BLAZE~闇を越えて温もりをその手に、絆紡がれゆく冒険譚~
鈴木まる
第一章 旅立ち
第1話 呼び出し
はっはっと荒く吐く息。体の震えが止まらない。剣の重みと鉄の匂い。夜の空気がじっとりと重たく、体にまとわりつく。
「違う、私じゃない――私は……」
月明かりが雲間から覗き、森の中を照らす。鈍く光を反射するのは、血だまり。その中に倒れる父親。ぴくりとも動かない。
「お前だ。これはお前がやったんだよ」
耳元で発せられる、氷のように冷たい声。どす黒く、心を蝕む闇を纏った言葉。顔を上げると、そこにあったのはにんまりと笑う……
自分の顔だった――
「違うっ!!」
ミックは叫びながら飛び跳ねるように体を起こした。汗をびっしょりとかいており、額に前髪が張り付いていた。心臓の鼓動は激しく打ち、喉はカラカラだ。胸の中にはざらりとした酷く嫌な気持ちが残っていたが、それが具体的に何によるものなのかもうわからなかった。
暗く湿った余韻を感じたままミックはまた倒れ込み、青空を覆い隠すように咲き誇る桜の花をしばらく眺め再び目を閉じた。自分が発した言葉の意味を考えたが、頭の中に靄がかかったようで記憶の輪郭は捉えられない。
桜の花びらが鼻に乗った感触がしたが、目は開けずミックはそのままにした。
心地よいひんやりとした地面の感触。ミツバチが蜜を求めて飛び回る微かな音。茂みが風に吹かれてサワサワと踊る匂い。
春の穏やかな雰囲気に胸の中の不快感は徐々に消えていき、そんなものがあったことさえミックは忘れてしまった。日差しをたっぷり含んだ優しい空気に包まれ、ゆったりと時間が流れた。
まどろみだしたミックの耳を、サク、サク、と草を踏みしめる音がノックする。ゆっくりと瞼を上げると、自分を覗き込むルームメイトの心配そうな表情が目に飛び込む。
「鼻に桜なんかつけちゃって……」
「わかってるよ、ロッテ。もう行かないと午後の訓練遅刻しちゃう!でしょ?」
ミックは立ち上がり、肩の辺りに切りそろえられた青い髪をさっと手櫛で整え、服に付いた土を払う。鼻に乗っていた花びらははらはらと落ちていった。
「違うのよ。第三部隊長があなたを探しているわ」
首を振るロッテの言葉にミックは体を固くした。以前呼び出されたときは、ローストビーフの盗み食いがばれた時だった。あの時部隊長は鬼のように怒っており、罰として腕立て、腹筋、背筋をいいと言われるまで続けろと言いつけられた。最終的にミックは気を失った。
「午前の訓練のことかもよ?『お前の働きは、光の世界の魂・エンを持つ王族の方々ひいては民を守る者として相応しいものだ!』って感じで褒められるのかも!」
部隊長が好んでよく口にするフレーズを真似をして、元気付けるロッテ。そう言われ、ミックはつい先程の訓練を思い返した。
姫の成人式典が明日に控えているからか、隊長は妙に気合が入っていた。第三部隊の主力武器は弓矢。訓練時、休憩はほとんどなくミックたちは通常よりずっと多くの矢を射させられた。
「お前、そこの兵士!もしかして、全て的に……?」
訓練終了までただ一人、一本も矢を外さなかったミックに部隊長は目を丸くしていた。剣を扱うどころか、体が震え握ることさえできないミックは、せめて弓矢は…と日ごろから誰よりも練習していた。
確かに褒められる可能性もあるかも、とミックは少し気分を持ち直した。
「だといいなぁ。とりあえず、行ってくる!」
ミックは駆け足で、いつも部隊長が昼食を取る訓練所の隅っこにある小屋へ向かった。
「近衛兵第三部隊ミック、只今参りました!」
どうかいい話でありますように、とどきどきしながらミックが小屋のドアを開けると、部隊長と共にさらに上の階級の、近衛兵隊全体の長である兵長がいた。加えて剣を主力武器として扱う第一部隊の腕章を付けた兵士もいた。
兵長も第一部隊の兵士も、第三部隊の弓矢隊の訓練所にはめったに来ない。これはただ事ではない。一体何が起こっているのかとミックは余計に緊張し、冷や汗をかいた。
「よし、来たな。今からラズとお前を謁見の間へ連れて行く。王からの呼び出しだ」
「はぇ?」
予想だにしていなかった兵長の言葉に、ミックは兵士らしからぬ気の入らない声を出してしまった。
「用向きが何かは、私も知らん。が、王の前でそのような態度は厳禁だ」
謁見の間は、基本的に王やその他の王族が城外の者と会うときに使われる部屋だ。大抵、他国の大臣や高名な学者などが訪れる。いち兵士が王にそんな部屋に呼び出されるなんて、ミックは聞いたことがなかった。
だからと言ってもちろんミックに拒否権などなく、兵長に付き従って城内へと足を踏み入れた。掌が汗ばみ、グローブが湿る。厳格な落ち着き払った口調とは裏腹に兵長も戸惑っているようで、一度上った階段を首を傾げ引き返した。
ミックは、兵長の後ろを並んで歩く第一部隊のラズと呼ばれていた男をちらりと見やった。腰に差している剣は、隊で支給されるものとは装飾が少し違った。背はミックより二十センチメートル程高く、黒髪で目つきが鋭い。ガーネットのように深く紅い瞳が印象的だ。
重心移動が滑らかで足音がほとんどしない。歳は同じくらいか相手の方が少し上だろうか。唇を真一文字に結んでおり、表情は怒っているかのように厳しい。
豪華な装飾が施された扉の前で兵長が止まり、前方を見ていなかったミックはぶつかりそうになった。
「近衛兵第一部隊のラズと第三部隊のミックを連れてまいりました」
兵長はそう中に向かって叫んだ後重厚な扉を押し開け、ラズとミックに謁見の間に入るよう指示した。ミックは混乱する頭を抱えたまま、ラズの後に続いて中へ入った。扉から真っ直ぐに王座へ向かって敷かれた赤いじゅうたんに、泥の付いたブーツが沈み込む。静寂が耳に痛い。
大理石で造られた背もたれの高い荘厳な王座には、この国のトップであるダンデ王が座っていた。彼の顔は誰が見てもわかるほど重く沈んでおり、ミックが見たことある姿より一回り小さく見えた。
王の暗い視線がミックを刺す。ミックの体は強張りその場で直立不動になる。近衛兵隊で不祥事か、相当な事件かがあったのだろうか。少なくともロッテが言ってくれたような誉め言葉は残念ながら与えられない、ということをミックは確信した。
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