第6話 ――願い

「雨季!! 頑張れよ!」

「新記録出すんだろ!?」



「……お願いします。」

 ダッダンッダンダンダンダダダ

 軽快なステップを踏んでいく。……そしてっ



 ガッ

(いける!)




「……ぁれ?」

『――急車、速く救急車を呼んで!!! 救護を!!』


『雨季!? おい!』

『リレーどうするんだよ……』




「おい、三須輝。おい。」

「っ……!! あっ、すみません。」


 あの子に会ってから、1週間が経っていた。俺は順調にマネージャーに取り組み、ようやく環境にも馴染め始めている。


 今日は、何故か……藤田先生に呼ばれ昼休みを体育教官室で過ごしていた。



 怖い顔をしているが、優しいというより……いい人だとは思っている。


 が、急に呼ばれるのは心臓に悪い。

 先生は、部活動の志願書を眺めながら、指を机にコツコツと鳴らしていた。



「で、さっきの話だが……三須輝の試合は俺も見ててな。中2から姿が消えたもんだから、皆心配してたんだぞ?」

「その、入院して、リハビリしてたので……。」


 頑張って声を張っても震えが止まらない。何故か涙もでそうになっているし。



「それでよく、この学校に入学出来たもんだ。勉強大変だっただろ?」

「まぁ……はい。」


 先生は、そう言いいながら俺に1枚の紙を渡してくれた。今週にある大会のタイムスケジュールが書かれている。


「マネージャーなら勉強しないとな。1年生はいないが、事務は覚える事が多いし大変だと思うから予習みたいなもんだ…どうだ?」


 この人、マネージャーの俺の事もしっかり考えているし、本当にいい人なんだろうな。


 俺は少し安心を取り戻した。

「是非行かせてください。」

「そうか。じゃあ手配はしておく。」



 俺は、お礼を言い挨拶をした後、立ち去ろうとしていると

「なぁ、三須輝。」

「っはい。」



 先生は、少し悩みながらに。そして、言葉を探しているような表情をした。


「その、お前が陸上を続けてくれて嬉しいよ。もし、やりたくなったら…いつでも俺に言え。やる気があるなら、教えてやるから。」



「…………分かりました。失礼します。」

 俺は、もう一度挨拶をして部屋を出た。

 やりたいと思った事もあった。それでも、足が動かないし……俺にする資格なんて



「おい、雨季。やっと終わったのかよーー。」

「どうしたんだい? 叱られたかい?」


 ずっと待っていたように、晴矢と紫雲が廊下で座り込んでいた。


「違う。ちょっと打ち合わせをしていただけだ。……それに、来なくていいって言ったのに。」

 迷惑をかけた申し訳なさと、居てくれて良かったという感情が入り交じりっていた。



「お前が心配なんだよーー!! もし、何かあったらさー」

「晴矢とご飯食べていたんだけど、やっぱり心配だったから来たんだ。」



「そうか。……なんかありがとう。」

「「――!?」」


 俺の言葉が変だったのか、急に目を輝かせた。普段、あんまり言わないからだろうか。


「……何でもない。」

「なんだよー!!」



 放課後

 オフの2人と別れ、俺は先輩に混じりながらミーティングをうけていた。大会の要項。注意事項……先生の言う通り色々だな。



「雨季くん。これ、明日バスに積めるから部室に置いといてね。」

「はい、分かりました!」


「マネージャー。これ頼むわ。」

「はい!」

 オフの日でも、マネージャーは体力を使うな。



「雨季くん。多分、大会は大忙しだよ~。」

「そうそう。それに男子だし……仕事は絶対! …でも、他は無視してもいいから!」

 先輩は、俺を気遣っているようだが何を言っているのかあまり分からなかった。



 暫く時間が経ち、俺は準備が終わったので先輩達に挨拶をして今日の部活は終わった。



「………。」

 癖で、屋上の方を見てしまう。

 1週間は「また」に入るのだろうか?あの子を見送ったものも少し心配していた。



