第3話 旅立ち
とんでもないことになってしまった…兵舎の部屋に戻ったミックは、荷造りをしながらぐるぐると頭の中で先程聞いた話を思い返していた。
兵士としてガラを討伐する任務に着くことは、今までもあった。しかし、こんな重大な秘密を持っていつ終わるともわからない失敗の許されない任務に携わるとは、ほんの数時間前まで夢にも思っていなかった。
褒められるとか怒られるとか、そんなレベルの話ではなかった。占いで選ばれたのだから、自分が役に立つことのできる場面がきっとあるはずだが、今のところ思いつかない。なにかの間違いではないかという考えが何度も頭によぎった。
「あら、戻ってたのね!やっぱり持ってきてよかったわ。」
晩御飯のパンとチーズとハムを持ってロッテが戻ってきた。急にお腹が空いてきた。
「ごめんね、さすがにスープまでは持ってこられなかったわ。長かったわね。何の話だったの?」
ロッテは衣服や武器が荷造りされているのを不思議そうに見ている。第一関門だ。ロッテに嘘をつかなくてはならない。
「えーっと、私、明日から第四部隊に異動だって。」
王が用意してくれた嘘をロッテの顔を見ずに伝えた。旅に出ることは誰にも知られてはならない。それが、家族同然に過ごしている同じ部隊のルームメイトでもだ。
「え…第四部隊って、あの魔法使いの少数精鋭部隊よね?あなた魔力はからきしだって…。」
「な、なんか、第四部隊増やしたくて、城巫女様が占って兵士になれそうな人探したんだって。それで異動することになっちゃって。私も実は魔力あったみたい!ハハハ…。」
これも用意してもらった嘘だ。第四部隊は特別な部隊だ。戦える程の魔力を持つものは貴重なのだ。余程のことがない限り表舞台には出ないし、他の戦闘部隊の一から三の部隊との交流も、ミックが知っている限りは全くない。だから、ミックが城にいないことを、今までいたこの第三部隊の人々に知られることはない。
「そんなことってあるの?」
「私もびっくりだよ。」
これは本当だ。明日旅立つという実感は未だにわかない。
ミックはロッテにもらったパンを食べ始めた。これ以上話すと嘘がばれそうだ。
「ねえ、ミック。本当にそんな話だったの?」
やっぱり来た。ロッテはミックの話を信じていない。今まで誰かに自分の嘘が通じたことがなかった。特に二年前に入隊してから姉のようにミックを支えてくれているロッテには、すべてを見透かされている。しかし、今回は押し通すしかない。
「ほ、本当だよ!部隊長にも話がいってるはずだから、聞いてみるといいよ!」
ハッタリではない。ミックが第三部隊からいなくなっても誰も疑問に思わないよう根回ししてくれているはずだ。
「ふーん。ねえ、ミック、あなた嘘つくとき右の眉だけ少し上がるのよ。」
ミックは思わず手で右眉を覆った。
「……。」
「……。」
ロッテは勝ち誇ったような、呆れたような表情を浮かべている。
「え、なん…ああー!!」
「やっぱり嘘じゃない!」
こんな簡単な引掛けにかかってしまう自分が恨めしい。改めて嘘は向いていないと痛感した。
「ロッテごめん。でも、本当のことを言う訳にはいかない。」
今度はロッテの目を真っ直ぐに見て言った。ミックが本気なのは、ロッテにも伝わったようだ。
「そう…。じゃあ私もこれ以上は聞かないわ。でも、これだけは教えて。明日からあなたはここにはいないのね?そして、あなたは私の助けは必要としていないのね?」
ミックはうなずいた。
今までミックがロッテに何か大切なことを内緒にしたことはなかった。ロッテは何でも真剣に聞いてくれたし、いつでもミックの味方だった。ロッテは少し悲しそうに頷いて部屋を出ていった。
「ああ、もう!」
ミックはバタンとベッドに倒れ込んだ。ロッテはきっと、誰にもミックが嘘をついていたことは言わないだろう。ミックが困ることはしない人だ。そこは心配していない。ただ大事な仲間を悲しませてしまった自分の不甲斐なさに腹が立った。
早朝、まだベッドで眠るロッテを起こさないようそっと支度をした。昨夜、ロッテはミックが起きている間には戻らなかった。別れの挨拶をきちんとしたかったが仕方ない。
「ごめんね。ありがとう。」
まだ眠るロッテに小声でそう言い残して、ミックは兵舎をあとにした。
城門前の広場へ行くと、ミック以外全員いて馬車の横で待っていた。
「みんな早い!お待たせしました!」
「大丈夫、俺も今来たとこだ!」
爽やかな笑顔が朝日に眩しいのは…シュー…なんだっけ…ミックは笑顔を返しながら考えたが答えは忘却の彼方だった。
御者が全員が馬車に乗り込んだのを確認し、馬にムチを入れた。ガタゴトと馬車が動き出す。その様子を西の塔の私室からダンデ王が見守っていた。
「父上、本当に良かったのですか。」
「お前は未だに反対しているのだろうな。」
早朝から部屋に訪れていた息子であり次期王のジェーンを見やった。
「当然です!その…憂衣(うい)が書いていた手紙はディルというものへ宛てたものです。彼が関わっているのは間違いない。留置き尋問し情報を得るべきです。他の者たちも、信用が置けるとはとても…特にラズはガ…。」
まくし立てる王子を王は手を上げて止めた。
「手紙からディルという者の人間性は見えた。昨日実際に会ってみても、悪行を行う人間には見えなかった。そして…その他のことは何も確実ではないのだ。」
「だったら、尚更留め置いて…。」
「わかれ、沙霧(さぎり)よ。憂衣はただ眠っているのではない。着実に命が削られているのだ。一刻も早く救い出すためには、こちらから動くべきだ。何も確実ではない、ということは大いなる可能性を秘めている、ということだ。それに、私だってただ彼らに賭けているだけではない。次善策もある。」
有無を言わせない王の態度に、ジェーンはこれ以上言っても無駄だと悟ったのか部屋をあとにした。
ジェーンは賢いが、真面目すぎる。いわゆる堅物だ。不確実な要素を持った選択肢は選ばない。それは人の目には頼もしいリーダーとして映るが、一方で人を信用しない冷たい態度にも見えるし、時として大局を見誤る。だから王は、彼を昨日の謁見の間へは呼ばなかった。
「入るぞ。」
ノックの音がして城巫女で義理の姉であるタタナが入ってきた。
「ジェーンは反対していたか?納得できないといった顔で歩いておったぞ。」
「私もこの選択が最善かどうかわからぬ。お前の占いで、本当に旅の仲間を選ぶことができたら楽なのにな。」
王は大きなため息をついた。
「例えできたとして、わらわは占いよりそなたの考えを信ずる。彼らにかけたのだろう?後は信じて見守るのみ。」
王と城巫女は共に窓から、既に都を抜け朝日で黄金に染まる草原を走る馬車を、目を細めて見つめた。
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