみにミックの真名は、もう亡くなった父親と実家にいる母親とミック自身しか知らない。真名がゾルに知られたということは、姫の体はゾルに乗っ取られ、ガラ(空)という存在になってしまったということだ。体だけがこの現界に存在し、魂はもうない。


「知っての通り、ゾルとは闇の世界の魂。それを封じ込める役割を担う次期城巫女である姫がガラとなってしまっては、これから先、現界は闇の世界に乗っ取られるも同じ。」


この現界と闇の世界とを繋げる常闇の鏡の封印を守ってきたのは、城巫女だ。城巫女は代々王家の血筋から出ている。そもそもこの城自体が常闇の鏡の上に建てられており、王家の一番の役割がその封印なのである。しかし、厳重に封印しているにも関わらず、ゾルが現界に抜け出してしまうことは完璧には防げない。だから、ミックたちのような兵士が必要となるのだ。


 現城巫女は、今恐ろしい事実をミックたちに伝えた王の義理の姉タタナであり、次期城巫女は王の実の娘であるザーナ姫だった。


 ミックの想像以上に深刻な事態だった。


「ただ、真名が知られたといっても、半分のみなのだ。」

「どういうことだ?」


ラズが口を挟んだ。ミックもうんうんと頷いた。というか城巫女に対してタメ口だったぞ、このラズって人!ミックは思わずラズを見た。ラズの表情は、一緒に謁見の間に連れてこられた時と変わらず厳しいものだった。


「説明する…。」


 城巫女の話では、昨晩、真夜中にザーナ姫は誰かに手紙を書いていたそうだ。それが誰かは城巫女は明かさなかったが、とにかく姫はその誰かにどうしても自分の真名を伝えたかったようで、危険を顧みず手紙に書いていたところをゾルに読まれてしまったとのことだった。ゾルは聞いても読んでも真名を知ることができる。幸いにも真名を全てを書ききる前だったらしく、完全に体を乗っ取られることはなかったが、今姫は眠りについている状態だそうだ。

 

「巫女の力を持つ姫だから耐えられた。そうでなければ真名が半分でも知られた時点でずるずると引きずられ、全て知られてすぐにガラとなってしまう。」


沈んだ表情の王が続けた。


「ここからが本題だ。現在、姫以外に城巫女を継げるものはいない。姫が目覚めなければ、この現界は終わりを迎えるだろう。そこで、姫を目覚めさせるために、真名を半分知り逃げてしまったゾルを討伐してほしい。今ここにいる五人の者で。」


そういう話か、とやっと理解できた。この現界が危険にさらされるということも深刻なことだが、きっと、ダンデ王にとっては、自分の娘の命が危ないことの方が辛いんだろうな、とミックは先程からの王の表情からなんとなくそう感じた。


しかし、まだ腑に落ちない事がある。


「何でこの五人なの?見たところ、そこの二人は近衛兵のようだからわかるけど。私たちはさすらい人よ。この国の行く末を任されるような身分じゃないわ。」


ベルと言われていた女性が困惑の表情で言った。それだ、とミックも思った。集められたメンバーがおかしい。さすらい人は定住せず荷馬車で移動しながら生活する流浪の民だ。


「ゾルひいてはガラから、エンの王族や民を守るのは近衛兵の仕事、その通りだ。だから、本来ならば兵を使うが、今回ばかりは別だ。このことを兵士全体に伝えれば、あっという間に王都に広がり、さらには国中に広がる。そうすれば民の混乱はさけられない。」


重々しく言い切る王の後を城巫女が続けた。


「だから占ったのだ。この未曾有の事態を打開することのできる者達を。」


占いはよく行われる。その年の雨の量や魚が川を上ってくる時期など、人々の生活に役立つ情報を得るためだ。占いは誰が行っても良いが、力を持つものが占った結果の方が信憑性は高い。城巫女はこの国で一番力のある巫女だ。そう言われてしまっては、納得せざるを得ない。


「悪いがこれは、王からの命令だ。逆らうことは許されぬ。出発は明日の朝六時。」


ダンデ王は有無を言わさず命じた。


 

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