 今日は速いし。

 俺が周囲を確認しながら、3階へ行きベランダを開けた。前の時と同じように誰もいない。



 ザーっと強い風が吹いている。


 また前みたいにいないようだ。………少し声を出すだけならバレないだろうか。

「おーい、誰かいるか?」



 風に声を乗せるように呟いてみると、

「もう……遅いよ!」



 いじけた声が頭上の方から響いた。首を上げても誰もいない。

「ここだよ。」

 ポン


「――っ!」


 不意に肩を叩かれ振り向くと、彼女がいじわるそうな顔で笑っていた。


「会いたかった?」

「いや……そのっ…。」



「私は、会いたかったよ。だって、君しか話せる人がいないもん。」

 俺が言葉に迷っていると、彼女は身を乗り出しながら空を見上げていた。



「お…っあ………あの、貴方は、誰なんですか? どうしてここに?」

 そう尋ねると、彼女はニコッと振り向き笑う。


「分かんない!」

「えっ……」

 想定外の答えだった。彼女自身もよく知らないのか?



「いつの間にか、ここにいて……ずっと中にも入れないまま散歩してたんだ。自分の事も分からないし……あっそうそう!」

 急に俺の手を取ると走り出し、僕が開けていた扉の取っ手部分を蹴りあげた。


「……っ!」

 つられるように、自然に身体が浮きあがる。



 目を開けると、屋根か屋上か分からない所に立っていた。



「君が私を見たのはここでしょ? いい散歩コースだよね。」

 確かに、屋上と言えなくは無い。……がソーラーパネルや変なタンクがあったり、あまり踏み込んでいい場所には思えないぞ?


「危ない……」

「大丈夫!」

 この学校は簡単に言うと、四角状になって真ん中が空いている構造だ。

 つまり、前も後ろも間違えれば落ちると思う。



 俺は三角座りをして、歩いている彼女を見守っていた。暫く、嬉しそうに走っていた彼女は疲れたように俺の近くに座り込んだ。



「前に、出してもらったじゃん? 外にでたら何か思い出せるかなって思ってた。でも、駄目だった。また、ここに戻ってたし。」


「そうか、よく分からないが……大変だったな。」

 俺は、ただ同情することしか出来なかった。未知すぎて、彼女の状態もなにも察することも出来ない。



「ねぇ、君名前は?」

「三須輝 雨季(みすて うき)。」


「雨季くんか……珍しいね。」

「よく言われるよ」



 彼女は、少し考えながら

「ねぇ雨季くん。頼みがあるんだ。」

「?」



「あのね。記憶を思い出したいから手伝ってくれない? 何か思い出さないと行けない気がするの。」

「記憶?何か手がかりとかは?」



「ない。でも、私が頼めるのは雨季くんしかいないから」

 彼女は俺しか見えない。そんな偶然があるとすれば、俺が何か鍵を持っているのだろうか。



 きっと、俺と彼女には何かがあるのかもしれない。

「分かった、手伝うよ。と言っても何すればいいかは分からないけど。」


 俺がそう言うと、彼女はパッと明るくなった。

「本当!? あーそれは、また考える!」

 全く考えていないようだが、自分にも出来ることはしていけばいいか。



「で、名前も覚えていないのか?」

 俺が聞くとコクっと首を縦に振った。


「でも……ないと困るよね。じゃあ、春でいいよ! 桜が綺麗だし今は春だから。」

「分かった。」

 桜を見ていると、既に日が落ちて暗くなっている事に気がついた。


 そろそろ帰らないとな。

「俺はそろそろ帰るよ」

「うん、ありがとう!」

 俺は別れをつげて恐る恐る下へ飛び降りた。が、着地する瞬間に足に衝撃が入って膝が動かない。



「大丈夫?」

「……あぁ。次は、台を……持ってくる。じゃあ、また……」

 何とか状態を保ちながらドアノブへ手をかけた。



「うん、またね!」

 去り際の笑顔は、眩しく輝いていた。

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